2008年8月アーカイブ

これ、知ってますか?

lifesaverbottle.pngのサムネール画像のサムネール画像
これは「ライフセーバーボトル」なるもので、イギリスの会社が作ったんだと。
LIFESAVER system社HP

これは簡単に言うと、「携帯型すんごい浄水器」で、そこら辺の水を汲んで、裏にあるポンプを押すと、中に入っている微細なフィルターで汚物が濾過されて、飲めるようになるんだと。そのフィルターの穴はウイルスよりも小さいらしく、全てのウイルスを通さないから、(理論上は)どんな水でも飲めるようになるんだ!!!ということらしい。

これを作った社長さんは、被災地を見て「自分が何かをしなくてはならない」と考えた時に、「なんで目の前に水があるのに、新鮮な水を求めなくてはならないのか。」と思ったことがきっかけとなったと話していた。

僕も被災地の映像とかで水を求めて列を作っているのを見ると、よく思います。けど、それを解決するモノを作ってしまうところがすごい。

値段は日本円で2万~4万くらい(サイズによる)だそうです。日本ではまだ売っていないそうだけど、本当にきれいな水を飲めるのかな?また、イギリスの水とは硬度の違うものでも、しっかり浄水できるのかな?試してみたい。



ポニョ、すごい人気ですね。

「ポニョ」1000万人突破=公開41日目で-東宝


で、ポニョを見てきたんですけど、正直「ん?」って感じでした。見てて非常に微笑ましくなりましたが、僕的にはストーリー展開が早過ぎる気がしました。話の設定がよく分からなかった。

その一方で、子供たちから見るとこれくらいストーリーの展開が早い方が、わかりやすいのかなとも思った。なんとなく「海が汚れている」というメッセージも入っている気がしたし、「挨拶はしっかりね!」とかそういうメッセージもあった。これはまさに「子供のための映画」。大人向けの映画ではないので、大人が分かる必要はないのです。

映画全体を通して面白いなあと感じたことは、「ポニョがわがままを貫き通した」ということ。話はドタバタと進んでいく感じがするのだが、その中でポニョの純粋でやりたい!という想いが中心に一直線に進んで行ったイメージ。

また、宮崎映画の特徴(?)の、「美しく強いお母さん」も健在だった。肝っ玉母さんここにありって感じですよね。宮崎駿の映画って。


そう考えてみると、大人としてもポニョの純粋さに非常に微笑ましくなり、心を温めてもらえる映画であることは間違いない。今までの宮崎映画とは違うのだから、今回は「子供になりきって楽しまなければいけない」、ということですな。



ふと思い出したので、記しておこう。


あるプロジェクトで、制作物を作ることになったときのこと。僕をサポートしてくれた人は、プロとして活躍されている方。

結構専門的かつ、難易度の高いことを言ってくるわけです。ちょっと不安になった僕が、

「そうですか。ただ、その辺あまり経験がなくて、正直不安です。レベル的にも、未経験者との違いが分からない程度ですなんで。。。」

と言うと、

「そっかそっか。まだ学生さんだし、学びの時期だしね♪全然大丈夫だよ!!のぼってくれば♪」

と陽気に返された。

この「のぼってくれば」という言葉に、意表を突かれた。つまり「今、できなくて全然構わない。最終的にできていれば。」ということ。これを言われて、何も言葉が出てこなかったのを覚えている。


最初から何でもできる人なんて絶対にいないわけで、皆必ず「出来ない」から「出来る」へのプロセスを踏んでくる。だから、言われた時点で「何でもできる人間でいる必要はない」。最終的にできていればいい。その考え方を受け取った時、とても「なるほど~~~~!!!」と思ったのを覚えている。

でも、プロのレベルまでのぼってこいなんて言ってるわけですからね。「簡単に言わないでほしい」と思ったのも事実。



前の記事を書いていて感じたことは、学生期とは大いに「内省を繰り返す時期」なのではないかということ。自分の中にある価値観や感性というものを覗きこむように努める。

自分の中の価値観だなんてそう簡単に見えてくるものではないし、どこまで行ったら「見えた」と言えるのか分からないものではある。しかしそのプロセスを経ることこそが昔の会津の人が志を立てる際に行ったことであり、彼らが元服の前、つまり昔の成人になる前に行ったのであれば、現代では社会に出る前の僕らの学生期こそ、それを繰り返すべき時期になるんだなと思ったわけです。

大学に入った際、「学生期は、社会に出る前の心残りを無くしておくための、遊びの時期だ」と言っていた先輩がいたが、それも一つの学生期の捉え方であり、これもまた一つの捉え方。


ちなみにだが、「内省って何だろう?」と思ってググってみたら、筑波大学付属高校の校長先生の終業式での挨拶が出てきた。内省と反省について。これ、すごく面白いです。「なるほど」と思います。読んでみてください。
平成14(2002)年度終業式 学校長挨拶



8月23日から24日にかけて、また会津を訪問した。今回の訪問では、「東京に必要な会津の精神性」をキーワードに、何かに「懸命な人」にインタビューをしてきた。ここでもまた、本当に素敵な考え方、ものの見方をいただくことができた。


今回は二日で5人の方々にインタビューをさせていただいた。その中の一人で、今回唯一の農家さんであったのが、米農家をやられている新田義則さん。 → 新田さんについて

新田さんは、「日本のコメが、日本を救う。世界を救う。」と主張する。これだけを聞くと、「まあ、米農家だからね。そういう意気込みで作るよね。」とか思わ れるだろう。僕もそう思った。ところがどっこい。新田さんのすごいところは、「なぜ」を探求し、その解決策を思案し、実行に移す農家さんであるというこ と。

新田さんが「日本のコメが世界を救う。」という観点から取り組まれていることについてはひとまずは置いておいて、新田さんのインタビューの中から、特に僕が感動し、「やばい!オレどうしよう!!!」と思ったことを一つ紹介。

それは、「志を立てる」ということ。


論語の中に、「我、十有五にして学に志す」という言葉があるそうです。孔子は15歳の時に、学問で生きていこうと決心したということらしい。その中で、孔子 の教えを藩校で教えていた会津藩は、子供が15歳になった時に、自分の今後の人生を決めるという意味合いで「志を立たせる」ということで、「立志式」を行った。(その式の名前を「元服」という。)子供には立志式を行う前までに、「自分は何のために生まれ、今後の人生で何をなすべきか」を繰り返し自問し、一つの答えを導き出すことが求められていた。昔は世襲制だったので仕事は決まっていた。そのため、その仕事には一生関わっていかなければならないので、その仕事を通して何をなすべきかという ことは、非常に大切なことだったのだろう。それは今でも変わらないのではないか。

そしてその志を一度立てると、後はそれを懸命に貫き通すことが大切であった。新田さん曰く、以前の記事に書いた会津の「什の教え」の中の「ならぬものはならぬ」という言葉の中には、「一度決めたことを覆すこと」は「ならぬ」という意味も含まれていたという。「自分で掲げた志を覆すことは絶対にならぬ。ならぬものは、ならぬことだ。」という、否定を否定する肯定的な意味も含んでいたのだそうだ。


もちろん現代社会は世襲制ではないので、自分がすることを一度決めたら覆してはいけないなんてことは、どだい無理な考えだと思う。今の時代にとって様々な経験を通して、自分に必要なことや大事に思うことを模索することは、とても重要なことだ。しかし、この話を通して僕が「やばい!」と思ったの は、昔と同じだけの「自問自答を行えているか」ということである。


当時の会津の人は(他の藩の人は知らない。ここで「武士は」と言わないところがミソ。これについては別記事で。)、それだけ自分の人生について、一生懸命考えていた。孔子が15歳で人生を決めてしまったとばっちりを受けてか、会津の子供たちも自分の人生の大筋を15歳までに決めなくてはならないことになった。しかし、それまでに一生懸命自分にとって大切なことを考える。人であるために大切なことを考えた上で、それでは自分が何をなせるかを考えた。では今の時代の、15よりも7つも上の僕は、「自分の人生の今後」について 一生懸命に考えられているだろうか。


今の社会は変化が光速だし、志を明確にしてしまうには選択肢や考えるべき立場がたくさんあるし、自分のやりたいことや達成したい目標なんてのは二転三転するし、、、などと色々な当時との違いが思いつくが、大切なのは「その考えるプロセスから逃げないこと」であると思う。色々な検討材料はあるけれども、とりあえず自分が生まれた理由は何か。自分が成し遂げたいことは何か。それを考える。また、人間 にとって大切なことは何か。自分にとって大切で、他人にとって大切なことは何か。そういったことも少しずつ含めながら、考える。それを考えていく上で考慮 しなければならないことに出会ったら、それを含めた上でまた考え直す。そのプロセスをふむ重要性は、昔も今も変わらないと思う。


じゃあなぜ志を立てることの意味は何か。自分なりに考えてみた。

今の僕の答えは、志を立てるにあたり、自問して考えるプロセスを踏むことで、「自分だけの目標」を見出すことができる。目標が見いだせれば、人生に意味が生まれ、日々が楽しくなる。だから、志を立てる。これです。


「志」 という言葉は知っていたけど、それを立てることがこんなに大切なことであったとは、初めて知った。僕の場合、「自分を幸せにするために、他人を幸せにする」と言うけれど、それは具体的にどんなことをイメージしているのか、何をしたらそれが達成できると思っているのか。それを通した社会を、僕はどう想像し ているのか。色々考えることあるな~。

少しずつ答えを磨いていこう。とりあえず今は、寝よかな。



今日は朝から、日経就職ナビサマーカレッジの「仕事発見プログラム」に参加してきた。

多 くの大学3年生が、「自分の仕事を発見しよう!!」という意気込みでやってきていた。もちろんこんなところで自分に最適の仕事なんて見つけられるものではない。このプログラムのゴールは、「じゃあ、自分に最適な仕事を探すのは、どうやんの?」という質問に対する一つの答えを示すことだった。

ここで示した一つの答えとは、「自分の価値観こそが、自分にとって最適な仕事を見つけてくれる」というものだった。


今、 日本には100万社とも言われる数の株式会社があるらしい。その中では様々な仕事が行われ、それら一つ一つが僕らの生活を支えている。その中で、もし仮に「自分にとって、この中から最高の会社を見つけたい!」と思っているとしたら、この星の数ほどの会社を一社一社つぶさに観察し、自分にとってどの会社が最高かを考えなくてはならない。でも、それは無理よね。100万だもの。

そうすると、自分の中である程度の判断軸を持つ必要が出てくる。すなわち会社を選ぶ基準であるが、今の時代ではこれが往々にして「人気企業」「有名企業」「高収入企業」「安定度抜群企業」などになってくる。今の多くの就活生はこの軸を参考にして、100万社のうちから自然と会社を選んでいって、その中から「自分に合った最高の企業」を探してしていく(とりあえず大手企業は大人気)。では、その選び方は上手くいってるのか。これも上手くいってない。なぜなら、3年で30%~40%の人が仕事を辞めているから。

「なぜ3年で仕事を辞めるのか」を調べている人によると、今は以前に比べて「元々辞めるつもりで入社した」「入ってみたはいいものの、自分が求めていた企業ではなかった」という人がすごく多いらしい。「元々辞めるつもりだった」組の人たちは、一度企業に入ってみて、企業とはどんなところかを経験したうえで、 「自分にとっての最高の仕事を探そう!」と思っているのだそうだ。でも、それじゃあ君にとっての就職活動は何だったのか?と問いたくなる。個人的には、大学卒だとすれば学生生活で何をしていたのか。学生生活をどういう風に捉えて過ごしていたのかが気になるところ。だって、別に企業に入ってそんなことしないでも、大学生活の内にそれをやってしまえばよかったわけだし。

また、「入ってみたはいいものの、自分が求めていた企業ではなかった」組も同様で、就職活動で何をしていたのだろうと思う。「自分が求めていた企業ではなかった」のに、入ってしまったわけで。


その中で、自分も就活生として思うことは、就職して3年で辞めてしまう人が3割もいるのは、就職活動は上手く出来ていないんじゃないかということ(もちろんキャリアアップのための転職や、意味のあるステップアップとして辞職している人も含まれているはず。彼らが会社を辞めることは否定すべきことではないが、どれくらいいるかという数字が分からないのでここでは無視)。ではどこに原因があるのかというと、やっぱり就職活動を始める最初の段階の、100万社の企業の前での、「【この中から】自分にとって最高の企業を見つけたい!」という発想と、それを選ぶ基準をみんなが持つ基準で選ぶことがが間違っているのではないかと思うのです。理由は、自分の志や価値観を実現する「仕事の場所」として会社を選べていないから。

仕事をする上で必要なことは、「自分は何を成すか。」になると思う。まずそれを学生期で考えることは前提になるが、その考えるプロセスを経ると、自分は社会に出るにあたり「何を成すために、何をしたいのか」の答えがぼんやりと出てくる。(もちろん答えは一つじゃないし、そんなに明確にはならないと思うので、ずっと悩み続けると思うが。)そこまできて、初めて「じゃあ自分がしたいことのできる企業はどんなところがあるのか。」と会社を探せるようになると思うんです。それがなければ、起業してしまえばいいし。

「じゃあ自分は何を成すか。」と考えた時に、何がそれを導き出してくれるのか。それが「価値観」だと思う。

結局、みんながみんな同じことが大切だとは思わないわけです。じゃあ何が個人にそれを大切だと思わせるのかというと、その個人が積み上げてきた経験や、受けてきた教育・考え方→まさに「価値観」になる。だから、それを無視してみんなが一様の基準で会社を計ったとしても、それがその個人にとって最適の計り方だとは限らない。「人気企業」だとか「高収入企業」だとかはとても魅力的だけど、『今の僕にとっては』そこで40年働いていくには、その基準で計るだけじゃ足りないわけです。今の僕にとってそこで働くには、「社会にどんな貢献をしたビジネスをしているのか」だとか、「この会社は環境問題を改善してく方向で利益を上げる仕事をしているのか」だとか、そういう基準で計ることが必要になる。この基準は僕が考えるプロセスを経た上で、僕の「価値観」がもたらしたものであり、僕以外の人には全く重要ではないかもしれない。でも、個人個人がその基準を見つけて判断してこそ、「【自分にとっての】最高の仕事」を見つけられるのではないかと思うのです。


今回のプログラムで行った「価値観発見ワーク」では、今の僕の重要な価値観は「自分のために、他人を幸せにすること」「責任・こだわり」「目的」だった。前にやったときとちょっと違ったけれども、やってみて今の自分を表してるなとすごく思った。


長々と思っていることを書いたが、とはいっても最終的に自分の将来を決めるのには、非常に強いエネルギーが必要なんだろうな~と感じる。だって怖いもの。決めてしまうということは。じゃあどうすりゃ自分の最終決定に自信を持てるようになるだろうかね。やっぱ自分自身に、自信をつけることかね?



色々あると、自分が「何のために」目の前のことをやっているのかが、分からなくなる。


「この方面に、こんなメリットを考えて~~」
「こっちのこういう要求を、しっかり踏まえて~~」
「落とし所としては、こんな感じが望ましいって話だから~~」


社会人でもないのに、気使って色々と調整ばっかしていると、「自分は本当にこんなことしたいのか?」と考えてしまう。


そんな状態から引きずり上げてくれるのは、やっぱり仲間。

話をしていると、自分よりずっと芯があることに気づかされる。どんな切り口から、どんな狙いでプロジェクトに参加しようと思ったのかを、思い出させてくれる。目の前のことに捉われすぎる僕。物事の全体が見えてねーのはお前だ、kenji。


社会人の真似事をするのは、社会人になってからでいい。安価な労働力の「学生」として、言い様に使われるのは腹が立つ。

自分が参加したいと思ったのは、何よりも「自分のため」。自分はここで何を得られて、それは今後にどうつながっていくか。「それ」にワクワク感を感じて、参加しよーと思ったんでしょーよ。そのワクワク感を勝手に忘れて、目の前の物事の調整に嫌気をさして、疲れを感じる。なんだそりゃ。


「誰かのために」という大きな目標を見れない僕は、「自分のために」最大のパフォーマンスを積み重ねていって、「結果として」全体に貢献するしか、できない。そこを忘れちゃ、ただのお荷物。


いつの時代も、持つべきものは素敵な仲間。

いやー、本当に、ありがとうね。



今、オリンピックのブラジル対アルゼンチンのサッカーの試合を見ながら、このブログを書いている。うまいなあー。日本のチームとどこが違うのだろう。1日 24時間という自転の決めたルールは世界共通なのだから、練習量が違うとかいう話にはならないだろう。(たった今、ブラジルが2枚目のレッドカードを受ける!11人対9人の試合になってしまった!)でも、見ててなんか全体的にスピードがあるし、後半になってもスピード落ちないし。カメラマンの写し方が違うのかなとも思ってしまう。(→サッカーに詳しい方、ご意見などいただければ幸いです。)

さて、試合を見てて、ホームレスワールドカップを思い出した。ホームレスワールドカップは、フィールド3人、キーパー1人の4対4のフットサル(?)の試合になり、今見てるサッカーの試合のようにフィールドを広々と使って試合をすることはない。ただ、レベルは高い。





これはホームレスワールドカップの2007年メルボルン大会の映像。このサイトの質の高さによって、装飾されている部分もあるかと思うが、ホームレス状態にいる人が、非常に生き生きとサッカーをしているのが分かる。

先日、「ホームレス」という人種はいない。という記事を書いたが、これを見ていても、「ホームレス」という人種はいないんだなーと感じる。そこでプレイする姿は、もはや「一サッカー選手」として僕の目に写る。

また、2006年のケープタウン(南アフリカ)大会に参加した選手への聞き取り調査では、92%が新たに生きる意欲が沸いたと答え、また78%が麻薬やアルコール依存症を克服し、仕事に就いたり、家族との絆を取り戻したりと、人生を好転させることができたと答えたという。


それを考えると、スポーツは不思議な力を持っているんだなと、改めて思う。「一生懸命スポーツに取り組むこと」が、人生を好転させるきっかけになることもある。4年に1度のスポーツの祭典が行われている今だからこそ、なんらかの形でスポーツに関わっていくのもいいかな~、と。この不思議な力というのは、どこかで「遊び」につながらないものかしら?



先日、空を見上げたら、真白の雲の中に、真っ黒の雲が飛んでいた。

「あ!雨雲!!」とは、分かるものの、何で黒いんだ?

「そもそも雲ってチリに水蒸気がくっついてあんなになってんだろうよ。だったらみんな雨雲であるべきだろうよ」というところまでが、僕の知識(笑)

色々調べてみました。


雲とは、大気中にかたまって浮かぶ水滴または氷の粒のことを言うそうです。水滴がかたまって浮かんでいれば、高度に関わらずに雲と呼ぶそうですが、地上を雲が覆った時は、「霧」と呼ばれるようになるそう。霧と雲って、同じだったんですね。

空気中のチリやほこりに水蒸気がくっついて雲を作る雲粒ができるということは、間違いなさそうですね。そのため、チリやほこりが多いと雲が発生しやすく、少ないと雲は発生しにくいそうです。じゃあ雨が欲しい地域では、チリを発生しやすくすればいいのですかね?昔の「雨乞い」で火を焚いていたのは、天にメッセージを送るためだったが、あれはあれで非常に意味があった、と聞いたことがありますが、これはチリを空に運んだから意味があったということになるのでしょうか。マンガのワンピースで「ダンスパウダー」ってのが出てきますが、あれは水蒸気をくっつけやすくする「チリ」ということでしょうか。マンガの中に説明あったっけ??


で、雲の色ですが、これには可視光線(光)が関係しているそうです。光を反射しているために、一般的には白く見える。夕日では赤く見える。となるそうです。

この後に僕の疑問に対して目からうろこの返答がありました!

白い雲は、粒が小さな雲粒が比較的混み合って密に浮かんでいる状態のため、太陽光の反射率が高いために白く見える。そのため、白い雲は雨粒があまり成長していないことになり、雨が降ることは少ない。(引用:wikipedia)

なるほど。白いのは雲だが、雨雲にはなりきれていない少年雲といったところなのですね。


ではなぜ、雨雲は黒いのか。

おしえてねドットコム!というところで質問がされていた。どうやら雨雲が黒いのは、普通の雲より厚いので光を反射率が下がり、目に届くまでに光が小さくなってしまっているので、黒く見えるのだそうだ。

つまり、僕が見た「真白の雲の中の真黒の雲」は、一つだけ厚い雲の層を持っていて、他の雲は光を反射させて通していたのに、彼だけは光を全く通していなかったわけですか。それで、彼だけ黒く見えたのですね。

また、高度も関係しているという意見も。確かに僕の見た真黒雲は、結構低いところを通っていた。あまり低いところを通る雲は、自分で作った影のために地上から反射した光が返ってこないため、黒く見えるんだとか。


正直、なんかわかったようで分かっていない感じがしていますね。雲が厚くなると、光を通さないので黒くなる、という理解になるのかな。

何かご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教授いただけますと幸いです。


ちなみに、黒い雲には雷神風神が乗っているという意見もありました。これも否定できない。もしかしたら僕が見たのは、買物行く途中の雷神の雲だったのかも。



参考:
・yahoo! JAPAN 知恵袋, 『なぜ雲は白いのに雨雲などは、黒かったりするのですか。
・yahoo! JAPAN 知恵袋, 『普通の雲は白いのに、雨雲はなぜあんなにどす黒くなってしまうのですか?
・wikipedia, 『
・おしえてねドットコム!, 雨雲が灰色なのはなんで?



「ホームレスという人種はいません。ホームレス状態に置かれた人がいるだけです。」


これは、ビッグイシュー基金のウェブサイトの最初に載ってる言葉。今日、特にそれを感じた。

ホームレスワールドカップに向けて、隔週日曜日、練習を重ねている。今日もその練習だった。
(→ホームレスワールドカップについては、こちらの記事)

練習が終わると、それぞれが話しながらビッグイシューの事務所に戻る。今日の帰りは、僕はホームレスのAさんと話しながら帰った。


Aさんはもう、ずっと練習に来ている方。最初はあまり人とのコミュニケーションがうまく取れなかったものの、慣れ始めるとメキメキと頭角を現し、今じゃ戦力として数えられるほど(?)の上達を見せている。

帰り道、そのAさんと練習について話していると、雨が降ってきた。


Aさん 「雨だー。またいきなり降るやつかな。あれやられると大変なんだよなー。本濡れるし。人いなくなるし。」
kenji 「そうですよね。本とか濡れたら売り物にならなくなりますもんね。」
Aさん 「オレは屋根ある所に避難出来たり、そこで少し販売できたりするからまだいいんだけどな。でも暑い時は暑いで大変だよ。それでまた売れないんだ最近。」


このAさんがこぼした軽いグチが、僕にはとてもリアルだった。というのも、近頃外と言えば灼熱の暑さなわけです。そんな中、雑誌を掲げて声出して、頑張って売っているわけです。たまに街中でビッグイシューの販売員を見かけるが、日陰で販売できている人はほとんどいない。炎天下、もしくはゲリラ雨と闘いながら、雑誌を売っているわけ。

今日軽く交わしたこの会話が、僕の頭にずっと残っていた。「なんでだろうなー」と思っていたところ、以前名古屋の公園でホームレスの小屋の強制撤去があったときのことを思い出した。当時の僕は、全くホームレスの人とは関わったことがなく、一視聴者としてこの出来事をテレビで見ていた。

今思うと、テレビに映っていたホームレスの人や支援者を、僕は別の人種として見ていた気がする。どこか遠い人で、自分には関わりのない人。だから名古屋の出来事も、自分にとってはどこかの国の暴動の映像と同じ程度のものでしか見ていなかった。

大学の授業で大阪を行政を研究している教授が、大阪のホームレスを調査した際(日本では、ホームレスは大阪が一番多い)、その理由として「やむなくなってしまった」人が多いそうだ。

名古屋の出来事があった際、僕は少なからず「のらりくらりとした生活をしていて、勝手に公園に家を作って、それでも税金払ってなくて、良い身分だ」と思っていた。しかし、それは全くの偏見だった。勝手にホームレスという「人種」を自分の中に作り上げ、彼らはこういう生活をしているという先入観で彼らを見ていた。今日、Aさんとの会話になぜあんなにもショックを受けたのか。それはこの先入観が崩れ、人種を作り上げていた自分を自覚したからに違いない。


もちろん自分からホームレスになりたくてなる人もいるらしいが、それはほんのごく一部らしい。やはり大多数の人は、「やむなくなってしまった」人。その中でも多くが、「なんとかこの状況から抜け出そう」と思っている人なのだそうだ。


僕は貧困の問題に興味がある程度で詳しくはない。しかし、こういった情けない偏見を抱えていた自分を知った今、自分の出来る範囲で、何かしていきたいとは強く思う。その中で、サッカーでホームレスを応援する。自分もサッカーを楽しく練習出来て(今日コーチにフェイントをかけるときの体重移動を一人だけこっそり教えてもらった。)、本気でゲームを出来て、それで少しでも彼らとの接点ができ、自分の知っている彼らだけでも応援することにつながっていければ、これほど「自分のために、他人を幸せにする」ことはない。そう思うわけです。


ホームレスという人種はいない。それを強く自覚することができただけでも、このサッカーでは大きな収穫。ここから僕が彼らに具体的な応援をしていくことにつながっていけば、さらに収穫。



イマ・ココの「遊び」を書いたら、Aがコメント・補足をくれました!!知見が広がる!!テンション上がる!!!



その中で、昼食の時にそこで「おもちゃ」についての研究をしているAら数名と、「遊び」について話をした。彼も僕と同学年。彼は、現在のデザインされた「おもちゃ」やそれに基づく「遊び」について、危機感を抱いているという。

>うんうん。「デザインされている」はここではイコール「目的性の内に位置づけられている」っていうことね。あと、危機感っていうより違和感かな◎

Aは、「「遊び」というのは、イマ・ココでのみ行われる創造的行為であるべき」だと言う。「遊びってどこからどこまでを言うのか、分かる?」と聞 かれたが、そう聞かれてみると、良く分からない。何かに取り組み始めた瞬間を、遊びというのか?しかし、何も取り組まない遊びもある。wikipedia には「遊びは目的を持って生物がする行動の総称」と書いてあったが、「遊び」の行為自体に目的はないことはままある。楽しいことが遊びという感じもする が、遊んでいて楽しいことばかりじゃなかった記憶もあるし、仕事でパソコンを叩いていることの方が楽しいことも多い。これは遊びに入るような気もするが、 これが「遊び」なのだろうか?

>「遊び」は二つの意味で使われてるんだよね。一つは「行動様式として遊び」で、これは仕事、勉強、食事とかと並ぶ項目としての遊び。二つ目はその人が今どんな状態にあるかという意味での「存在様態としての遊び」。
「どっからどこまで?」っていう質問は、上の二つの区分を考えるいいポイントかなって思って。たぶん前者の行動様式として遊びを見たときは、「宿題終わったら遊ぼっかなー」みたいな言い方が出来る。一応時間軸でもだいたい区切れるわけだよね。で、たぶんこっちの解釈の方がいろんなビジネスとか教育 の対象になりやすいんよねたぶん。時間で区切れるとカリキュラム化出来るし、一つの行為のパッケージとして見られるからだから幼児教室で遊びを通じたお勉強なんてのもあるし、遊びを通じた何か。という発想が生まれると思うんだ。




その中で、Aが問題視しているものは、「例えばおもちゃを与えた場合、遊びの始まりと終わりが限定され、さらにその目的や行為自体もデザインされ てしまう」ということ。つまり、何もない状態での「遊び」はどこからどこまでか分からない状態、また何をすれば遊びなのかも分からない状態のものだから、 色々なことを、色々な方法で取組み、個人個人それぞれがその行動を「遊び」と認識する。しかし、目的を持ってデザインされたおもちゃがその遊びに関わらさ れると、そのおもちゃによって遊びの方向性や、やり方、始まりから終わりまでが決められてしまう。それでは、イマ・ココでのみ行われる(生まれる)はず だった遊びが、そのおもちゃが開発されたその時から、一様に同じになってしまう。もちろんそのおもちゃの目的・使い方を超えた新しい使い方を生むことがで きれば、それは遊びの創造的行為となるが(パッと思いついたのは、縄跳びをムチとして使うこととか??)、それを超えるのは容易ではなく、またその超える 対象としてそのおもちゃが存在してしまうため、今までのような自由な遊びは無くなってしまう、ということだそうだ。

>「例えばおもちゃを与えた場合、遊びの始まりと終わりが限定され、さらにその目的や行為自体もデザインされてしまう」っていうのは、目的をもって与えられて遊んだ場合、その遊びが目的的になったり行為(意図的行動)に絞られてしまわないかという事ね。そもそも遊びに目的ってないはず(?)
「それを超えるのは容易ではなく、またその超える対象としてそのおもちゃが存在してしまうため、今までのような自由な遊びは無くなってしまう」っていうのはちょっとちがうかも。商品玩具でも石ころでも、本来それを越えたところにおもちゃ性を見出すのは子供の十八番だよ。だから本当は、コドモ にとっては自然な事のはずなんだけど、大人の既成概念や説明書や教育的な目的性を帯びた環境要因などなどが作用してそれを難しくさせているんじゃないかなーって。

Aは、「元来遊びは、イマ・ココの創造的行為であった。デザインにより遊びを狭められたら、つまらないだろう?それを作ったヤツに遊びを制限されてしまうなんて。そうじゃなく、様々なモノを遊びのツールとして捉えることが重要。」だと言う。

>「様々なモノを遊びのツールとして捉えることが重要。」=>「様々なモノに元から与えられている意味や目的を剥がしたり塗りかえたりして、改めて素材化・おもちゃ化することが重要。」ってかんじかな◎

彼が今後行おうとしている企画が、「手持ちの全てのモノを、コマにしてみろ」というもの。カバンだろうが、メガネだろうが、靴だろうが、パソコン だろうが(これはちょっとヤダ)、なんでもコマにしようと思えばできる。回そうと思えば回せる。コマは回すために作られたから回りやすいけど、そんなんいくらでも乗り越えることができるということを伝えたいんだと言う。

>よくおぼえてるね。w
そう、ボクらの生活にはモノが溢れていて、ほとんどすべてがデザインされているけれど、それに従う必要は無い。ましてや遊びの世界におけるモノのあり方、つまり「おもちゃ」の存在を考えるならなおさらの事よね。

面白いですよねー。今までこんなに「遊び」についてを考えたことはなかったです。よくよく考えてみると、テレビゲームなんてのはもちろんのこと、 色々な遊びについても、デザイナーの人とかがデザインしていて、その制作物(おもちゃ)に「遊ばれている」とも表現できますよね。そうではなくて、イマ・ ココの創造性による「遊び」でこそ、自分で「遊んでいる」とも言えるし、メリットとしては一つのものから多様な遊び方を発見できる洞察力や色んなことを楽 しくできる創造性もつくかもしれない。テレビゲームと野球しかやらなかった僕には、わからないですけど(笑)

もっとも、おもちゃによる遊びが悪いわけではないですよね。おもちゃやゲームによって、どんなに娯楽性が増えたことか!!また、頭が良くなるよう に作られたおもちゃ(知恵の輪)とかもあるし、また、wikipediaの言うように「何のために遊ぶか」を重視すれば、自分で創造的に遊ぶより、おもちゃに「遊ばれた方が」全然いい時もある。

>うん、そういうとこはもうさんざん作られてきたし注目されてきたじゃん。エンターテイメントとか、テーマパーク、テレビゲーム、ネットゲーム、知育玩具その他いろいろ。
でも、遊びの一番生々しくて土臭い人間くさい部分ってもっと違うとこにあるんじゃないだろうか!!というのが僕の叫びかな。別に商品玩具もエン ターテイメントも好きだし、自分のこどもにも買うとおもう。でも「遊び」を全体として論じるときに、なーんか大事なとこ忘れられてる気がしてさ。その辺の違和感が出発かな。



先日、先輩に大学で有名な研究会の成果報告会に誘ってもらったので、行ってみた。

同学年の学生が何をしているのか全然知らなかった僕にとって、非常に刺激になる会だった。それぞれが自分の掲げる問題提起をしっかりと見つめ、それに対する自分のアプローチと達成するゴールを明確にする。そのゴールが問題提起や取ろうとしているアプローチから離れたところにあれば、容赦ない指摘により、議論が始まる。その中で、また徐々に自分が本当にやりたいと思っていることや念頭に置いていた問題提起が言語化されていき、その部分に自分が気づくことによって、さらに的確で、かつ自分でも気持ちのいい行動が取れるようになる。そこで発表したことや議論したことを実際に行動に移し、成果もあげている。l僕は大学ではどこの研究会にも所属していないので、こういう同学年での刺激し合う仲間関係が羨ましかった。来期はどこかの研究会に所属してみようかしら。


その中で、昼食の時にそこで「おもちゃ」についての研究をしているAら数名と、「遊び」について話をした。彼も僕と同学年。彼は、現在のデザインされた「おもちゃ」やそれに基づく「遊び」について、危機感を抱いているという。


Aは、「「遊び」というのは、イマ・ココでのみ行われる創造的行為であるべき」だと言う。「遊びってどこからどこまでを言うのか、分かる?」と聞かれたが、そう聞かれてみると、良く分からない。何かに取り組み始めた瞬間を、遊びというのか?しかし、何も取り組まない遊びもある。wikipediaには「遊びは目的を持って生物がする行動の総称」と書いてあったが、「遊び」の行為自体に目的はないことはままある。楽しいことが遊びという感じもするが、遊んでいて楽しいことばかりじゃなかった記憶もあるし、仕事でパソコンを叩いていることの方が楽しいことも多い。これは遊びに入るような気もするが、これが「遊び」なのだろうか?

その中で、Aが問題視しているものは、「例えばおもちゃを与えた場合、遊びの始まりと終わりが限定され、さらにその目的や行為自体もデザインされてしまう」ということ。つまり、何もない状態での「遊び」はどこからどこまでか分からない状態、また何をすれば遊びなのかも分からない状態のものだから、色々なことを、色々な方法で取組み、個人個人それぞれがその行動を「遊び」と認識する。しかし、目的を持ってデザインされたおもちゃがその遊びに関わらされると、そのおもちゃによって遊びの方向性や、やり方、始まりから終わりまでが決められてしまう。それでは、イマ・ココでのみ行われる(生まれる)はずだった遊びが、そのおもちゃが開発されたその時から、一様に同じになってしまう。もちろんそのおもちゃの目的・使い方を超えた新しい使い方を生むことができれば、それは遊びの創造的行為となるが(パッと思いついたのは、縄跳びをムチとして使うこととか??)、それを超えるのは容易ではなく、またその超える対象としてそのおもちゃが存在してしまうため、今までのような自由な遊びは無くなってしまう、ということだそうだ。

Aは、「元来遊びは、イマ・ココの創造的行為であった。デザインにより遊びを狭められたら、つまらないだろう?それを作ったヤツに遊びを制限されてしまうなんて。そうじゃなく、様々なモノを遊びのツールとして捉えることが重要。」だと言う。

彼が今後行おうとしている企画が、「手持ちの全てのモノを、コマにしてみろ」というもの。カバンだろうが、メガネだろうが、靴だろうが、パソコンだろうが(これはちょっとヤダ)、なんでもコマにしようと思えばできる。回そうと思えば回せる。コマは回すために作られたから回りやすいけど、そんなんいくらでも乗り越えることができるということを伝えたいんだと言う。


面白いですよねー。今までこんなに「遊び」についてを考えたことはなかったです。よくよく考えてみると、テレビゲームなんてのはもちろんのこと、色々な遊びについても、デザイナーの人とかがデザインしていて、その制作物(おもちゃ)に「遊ばれている」とも表現できますよね。そうではなくて、イマ・ココの創造性による「遊び」でこそ、自分で「遊んでいる」とも言えるし、メリットとしては一つのものから多様な遊び方を発見できる洞察力や色んなことを楽しくできる創造性もつくかもしれない。テレビゲームと野球しかやらなかった僕には、わからないですけど(笑)

もっとも、おもちゃによる遊びが悪いわけではないですよね。おもちゃやゲームによって、どんなに娯楽性が増えたことか!!また、頭が良くなるように作られたおもちゃ(知恵の輪)とかもあるし、また、wikipediaの言うように「何のために遊ぶか」を重視すれば、自分で創造的に遊ぶより、おもちゃに「遊ばれた方が」全然いい時もある。


面白い問題提起があったので、紹介しました。それにしても、「遊び」に対して問題提起か~。すごく楽しそう。それって遊んでんの?遊んでないの?


●ここに出てくるA君が、この記事に関して補足をくれました。A君、ありがとう!! 
イマ・ココの「遊び」 ~Aからの補足~

会津藩の教えの中に、「ならぬものは、ならぬ」という精神がある。

これは、田中玄宰の「天明の改革」以降に6歳~10歳までの会津藩の子供に教え込まれた会津藩士の心得の一つである。会津藩には、会津藩家老田中玄宰の進言で作られた有名な藩校「日新館」があり、そこには10歳から入学することが義務付けられている。その入学の前段階で、近所の子供たちがグループになり(このグループのことを「什(じゅう)」と呼ぶ)、グループの中で会津藩士として大切な心得を学ぶ。これが、藤原正彦氏が著書『国家の品格』の中で触れたことで有名な「什(じゅう)の教え」である。以下。


一 年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二 年長者にはお辞儀をしなけれはばなりませぬ
三 虚言を言うことはなりませぬ
四 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五 弱い者をいぢめてはなりませぬ
六 戸外で物を食べてはなりませぬ
七 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです。


これが現在「什の教え」として知られているものだが、聞くところによると「什の教え」というのに決まったルールはなく、その子供のグループ(什)ごとで教えが違ったそうだ。グループで心得を学ぶこと自体は義務付けたらしいが、その内容設定にはある程度グループで考えさせて、決めさせたらしい。やっぱり自分たちで決めたルールなら、守らざるを得ないもんね。その辺り、良く決めましたね。(それにより各グループ(什)で心得の理解の仕方に差が出たのかは不明。出る気はするが。)


日新館に入ると、様々な学問を学ぶことになるが、この「什の教え」を理解していることは前提となる。それを示すのが、「人でない」「鳥獣以下」という言葉。


「戸外で物を食べてはいけない。」
「なんでですか?別に食べたっていいじゃないですか!」
「ならぬものは、ならん。」
「おかしいでしょう!食べてはいけない理由を説明していない!」
「お前は、鳥獣以下だ。」


こうなります。すごいですよね。少し押しつけてる観もあります。


しかし、この「ならぬものは、ならぬ」の理由を聞いて、僕は非常に感心しました。すげーですよ。


「ならぬものは、ならぬ」。なぜか。『そう簡単に、理解できるものではないから。』、だそうです。


どういうことか。


この教えは、6歳から10歳までの子供に教えられる。しかし、この段階で物事の何を理解できるか。

「なぜ、年長者の言うことに背いてはならないか。」「なぜ、虚言を言ってはいけないか。」ということは、他人から言葉で説明されても、簡単に理解できるものではない。「年長者だからって人は人だろう!基本的人権を尊重すべきだ!年齢間の差別だ!」とかなんとか論理だった主張ができるのかもしれないが、それでも、年長者の言うことには背いてはならない。こればかりは、「自分で将来的に理解すること」になり、その時までは「ならぬものは、ならぬ」として理解させておかなければならない。いつか必ず、「なぜ、ならぬものはならぬとして、教わったか」ということが分かる時が来る。そういう理念の下、それまでは「什の教え」は「ならぬものは、ならぬ」という形で押しつけ、それに逆らうものは「人でない」としてまで、教えを理解させ、守らせる。


もちろん今の時代には、受け入れられない教えがありますよね。「戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ。」とか、言語道断です。「年長者の言うことにそむいてはなりませぬ。」というのも、年長者が正しいということが前提になるんで、こんだけ時代の変化が激しかったり、国際化が進んでいたりすると、日本国内だけで培った考え方や人生観、生活観だけが、正しいかどうかも疑問ですし。

しかし、「子供に自分で気づかせるまでは、あえて押しつけておく」ということは、これは今の時代にも参考にできるものではないかと思います。その理由の一つは、子供が疑問に思うことの答えを言葉で伝えたとしても、それもまた大人の偏見による教えであるということ。もう一つの理由としては、子供がその教えを本当に理解できるとは思えないということがあります。

僕の個人的な経験でも、昔、先生に長々と説教されことが、当時は理不尽に思えたことでも今になると「そういう意味だったのか~。そういうことを伝えたかったんだな。」と思うことが多々あります。それは僕が成長する過程で得た経験などから、自分の言葉や考え方で、その内容を理解できるようになってきたからではないかなと思います。もちろんそれは、間違った理解の仕方かもしれず、先生も「そんなつもりで言ったんじゃない!」と思っておられるかもしれませんが(笑)、先生の教えが絶対的に正しいとも言えませんし、僕の理解の仕方も答えの一面であるとも言えます。


絶対的な正解のある物事というのは、そんなにはないと思います。その中で、何が正しいのかを「自分で」理解できるようになるまでは、子供に対しては「模範的な正解」を押しつけておく。そういったことは、必要なのではないかと思うようになりました。


これと同じ内容を、以前東京大学教授で哲学者の野矢茂樹氏にインタビューをしたときに、氏は「紋切型」という言葉で表現されていたことを思い出しました。改めてインタビューしたものを読んでみると、すげー気づきがありました。当時もまだ、氏の言葉を本当には理解できていなかったんだな。今もまだ理解できていないのかな。いや、今後はきっと、違う見方で氏の言葉を理解できるようになるのかもしれないですね。よければ、読んでみてください。

哲学者野矢茂樹氏インタビュー テーマ:思い込み



奇跡

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春休みに、友人と二人でトルコに行った。僕は海外はヨーロッパしか行ったことがなかったので、「初中東だ!」と思っていたが、トルコも一応はヨーロッパみたいですね。

この旅では、本当にいろいろな経験をした。自分の甘すぎる海外認識を改めさせてくれた。今回は「奇跡」にしぼって記しておく。

イスタンブールに着いたのは夜中だったと思う。僕は飛行機の着陸が嫌いで、すぐに気持ち悪くなる。飛行場に着いたらまずトイレに行った。


ちょっとぼけているが、トルコのトイレマークの写真。ちょっとりりしいのが気になり、撮ってみた。

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また、中では、こんな文字が。

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「Please help us」とまで書いてあったのに、ビックリ。日本のトイレの節水を呼びかけるレベルとは、ちょっと違うような気がした。


その後、色々と旅をする中で、聖母マリアの家というところに行った。この家は誰にも知られていない家だったのだが、アンナという人がいきなりその家についてを語り始め、調べてみたら本当にあったという話。ここで聖母マリアは亡くなったとされている。

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違和感を感じたのは、この後だった。聖水を飲んだり、聖母の像の前でお祈りをしたりしていた。そろそろ行くと言われたので、バスに乗る前にトイレに行こうと思い、トイレに向かった。なぜか僕は、誰にも言わずにトイレに向かった。

近くにカフェを出しているおじさんにトイレの場所を聞き、入ろうとしたときに、気がついた。



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りりしさが、ない!!


聖母の前では、みな子供であるということなのでしょうか。お茶目ですよね。この旅で色々回ったけど、僕がこんなにトイレ行きたそうな看板を目にしたのは、ここだけでした。


それはいいとして、本当に奇跡を感じたのは、ココ。

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その土地にある美しさを感じました。こんな写真では伝えきれなくて残念ですが、四方それぞれが違う表情を見せ、その中に包み込まれているように、飲みこまれているように自分が立っている。全く知らず、言葉も通じない土地いる自分が、圧倒的な自然の存在感の中で心を癒すことができる。あの状況で美しさを感じられない人は、いないと思う。

『MASTERキートン』というマンガに、「自分は、自分が抱える世界からは脱することができず、自分と他者がまったく同じことを感じることはできない」と考える学者みたいな人が、あるオーロラを見て「ここにいる全てのものが、この瞬間、同じことを考えている」と確信するシーンがあるのですが(めっちゃ分かりにくてすみません(笑))、何が言いたいのかというと、美しさみたいに個人が評価するものに対して、万人が同じ美しさを感じ「てしまう」というのは、これこそ人が逆らえない力であり、「奇跡」と呼ぶものなんじゃないかなと思うのです。

ちなみにこの場所は、カッパドキアでバギー屋をやっている店があり、バギーでそこの少年に連れて行ってもらった場所です。このコースはリピーター率が高いんだとか(笑) 確かにそうだろうなー。また行きたいもの。



先日、久しぶりに怒られた。先輩にマジギレされた。理由は、僕の報告の怠慢。どんどん雑になっていることに、気がつかなかった。

いつもはニコニコしている先輩が、ブチ切れた。その先輩のすごいところは、ブチ切れ、怒鳴った後、少しするともうニコニコしている。しかし、この「気にしてないよ~。」という空気が、僕に自省を強く促す。

「いつものこと」をこなすって、すごく難しいことだと気がついた。知っていたけど、強く心に刻みつけられたイメージ。最初は「最終的な目的があって、今自分がやっていることがある」ということに気がついていて、次のステップの邪魔にならないように、もしくはより円滑に進むように、気をつけていたはずだった。しかし気がつくと、自分のしていることの目的は「それをこなすこと」になっていた。また慣れた作業だと、何を意識しなくても行える。ミスも起こりやすくなる。そこに気づいていなかった。結果、ミス発生。

「なんでここが抜けてんの?」
「あ、すいません。ついウッカリ。」
「ウッカリじゃぁねえだろうがああああああああ!!!」
(文字だと迫力でないのですが、こんな感じ。)

ビックリしました。久々に怒られた時の、「やべぇ」という感情を味わった。(余談になりますが、この「精神的な痛み」っていうのはどこでするのだろう?と考え、「やべぇ」という感覚の中、痛みの発生箇所を探っていた。やっぱり心臓のあたりが痛くなりますね。これが「心がハートで、心臓(付近)にある」と思われる所以だろうか。僕は前野隆司さんの考え方が一番しっくりきているので、心はこんなとこにはないと思っているが。心臓に血液がどんどん行ったりするのかな?するのだろうね。余談でした。)たぶん、僕の怠慢を薄々感じていたんだと思う。だって、しっかり最終的な目的を考えた上で自分の行為を行えていたら、日々の積み重ねで、当初よりは少しは進歩していたりしていたはずだし。経験が蓄積した分、「こうしたらもっと次がやりやすくなるんじゃないかな?俺も楽だし。」とか、そういう発想が生まれたはずだろう。でも、僕はただこなしていた。


しかし、今考えると、めっちゃいい経験になった。本当に、先輩に感謝。

あそこで怒られなかったら、こんなに気にしなかっただろう。「ウッカリじゃないよ~~(ニコニコ)」なんて言われてたら、ただミスしたところを直しておしまいだった。この怒られたことというのは、どこでもやりかねないことだし、今後やっちゃう可能性が多いにある。僕の場合なんて特に。その中で、どれだけ「気をつけよう」と意識する感覚が続くか分からないが、今は日常一つの行動にもしっかり気をつけるようにしている。このまま習慣になってしまえばいいなあ。

中学や高校で部活をやっていた頃、先生によく怒られた。しかし、その怒られたときの受け止め方が今とは全然違った。叱られるっていうマイナスなことから、相手が何のためを思って叱ってくれたか、それを今後にどう生かすかを考えられるようになった。僕も少しは、「肯定的叱られ」を身につけてきているのかな。(これというのを若いうちから身につけておけば、その分その子は色々要素の吸収力を身につけることになる。これというのは、どうしたら教えられるものだろう?これも余談。)

いい経験をしたし、これを忘れたくないので、将来の自分へメッセージを記しておこう。


kenjiへ

【日常の行動すべてに最終的な目的があり、その目的の身近な達成ゴールとして、今取っている行動のゴールがある。その最終的な目的をしっかり意識して、日常の行動・ルーティンワークなどを行うこと。その最終的な目的に少しでも寄与するような改善を、しっかり考えながら行動していくこと。】


最近は「ほめること」に注目が集まっている気がしているが、上手い叱り方であればこれも非常に効果を上げるものになる。このバランスが大切になるわけですな。

でもやっぱり、叱られるって良くないね。たまに、理不尽に叱られることだってあるしね。



夏真っ盛りで、花火大会やらお祭りやら、お酒を美味しく飲める時期ですね。最近よく、駅のハジッコで寝てらっしゃる方を見ます。

お酒は飲んでるときはいいですが、次の日まで引きずると最悪。しかもそのつらさは、はたから見るだけでは分かってもらえないという。そんな中で、二日酔いに効く食べ物の紹介をしていた。


グッバイ二日酔い!苦しい体を救う方法(All About)


その中で、「飲んだら吐く」という行為は良くないと指摘している。

確かに、飲んだ分を吐くことで、結果的に楽になるのは事実のようです。ですが、それは自分で自分のカラダを痛みつけていることになるのです。

お酒をたくさん飲んで吐くことで起こるのは、食道や歯へのダメージ。胃の消化液は酸性。吐いてしまうとアルコールだけでなく、酸性の消化液も一緒に出てしまうのです。酸性に負けないバリアをもっているのは胃だけ。

酸性の消化液が、食道がただれさせたり、歯が溶かしたりするのです。食道炎が悪化すると食道がんになることも!(記事一部引用)

怖いですねー。気持ちはスッキリするかもしれないけど、意外とマイナスが大きい「吐く」という行為。

じゃあどうすればいいかというと、おつまみで二日酔いに効くものを食べろと、記事では勧めています。チーズだとかアサリだとか大根だとかがいいらしい。また、ここでも色々な予防法を教えています。→二日酔い13の予防法


僕はあまりお酒が強い方ではないので、何気に参考にして、ちょいちょい自分を守りながら飲もうかと思っています。



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これ、家のゴミ袋ボックスに入っていたのですが、「おもしれー!」と思ったので、撮ってみました。どれも漢字に見えるようにさりげなく入っており、かつその字が象徴する絵だってのが、面白いです。「麺」とか「老」とかが面白い(笑) まるいしょくゆうかんを見直しました。近くにないんで、そこで買物はしないだろうけど。



会津の食は本当に美味しい。

僕が農業体験をさせていただいたIさんの家ではほぼ自給生活をしているため、新鮮な野菜、というか食べる直前に取ってきた野菜を使って料理をする。そのため、苦労して栄養分をかき集めた力強い野菜の、素材の味が出ており、逆に調味料を使うと味が変に感じるような、そういった野菜料理を出していただいた。

しかし、会津の食の魅力は、新鮮野菜だけではない。定番メニューも、流石の味だった。


僕らは7月30日の夜行バスで会津に向かった。会津若松の駅に着いたのは5時30分。到着時刻を今回のプロジェクトを会津でまとめている人に伝えると、「町を案内するには早い時間だから、『朝ラー』食ってきなよ。」と言う。

『朝ラー』とは、朝ラーメンのことである。会津には朝、ラーメンを食う習慣があるらしい。東京だと、仕事帰りにお酒を飲んで、「ちょっとラーメン食べて帰ろうかな。」となるところが、会津だと、仕事帰り(農作業帰り?)にお酒を飲んで、朝、「仕事前にラーメン食べようかな。」となるらしい(笑)

とりあえず、朝ラーメンとはどんなものかを食べに行った。行先はラーメンで有名な「喜多方」。元々は「蔵の町」として観光客を集めていたが、地元民が好きだったラーメンを観光客にふるまい始めると、あっという間にラーメンの方が有名になってしまったとか。


喜多方駅で待ち合わせをし、地元のプロジェクト関係者の方に迎えに来てもらった。これから農作業ということで、作業着を着て登場。朝ラーで有名なお店に連れて行ってもらった。
   
CIMG3538.JPGこれがこの日食べた朝ラー。「典型的な朝ラーください。」と頼むと、「朝、ラーメン食べることが朝ラーだから、全部そうだよ。」と言われる(笑) 「朝食べれば、朝ラーなの??」と違和感を隠しきれなかったが、間違いなくちじれ太麺に濃厚なスープととろけるチャーシューは美味。「朝、ラーメン食べるのも悪くない!」と思わせてもらった。(ただ、朝こってりしたものを食べることに慣れていなく、夜行バスであまり寝れなかった僕は、その後ちょっと眠くなった。)


その後、町を案内してもらった。昼時になると、「最近名物になってきた『ソースかつ』を食べよう。地元民の間では有名なお店に連れてくよ。」と、なんともうれしいことを言ってくれた。

案内をしてくれていた方は、「ソースかつは会津の名物か?」という問いに対しては「最近だね。」と言っていた。wikipediaで調べてみると、ソースかつ丼の起源説は到る所にあるようで、どこが発祥の地とは言えないらしいが、少なくとも会津じゃなさそう。しかし、地元では地元名物として親しまれている。

で、これが『ソースかつ』。でらウマです。

CIMG3599.JPGこれ大盛りなんですけどね、この重量感!!びっくりしました。また、この甘辛のタレと歯がいらないくらいふわふわサクサクの豚が絶品なんですよ~~。なんでも会津は味噌が美味しいそうで、味噌汁もこっちのとはちょっと違う感じだったのですが、ソースかつの印象が強すぎて、良く覚えていません。とにかく、豚肉をかんだ時に口いっぱいに広がるこの甘辛のタレが、最高でした。しかし、この甘さがおなかいっぱいになってくると大きく響きまして、残り3切れとかそういう状態の時に、少し憎らしくも思えてきたのを覚えていますが、今写真見るとまた食べたくなる。


今回感じたことは、美味いものがあることを羨ましいと同時に、自分の地元には全然目を向けてこなかったなーいうこと。都会にいると、どうしてもチェーンのお店やフランチャイズのお店が多くなり、外食する時もそういったお店を利用しがちになる。安いし、便利だし、味が保障されているし。しかし、自分の地元にも感動するような味を提供する店があるはず。そういった味には触れずに、全国どこでも一緒の味に日常から触れてしまうのは、もったいない気がする。

どうせだったらこれを機に、色んな地元の味に目を向けて、生活に食を楽しむ要素を取り入れてみような。



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30日の夜から1日にかけて、福島県の会津に行ってきた。ここには、あるプロジェクトの一次の調査という位置づけで行ってきた。このプロジェクトに関しては追々書こうと思う。

今回、会津で経験できたことは、特に今の自分にとって、非常に意味のある知見と考え方をもたらした。その中で、今回得たものを要素に分けて、記しておく。


近年高い食の安全性が求められている。その中で、現在人気沸騰中の「有機野菜」を育てている農家のIさん宅に泊めさせてもらい、その生産過程の一部を見させていただいた。

会 津は非常に肥沃な土地らしい。会津という土地は盆地のため、昔大雨が降った時には、山から高い栄養分を含む粘土が流れてきて、ここに堆積したのだそうだ。 このため会津は豊作と凶作にほとんど差がないことで知られており、1993年の冷夏の時も、会津を残した福島全域は大きな被害を受けたのに対し、会津では 逆に豊作であったそうだ。さらに、会津は災害の少ない地域で、南方にある日本アルプスのおかげで、台風が来ない。そのため水害も少なく、農業を営むには最 適の土地だと言う。(この辺りは良く分からないので、調べて追記しておこう。)


今回僕らが行ったのは、トマトの収穫と、じゃがいもの選別だった。

Iさんは、農薬を一切使わない有機農法で 野菜を作っている。Iさんは、「有機農法と化学肥料を使った農法とどう違うのか。その違いは一点だけ。『野菜に苦労をさせるか否か。』だけ。」と言う。化 学肥料は人工的に作られた肥料だが、この肥料の長所でもあり短所でもあるところは、野菜に栄養素を送ってあげることなんだとか。そのため、野菜は根をそこ まで張らずとも栄養をたっぷり吸い取ることができきる。この野菜はある程度大きく育つは育つが、味もある程度までしか育たない。「それに「加えて」、健康 に良くないとかそういう話なんだよね。」とIさんは言っていた。しかし、有機農法で用いる肥料では、野菜にとって必要な栄養素が簡単には吸収できない。野 菜は受け身では栄養を吸収できないため、根を張って吸収できる面を広げながら、自ら栄養素を吸収していかなくてはならない。それには自然の成り行きだけで は難しく、途中でダウンして死んでしまう野菜もあるので管理をしっかりしなければならないが、その末大きくなった野菜の味は、化学肥料のものとは比べ物にならないそうだ。

「こっちの方がウマい。だから僕はこっちのやり方で野菜を育てる。化学肥料を使うと健康に良くないとかなんとか言われてるけど、この味を知ってしまったら、まず化学肥料は使えないんだよね。」

I さんの野菜は、どれも新鮮な、かつ食欲のそそる匂いをガンガン放っている。その匂いに誘われてくる虫は後を絶たない。その虫とうまく付き合っていきなが ら、必要な分を収穫し、出荷したり地元の人たちに持って行ったりする。地元の人はお返しにと、Iさんに収穫物やらもらったものやら、少し多めに買ったもの など、様々なものを持ってくる。その話をしているIさんは非常に楽しそうだった。


ここまではいい話。Iさんの野菜は本当に美味しい。本当に。みな、食べたくなるだろう。では、そのプロセスはどうか。

Iさんに連れられてトマトを育てているビニールハウスに行った。Iさんは様々な野菜を、必要な分だけ育てているので、ビニールハウス自体はそこまで大きくなかった。しかし、そこの暑さと○○の多さが半端じゃない。

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ト マトが広がる。顔を赤らめこっちを見てるやつから、青白い顔して興味なさそうにしたを向いているやつがいる。Iさんは完熟したトマトを出荷しているので、 うっすら顔を赤らめているやつではダメ。日焼けして顔を真っ赤にしているやつでもダメ。大恥かいて、顔から火が出そうなやつ。こいつを収穫する。

こ の収穫を困難にするもの。暑さ。なんせ暑い!!!直射日光がガンガン降り注ぎ、ビニールがその光を吸収し、だけど逃がさない。地球温暖化の恐怖を感じなが らの収穫(ウソ)。僕らは3人で収穫をしていたからいいものの、これがIさんとIさんの奥さんだけなら大変だ。収穫時期を見逃すと、「ゴチになります」と 言わんばかりに虫が寄ってくる。彼らに先を越されてからでは遅い。


さらに収穫を困難に、というか、いやにするもの。

CIMG3665.JPGのサムネール画像
そ うです。蜘蛛です。彼らが本当に、心を折ろうとしてくる。写真には3匹しか写ってないけど、あり得ないくらいいた。何年も放置されているのか、ビニール シートの屋根の下に、蜘蛛の巣でできた屋根がある。そこには無数の蜘蛛と、間違えて遊びに来てしまって帰れなくなってしまった虫が住み着いている。

また、当たり前だけど苗と苗の間にも巣を作る。いい色をしたトマトがあるので手を伸ばすと、蜘蛛の巣にぶち当たる。そこいら一帯の蜘蛛が一斉に動き出し、巣 にかかった(壊した?)獲物の方に向かってくる。「うわっ!」となって手を振りはらって立ち上がると、今度は頭で巣を破る。メガネに巣がついたり、髪の毛 に蜘蛛が住んだり。

別に蜘蛛はきらいではないんですが、好きじゃないです。こんなことで地元の人に「都会っ子」と笑われたくはなかったので、我慢です。もっとも、だんだん慣れてくると、そこまで気にならなくなる。でも、顔とかで蜘蛛の巣に突っ込むと、マジで萎えた。

さらにさらに、少し悲しくなったことですが、下記の写真を見てください。これ、片方は売りに出せない商品。どっちが売りに出せない商品でしょうか。両方とも完熟。

CIMG3671.JPG正解は、左ですね。左が売りに出せない商品。理由は、ケツのところ。

CIMG3672.JPG
ちょ こっとです。ちょこっとヒビが入ってしまったので、売り物にはならなくなったのだそうです。「これ売れないんだ~~」と思うと、悲しくなりますよ。あの暑い中、蜘蛛と闘いながら一生懸命もいで、でもこんなんで売れないんですから。テレビで食糧危機を騒いでいるのを思い出すと、馬鹿じゃないかと思ってしまう。食べていいと言われたので、食ってやりました。僕トマト大好きなんですが、マジで美味しかった。ガツガツ食って、ヘタはそこらにポイする。完熟なのに 意外と皮が堅くて噛み心地があり、かつフルーツのごとく甘い。最高でした。なんて種類だろう?聞かなかったな。


トマトの収穫を終えると、次はじゃがいもの選別。これまでに収穫したじゃがいもから、状態のいいもの、少し削れたりネズミに食われたりしているけど、他の部分は食べられるもの、腐っているものに分ける。この作業が、地味だけど大変。

CIMG3683.JPGのサムネール画像じゃがいもも普通の農家では、農薬を使って腐らない対策をしているそうだ。腐るのは菌が原因なので、その菌を殺す薬をまけば、多少傷ついても腐りはしない。しかし、有機農法だとそんなことはしない。傷んだものは、ガンガン腐る。

さらに迷惑なことに、この腐ったもの(僕らは「お腐りさん」と呼んでいた。以下、お腐りさん。)は、隣の健康なじゃがいもも腐らせる。これにより、一つの ケースに一つでもお腐りさんが入っていると、全部とは言わないまでも、ケース中のじゃがいもが腐っていく。また、匂いも強烈。そんなじゃがいもを出荷するわけにはいかないので、お腐りさんと、そのお腐り液をもらったじゃがいもは分けなければならない。

これが、お腐りさんら。

CIMG3687.JPGのサムネール画像

すげー臭いし、お腐りさんは持つとぶよぶよする。もうこれに触れると萎えちゃう。菌の部分を触る手は、普通に仕分けてる手とは変えて使う必要があるため、できるだけ観察し、お腐りさんを見つけたら反対の手で持ち、捨てる。お腐り液をかかってしまったじゃがいもも天日で殺菌するので、別口にする。他、傷がついていたり、ネズミに食われてないかなどをチェックし、仕分ける。しゃがんだり立ったり、重いじゃがいもケースを運んだりと大変だった。一日やっただけなので、別に疲れも何もないが、農家の方はこういった作業を毎日繰り返す。農薬を使えばこの仕分けはもっと楽になるのに。


この経験を通して思ったこと。

「スーパーにトマトは生えない。美味い野菜の労力に感謝。」

っ てこと。僕らの食卓に当たり前に置かれるトマトとじゃがいもは、本当にプロセスがあるんですよ。僕がやったことなんてほんの一部で、ビニールシートの管理から、苗を植えるところから、きれいに洗って箱詰めするところから、誰かに渡されて運ばれてくるところから、僕らがスーパーで買って食卓に届くわけです。このプロセスを体感することが、人に感謝できるようになる上で、とても大事なことのように感じる。100円200円で買えるトマトに、このプロセスがあるんです。じゃがいもや、他の野菜だって全く一緒。魚だって肉だってお菓子だって。気づかされたなー。

また、農薬使ったものは反対だとか、科学肥料はどうだとかってのは、リアルを知らない人から言われるセリフのような気がする。「健康に気を使って、農薬を使用したものは買わない」だとかってのを良く聞くようになった近年であるが、てか僕もそういうのヤダけど、仕事として農業をやられるのであれば、農薬使っちゃいますよー。面倒だもの!!例えば 今まで農薬を使った農法をしていた人が、使わない農法に変えるとならば、そこには設備投資やら学習やらと非常に大きなコストがかかる。また、上手くいくかどうかも不透明だし、大量生産だってできない。しかも若い人ならともかく、年配の人なら怖いでしょう。そしたら変えないですよね。

Iさんは好きでやってるし、何より自分や自分の子供、自分の地域のためにやっている。それなら楽しくやれるかもしれんが、これを「食の安全のために仕事して、やれ。」とは言えないでしょう!「農薬使ってるところからは、買いません。」とか言いだされても、仕事はいきなりは変えられない。この労力は「金払ってるんだから」とかじゃ変えられないですよ。てか、そもそもどれだけ農家の人にお金を払えているんだろう?(今回はトマトだったので、しかも僕トマト好きなので、 トマトの無農薬の取引が、農薬の取引と比べてどれくらいで行われているのか、調べてみようかな。)


それにしても、いい体験でした。「いい体験」で済ませてしまうのは、Iさんに申し訳ないし、自分にとってももったいない。自分ができることは何か。Iさんから野菜買ったりかな?皆に伝えることもそうか?何かしていかないと。



これも大学に向かう途中でのこと。

急行電車に乗り換える為に、ホームで並んでいた。すると、隣に一組の夫婦が並んだ。どうやら旦那さんの耳が聞こえないらしく、手話で会話していた。

面白いことを話しているのだろうか。笑いながらとても楽しそうに、二人とも手慣れた感じで、パッパと手を動かしてコミュニケーションを取っていた。あまり手話を見る機会がないことと、なんでこんなに笑ってるんだと気になったので、何気なく二人を見ていた。

ところが、ここから驚かされた。

電車が来て、ぞろぞろと乗り始めた。奥さんは見送りらしく、電車には乗り込まない。旦那さんだけが乗った。しかし、見てると会話が終わりそうにない。旦那さんは歩きながら手を動かし、メッセージを伝えている。そして、電車に乗り込んでも、ドアが閉まっても・・・・。

そうなんですよ。そこで驚いたのですが、ドアが閉まってもコミュニケーションを取ってたんです。というか、取れるんです。当たり前のことなんですが、手話って「見えれば分かる」んですね。旦那さんがドア越しにメッセージを送る。電車が動き始める中で、奥さんがウンウンとうなずいているのが分かり、そして見えなくなる。そこでコミュニケーションは終わったわけです。普通に話しているだけなら、ドアが閉まった瞬間に終わりますよね。ただ、手話なら「電車が走り出しても、続く。相手が見えなくなるまで、続く。」わけです。

これに驚いた理由として、僕の声が低いことが関係しているかもしれません。よく、「えっ??」て言われます(笑)始末が悪いことに、あまり口を開けてしゃべらないものですから、さらに聞き取りにくいらしい。中学の頃、送辞を読むことになり練習していたと時に、「口を開けて話しなさい!」と怒られたことを思い出します。そんなことで怒られるのかと思いました。その中で、音ではなく目で行うコミュニケーションというものを目の当たりにして、非常に驚いたのだと思います。

また、考えてみると、一般の人のコミュニケーションでも、「ボディーランゲージ」が大切とか言いますね。動きは相手に気持ちや不言のメッセージを伝えるとか。手話がその不言のコミュニケーションに意味づけをした力を持っているとすると、手話のコミュニケーションというのは、意外と想いだとかニュアンスだとかが伝わるんじゃないかとも思いました。何も話していないのに、あれだけ楽しそうにしていたわけですから。その感覚というのはどういうものなんだろう。


もちろん、それが出来ない方がいる中で、言葉のやりとりが出来ることのありがたさは認識しているつもりです。しかし、この言葉のやりとりも、ある局面においては万能ではないということに気づかされました。

「当たり前」って、当たり前でないことに出会った時でしか、気づかないものです。この出来事から言葉の限界と、それを考えた時に自分が話せることに対してのありがたさを、学ばせていただきました。

ありがとうございました。



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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