奇跡

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春休みに、友人と二人でトルコに行った。僕は海外はヨーロッパしか行ったことがなかったので、「初中東だ!」と思っていたが、トルコも一応はヨーロッパみたいですね。

この旅では、本当にいろいろな経験をした。自分の甘すぎる海外認識を改めさせてくれた。今回は「奇跡」にしぼって記しておく。

イスタンブールに着いたのは夜中だったと思う。僕は飛行機の着陸が嫌いで、すぐに気持ち悪くなる。飛行場に着いたらまずトイレに行った。


ちょっとぼけているが、トルコのトイレマークの写真。ちょっとりりしいのが気になり、撮ってみた。

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また、中では、こんな文字が。

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「Please help us」とまで書いてあったのに、ビックリ。日本のトイレの節水を呼びかけるレベルとは、ちょっと違うような気がした。


その後、色々と旅をする中で、聖母マリアの家というところに行った。この家は誰にも知られていない家だったのだが、アンナという人がいきなりその家についてを語り始め、調べてみたら本当にあったという話。ここで聖母マリアは亡くなったとされている。

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違和感を感じたのは、この後だった。聖水を飲んだり、聖母の像の前でお祈りをしたりしていた。そろそろ行くと言われたので、バスに乗る前にトイレに行こうと思い、トイレに向かった。なぜか僕は、誰にも言わずにトイレに向かった。

近くにカフェを出しているおじさんにトイレの場所を聞き、入ろうとしたときに、気がついた。



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りりしさが、ない!!


聖母の前では、みな子供であるということなのでしょうか。お茶目ですよね。この旅で色々回ったけど、僕がこんなにトイレ行きたそうな看板を目にしたのは、ここだけでした。


それはいいとして、本当に奇跡を感じたのは、ココ。

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その土地にある美しさを感じました。こんな写真では伝えきれなくて残念ですが、四方それぞれが違う表情を見せ、その中に包み込まれているように、飲みこまれているように自分が立っている。全く知らず、言葉も通じない土地いる自分が、圧倒的な自然の存在感の中で心を癒すことができる。あの状況で美しさを感じられない人は、いないと思う。

『MASTERキートン』というマンガに、「自分は、自分が抱える世界からは脱することができず、自分と他者がまったく同じことを感じることはできない」と考える学者みたいな人が、あるオーロラを見て「ここにいる全てのものが、この瞬間、同じことを考えている」と確信するシーンがあるのですが(めっちゃ分かりにくてすみません(笑))、何が言いたいのかというと、美しさみたいに個人が評価するものに対して、万人が同じ美しさを感じ「てしまう」というのは、これこそ人が逆らえない力であり、「奇跡」と呼ぶものなんじゃないかなと思うのです。

ちなみにこの場所は、カッパドキアでバギー屋をやっている店があり、バギーでそこの少年に連れて行ってもらった場所です。このコースはリピーター率が高いんだとか(笑) 確かにそうだろうなー。また行きたいもの。



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プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

このブログ記事について

このページは、kenjiが2008年8月 8日 15:21に書いたブログ記事です。

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