2008年9月アーカイブ

少し前の話になるが、駅のホームで「コカ・コーラ」が非常に似合う女性を見かけた。


少しレゲエ風の、長身の美人。髪の毛は金髪で編み込んでいて、顔はほりが深く、眼の大きな人。その彼女の手の中に「コカ・コーラ」があったのを見た時に、なぜか衝撃が自分の中に走った。「こんなにコーラが似合う人がいるのか!!」という衝撃。

あれがペプシ・コーラやスプライトとかであったら幻滅だった。コカ・コーラだったからこそ、ハマったのだと確信を持っている。それぐらい、コーラの似合う女性だった。


この経験は、僕にコーラの新たな一面を見せてくれた。というか、飲み物の新たな一面というべきか。手に持つ飲み物すらもファッションになりうる、ということ。そんなことを考えたことがなかったので、今回感じたこの衝撃に驚きを隠せない。



今日はThink the Earthプロジェクトのイベント,

[アースコミュニケーション] ~伝える・繋げる・広げるチカラ~ 第1回 広報・広告の視点から

に参加してきた。
Think the Earth オフィシャルサイト


このイベントはNPO,NGOなど、社会の問題に対して気づきを得て、それを広く伝えていこうとしている団体に、「その気づきや想いを伝えるチカラをつけてほしい」ということで開催されているイベント。第一回の今回は、電通のコミュニケーション・デザイン・センターのエグゼクティブ・プランニング・ディレクターである白土謙二さんが講師を務められた。非常にしゃべりが上手な方で、とても楽しい講義だった。

この講義のテーマは「伝えるとは何か」ということ。白土さんから相手に伝えるには、どんな「コツ」があるかという話をいただいた。


僕が印象に残った話は下記。
①メッセージの聞き手には、聞く義務がない
②誰に、何を。
③クリエイティブは天才の仕事ではなく、努力家の仕事
④擬人法を使え
⑤ルールをどう破るか
⑥KY理論(絡みやすい理論)


①メッセージの聞き手には、聞く義務がない
これは当たり前のようで、当たり前に受け止められていない話。特に僕にはそうだった。例えば何かの主張をする時には、メッセージの送り手は「皆が聞いている」と思って話をする。しかし、メッセージの受け手には「その送り手の話を聞く義務はない」。だから、話を最後までしてもしっかりと相手に伝わっているかどうかはわからない。むしろ、メッセージの送り手は「相手は聞いてくれていない」と思って送るべきだという話。

確かにそうだと思った。自分が話し手である場合、何か自分の良く知っていることについてを話す場合、往々にして相手もそれについて興味を持っていたり、知りたいと思っていると考えがちである。
しかし、その時本当に相手がそれについて興味を持っているかは分からないわけで、もしかしたらとても退屈に自分が生き生きと話すことを聞いているのかもしれない。相手には話を聞く義務はないのだから、自分の話をしっかりと相手に届けたい場合は、「相手は話を聞いてくれない」と思って、どうにかして相手に話を聞いてもらおうとして話をするべき。


②誰に、何を。
伝達する上で一番重要になることは、この「誰に、何を。」であるそうだ。ここがブレなければ、相手にメッセージを伝えられる。

参考として白土さんは、30年前のソニーのラジカセ広告のプレゼン資料を見せてくれた。ほんの8ページほどの資料で、これをそのままパンフレットにして全国に配ったものだそうで、十数億のお金が動いた資料なのだとか。で、この資料で述べていることは何かというと「中学生へ、音楽聴くならソニー。」というこ と。あとの部分はこの骨子をより分かりやすく、説得力を持たせるための「装飾部分」だった。

例えば自分の活動を伝えるときには、「相手が誰で」「何を伝えるか」を明確にしておく必要がある。自分の活動とはいえ、いろいろ多岐にわたって活動をしていることもある。そんなときには自分の一番伝えたい活動の内容を考える。そしてそれはなぜなのかを考える。するとその言葉は、コンセプトや理念という言葉に置き換えられるものになるかもしれない。ともかく、伝えるには「誰に、何を。」を考える。


③クリエイティブは天才の仕事ではなく、努力家の仕事
これは自分にとって勇気をくれた話だった(笑) 白土さん曰く、新しいものを生み出すのに必要なことは才能ではなく、努力の積み重ねなのだそうだ。白土さんはコピーライターとして長く活躍をされていたが、その時に「コレだ!」となる発想は、様々な情報を受けながらコピーについて考え続けた結果として生まれたものであったそう。「24時間、寝るとき以外は常に何か情報を探して考えていた」と白土さんは言っていた。

また白土さんは、クリエイティブとは「作ること」ではなく、「作る方法を見つけること」だと言う。例として挙げられていたのが、クロネコヤマトの不在届の紙。あの紙の一部が、猫の耳に切り取られているのをご存知か?あれを考えたのは、クロネコヤマトで働かれている障害者の女性だったそう。「普通の健常者にとっては同じでも、眼が不自由な障害者にとっては有用なものになるように」ということで、端を切り取ることで不在届だと分かるようにしたのだとか。「これは何かを作ることではないけれど、非常にクリエイティブなことだと思いませんか?」と白土さんは言う。この障害者の女性の方が、「障害者の視点から」業務を観察し、いろいろ考えた結果に新たな方法が見つかった。「このプロセスを指して"クリエイティブ"と呼ぶ」と白土さんは言われた。


④擬人法を使え
擬人法とは、とても便利な相手に印象を与える方法なのだとか。たとえば、

「ドアを開けると、彼が花束を持って立っていた。」

という文章を、

「花束がドアを開けた」

という擬人法を使った文章に置き換えてみる。こちらの方が、どこか「ドキっ」とさせられる文章になってはいないか。また、

「草木も眠る丑三つ時」

とかも、草木すらも寝ている時間ということで、何時を指しているかはパッとは分からなくても、かなりの深夜なのだろうなと予測させる。これが擬人法の力なのだとか。使ってみよう。


⑤ルールをどう破るか
僕としてはこの話が一番面白く、自分自身に目を向けることになった。白土さん曰く、「ルールを破る」ということは、「自分がやることは何かを認識した上で、それ以外は本当にしてはいけないことなのかを疑うこと」なのだそうだ。

最初に、400字の原稿用紙に「自分のいいところを書いてみてください」と言われた。なんかやるのだろうから、読み上げられても恥ずかしくない自分の側面を書いた。しかし、この問いの白土さんの一点。「原稿用紙に、「字」を書いたか否か。」

40人ほどいた教室の中で、唯一一人だけ、「自分のいいところを書いてみてください」という指示に対して「字以外の表現」で自分のいいところを表した。しかし、それ以外の人はみな、自分のいいところを「字」で表現した。白土さんは、これは「日本の高い教育による賜物」とする。僕たちはみな、小学校の頃から原稿用紙を出されれば、「字を書くもの」と判断し、行動をするように教えられてきた。学校の作文で、「字以外の表現」で作文を書いたりすれば、先生から厳しい問いただしを受けるだろう。「なぜこんなことをしたのですか?」と。

もちろんこれが間違っているわけではないし、原稿用紙は字を書くためのものでもある。しかし、「人に自分を伝える」というゴールを一番において考えてみれば、「字もまた、ひとつの手段ではないか。よりいい手段があるのではないか。」と考えられるのではないか。

今、友達とメールをやり取りする間、僕らは結構絵文字を使いますね。僕らは感覚的に、絵文字を使った方がより豊かな表現ができると知っているから使っているわけで、「人に伝える」ということに限っては、そういった「文字表現以外」を取り入れることも望ましいかもしれない。そこに行きつくためにも、まず疑うべきは、「この原稿用紙は字を書くためのもの。では、字以外を書いてはいけないのか?」ということ。そして、「NO!」という答えを出し、実際にやってしまうことが非常に大切になる。


⑥KY理論(絡みやすい理論)
これは白土さんの友人が唱える理論だそうだが、人に何かを伝えるにあたっては、「絡みやすさ」が大切になるそうだ。あえて突っ込み所を残しておく未完成さとも言える。例になるのが、ソフトバンクのCM。あれを見ると、「なんでお父さんが犬なの?」とか「なんでフランス語しゃべれんの?」「元人間なの!?」「犬も職業!?」とか、いろいろ突っ込み所が満載である。そのあえて隙を作っているところが「KY(絡みやすい)」ところだそうで、その部分を意図的に作れるかどうか(もちろん単に未完成なのと、あえて未完成なものとは違う)。それによってコミュニケーションに相手が入ってこれるかどうかも大きく変わってくる。



とても面白いイベントだった。会が終わって思ったことは、コミュニケーションの手法とは、「相手は聞いてくれないから、どうしたら相手が興味をくれるか。そして話を聞いてくれるか。」を色々考えて、フレームワークに落とし込んだものなのではないかなということ。そう考えると、「相手は聞く義務がないから聞いてくれない」ということを念頭に置いていれば、自分でもあの手この手で相手に自分のことを伝えられるかな~と思ったり。そして目的のために、ルールを破れるかということでもあり。

よかった。次は何を得られるか楽しみだ。



9月21日から24日にかけて、兄の住む大分県別府市に行ってきた。

beppt.JPG一番右の部屋が兄の職場

兄はこの地で、アートを通した様々な地域活動や地域興しに携わっている。具体的な方法としては別府に世界的にも有名なアーティストを招へいしてイベントを行ったり、市内で廃屋となってしまった場所を借りてリノベーションを行い、作品展示の場所にしたり、市民が交流できる多目的スペースを作ったりしている。
BEPPU PROJECTホームページ


別府で有名なものと言えば、温泉。かの有名な一遍上人がこの地に温泉を開いたとかなんとかで、「上人」という地名もある。町の至るところで煙が噴き出していて、東京じゃ見れない異様な光景になっている。一昔前までは国内外の多くの人が温泉に入ろうと訪れた町であったそうだが、今ではそれも衰退し始めているそうだ。それでも市は、まだまだ「温泉の町」として別府のイメージを打ち出し続けている。その中で、僕は今回の小旅行で、「今の別府にとって、温泉文化も一つの別府を表す側面にすぎない。今の別府は、「文化のるつぼ」である」ということを感じた。


まず、この別府という町は日本でも有数の「国際交流の豊かな町」なんです。この別府には、立命館アジア太平洋大学(APU)という大学があり、その大学はなんと学生の半分が留学生という国際色の強い大学になっている。それにより、この小さな町はAPUに通う留学生で溢れている。コンビニでバングラディッシュ人が「いらっしゃいませ。」と言っているのは当たり前。マクドナルドで「スマイル0円」をくれるのがリトアニア人だったとしても不思議じゃないわけです。

そんな町だから、外国人との交流の機会が非常に多い。またそれに対する市民の受け入れ方も優しい。兄の同居人が僕を飲み屋へ連れて行ってくれた時、たまたま銭湯から来日ていたフランス人が出てきた。兄の同居人が気軽に英語で話しかけると、そこでわっと盛り上がり、一緒に飲み屋に行くことになった。店に入ると80過ぎのおばあちゃんが、フランス人に英語で質問を投げかける。一時の「ノリ」で連れてこられたフランス人も、最初はとまどいながらも非常に気を楽にすることができ、盛り上がる。こんな感じはごくごく日常。この町の日常は、非常に「外国人」と「日本人」の区別をほとんど意識しない。


また、色々な国の人が入ってきているということは、文化があるのと同時に、色々な宗教もある。先日はイスラム教のモスクに連れて行ってもらった。これについては別記事で触れるが、彼らは別府に祈りを捧げる場所がないので、「じゃあモスクを作ろう!」ということで、バイトして貯めたお金でビルを買い取ってしまい、それをモスクにしてしまったのだとか。まだモスクができて間もないということで、訪れた時にはイスラム教徒の留学生しかいなかったが、彼らは非常に温かく出迎えてくれた。イスラム教徒でなくても訪れることは、全然OKなのだそうだ。9・11後、少し怖いイメージで語られるイスラム教ではあるが、こうして顔を突き合わせて話をしてみると、普通の優しい人であるし、その真摯な信仰と自分に対する戒めの考え方には、むしろ僕らも学ぶべきところがあると感じた。(この時のことを書いた記事はこちら → イスラム・コミュニティ


今回別府を訪れてみて、別府の文化の新しい一面を感じた。それは「世界と交流できる場所」としての機能を持つ一面や、様々なアート表現の拠点としての一面。

それを通して、「文化というものは、「決まったもの」ではないんだな」ということを感じた。

そこの町の文化とは何かと考えると、古くからのことを考えがちである。「昔ながらのお祭り」みたいに。しかし、人の行為は常に何かを生み出しているし、人の交流もまた何かを生み出す。昔は「温泉文化」しかなかった町も、多くの留学生が「彼らの文化」を背負って入ってきて、その彼らとこの土地に昔から住んでいる人が交わることで、そこに新たな文化の種が生まれる。これらが何を生み出すかはまだまだわからないが、これらは時を重ねるごとに段々とそこに根付き、後ろを振り返った時には「文化」として残るようになる。これから50年後、100年後には、今とは違った別府の顔を見ることになるんだろうなあと、そう感じる小旅行でした。


beppu2.JPG釣りするおばあちゃん


beppu3.JPG駅前高等温泉。長い歴史を持つ温泉だそう。


beppu4.JPG
たまたま会ったフランス人アーティストKOUZ。実はその先週来日し別府に来ていた有名現代アーティストの知り合いだったことが判明。その話で大盛り上がりだった。



iizuka_1.jpg
9月14日から15日にかけて、会津若松を訪問してきた。今回の旅は「会津のアツい大人」をインタビューすること。僕たちはこの「アツい大人」という言葉の定義を、「自身の人生背景から社会・個人の問題点を見出し、その解決に向けて人生をかけて活動している人」としている。前回インタビューさせていただいた人も、みな「アツい大人」としてインタビューのお願いをさせていただき、話を伺ったわけです。


今回最初にインタビューをさせていただいたのは、アルテマイスターという仏壇を取り扱う会社の執行役員である飯束時雄さん。飯束さんも、これまた腰の低い人であった。「自慢・高慢、バカのうち」なのだな。凄い人には「謙虚さ」が必要ということは、会津で学んだ良いこと。 →アルテマイスター公式HP

このアルテマイスターは創業1900年(明治33年)という長い歴史を持つ会社。昔ながら仏壇の製造から塗り、販売までをやっている会社であり、今ではそれは国内唯一のメーカーになってしまったそうだ。さらに、近年では「変わらぬ祈りの新しいかたち」をテーマに、インテリアデザイナーの内田繁氏による「新しい仏壇」や「新しい位牌」が発表され、展開されている。


このインタビューではいろいろ聞きたいことがあった。一番単純に疑問に思っていたことは、「そもそも、仏壇って形を変えていいの?」ということだった。

仏壇の形を変えるのには、もちろん理由がある。それは、「現代のライフスタイルに合わない」こと。東京の様にマンション・アパートの中に仏壇を置くことは難しいし、核家族化が進んだ中では、家に仏壇がないことはめずらしくない。(我が家にもない)その中で、「新しい時代・ライフスタイルに合った形の仏壇・位牌が必要だ」と考えられたそうだ。

僕は最初、これに抵抗を感じた。というのも、仏壇とは「あの形だから、意味があるのではないか」と感じていたからだ。つまり、あの形であるからこそ、亡くなった先祖が住み、お祈りを捧げる対象になるのではないか?それがいくら有名デザイナーの作品とはいえ、なんでもかんでもモダン化してしまっては、ましてや位牌までモダンな形になってしまっては、「仏壇である必要性」が無くなってしまうのではないか?、と感じたわけです。

とはいっても、今の仏壇は大きすぎて、現代のライフスタイルに合わないというのは事実。「やっぱり企業生き残りのためにはそういう展開の仕方は必要だよな」と思っていたところ・・・・・・アルテマイスターの考えは、向けている対象が違うことに気がついた。


彼らが対象にしているのは、仏壇うんぬんではなく、「そこに祈りがあるかどうか」。


祈りとは、僕みたいに都会生まれ都会育ちの人間には、バカに聞こえることかもしれない。それは目に見えず、効果があるのかないのか分からない非合理な行為で、ある種宗教的な響きが強い言葉である。ではその祈りとは何なのか?何の意味があるのか?飯束さんは、「祈りは大きなつながりを意識する行為であり、感謝の気持ちを持つ行為である」と言う。そして仏壇は、その祈りを行う場なのだそうだ。


昔の仏壇とは、「祈る場」という役割を持ってそれぞれの家に存在していたらしい。その祈る目的とは、様々なものへの「感謝」。「この世に生を受けたことに対する感謝」や、「一日を始めさせてくれ、その日一日を無事に過ごせたことに感謝」、「親や友人、先祖や子孫にまで対する感謝」などであった。ちょっと宗教的な言い回しにはなるかもしれないが、「自分は大きなつながりの中で生かされているんだな」という意識を日々確認させるということを、「祈る」という行為をさせる場所として存在することで、仏壇は行っていたそうなのだ。

しかし、江戸時代の「寺請制度(檀家制度)」が制定されたことで、「全ての人はどこかの寺の檀家になること」という法律が定まる。これにより寺院は経営を安定させるが、同時に寺院の堕落が進み、制度制定前は一周忌から三回忌くらいまでの追善供養が一般的だったのに対し、制定後は三十三回忌まで増える。こんなに追善供養が必要なのかと言う人々の批判が"葬式仏教"(葬式のときにしか必要とされない仏教。日本の仏教を揶揄して呼ぶ)として認知されるようになったそうだ。さらに今では日本は仏教国ではないため、葬式時の形式として仏壇が残り、「葬式のときに必要なもの」として認知されるようになった。

つまり、本来の仏壇のあるべき姿は、今の日本で認知されている仏壇のものとは大きく異なったものであるのだ。

もちろんもはや仏教国ではない現代日本において、仏壇を敬遠する方もおられるかもしれない。それはそれでもちろんいいのだが、それでも、飯束さんは「今の人々には仏壇、もしくはそれに代わるものが必要だ」と言う。なぜなら現代社会、特に東京などの大都市において、「祈りと感謝の欠如」は広く見られるからである。ではなぜ、「祈りと感謝」は欠如したのか。答えはいろいろあるだろうが、今の僕としては、「命と命のコミュニケーションから、大きな力を感じることが無くなったから」のように感じる。


昔の日本は農業大国であった。その中で、農業とは紛れもなく「命と命のコミュニケーション」であった。間違いなく同じに田植えをし、稲を見守って育てても、「今年は豊作、来年は凶作」となってしまっていた。その中で、自分では影響を及ぼせないプロセスとそれを働かせていると思われる"大きな力"に対して、「豊作をお願いします!」という祈りと、「(豊作で)ありがとうございます!来年もよろしくお願い致します」という感謝の気持ちは生まれたんじゃないかと思っている。また、ご飯を食べるときに「いただきます」、食べ終わったときに「御馳走様でした」という言葉が出ることも、「頂く」ということに対する感謝、「料理を作る際に走り回ってくださったこと」への感謝というのが根付いていたのだと思う。

しかし現代農法は、「安定供給・大量生産」のために農薬や化学肥料によって農作物を「コントロールする」。この改善によって、現代農法では毎年安定した量の作物を収穫するに至っており、今の僕たちの食生活を支えてくれるようになったが、この間に「命と命のコミュニケーション」のプロセスは消え、"大きな力"に対する祈りや感謝も消えてしまったんじゃないかと思う。


その中で、仏壇を「祈る場所」として認識した上で家に置いてあれば、「祈り」をする習慣が生まれる。ただ毎日祈ることを繰り返すだけでも、何かに対して「感謝」の気持ちが芽生えてくる。それでいいのだそうだ。

「別に仏壇でなくてもいいのです。家のどこかにでも、「祈りの場」があればそれでいい。今欠如してしまっている祈るという習慣。これが広がれば、日本社会に様々なものに対する「感謝の気持ち」が再び芽生えてくる。そうすれば、近頃起こっている怖い事件もなくなり、いい社会になるのではないかと思うのです。」と飯束さんは言う。


僕自身、「祈る」ということをしっかりと考えたことがなかった。僕は日頃から熱心に祈ったりはしない。でも、今回のインタビューを通して、自分が大きなつながりの中にいるんだということに、改めて気づいた。そのつながりを意識すると、先祖に「ありがとう」という気持ちも生まれてくるし、こうしてパソコンを開いていていられることに「電気を作ってくれてありがとう。このパソコン作ってくれた人ありがとう。」という気持ちにもなる。生活のあらゆる場面で僕が使うものを通して、「生かされてるんだな」と感じることができ、それにも「ありがとう」と思えるようになる。そう考えてみると、「祈る」というのは意識的なもので、非常に身近にある行為なのかなとも思えてきた。


正直分かったような、分かってないような。「コレが祈りだ!!!」と言えないからなんだろうけど。それでも、仏教徒でない僕にとっての「仏壇の必要性」が腑に落ちたことというのは、非常に良かったなと思います。




これはマザーテレサの言葉。僕はこの言葉が書いてあるカードをしおり代わりに使っている。

マザーテレサはクリスチャンである僕の母親が最も尊敬している人。そんなわけで家の中にはマザーの写真やら本やらがいたるところに置いてある。マリア様の像だとか絵だとかも。小さい頃からそんな環境だし、まあ普通にマザーテレサという人間には親しみを感じていた。ただ、そこまで深い関心があったわけではない。顔を見ると「あ、この人知ってる!」という程度だった。


少し前に、母とマザーテレサのドキュメンタリー映画を見に行った。僕はそこで彼女に対する考え方が変わった。彼女の活動や行動は、常に彼女の目標である「貧しい人を救う」ということに一貫していた。またそのための志の高さ・意志の強さ、そして行動力がすごかった。僕は、彼女はキリスト教の信仰者で、多くの貧しい人を助けてあげた人としか知らなかった。しかし彼女はただ流れに任せて寄付を集めて貧しい人を養っていたわけではない。お金を集めることには創意工夫を凝らす。孤児や病人を世話する施設を作る場所には、各国政府と話をして決して町はずれのような場所に移させないなど、人を助けることにおいてしっかり計画を持って取り組んでいた人であった。僕が強く印象に残っているのは、ある国(アルゼンチンだった気がする)の市場を作ろうと計画していた場所に、施設を作れと主張して作らせたシーン。「この場所に施設を作らないのなら、私たちはこの国での活動を止めます。」と言っていたのを覚えている。平和活動で世界中に名を知られているマザーが、その国でだけ活動を止めたなんてのが知れ渡ったら、どんな批判を浴びるか分からない。反対していた政府側も、「じゃあ作ります。」という流れで、その場所に施設を作ることを決めた。外交的圧力を非常にうまく使っていたのに強く感銘を受けた。(あそこで政府に「意地でも作りません」と言われたら、本当にその国から出てってしまったのかな?とかもふと思ったり。)

映画を通して強く感じたことは、マザーテレサという女性はまさにアントレプレナーだったということ。ただ神のご加護を持って貧しい人たちを助けていたのではなく、自分が何をどうすれば、より多くの人を仲間に巻き込み、そしてより多くの人を救えるかを考えていた。そして彼女は考えていたことを現実化させ、実に多くの人が彼女によって一時の幸せを得ることができた。


その中で、彼女と僕の違いは何かを考えてみる。いろいろ思い当たる節がありすぎるけど、やはり一番は「信仰とそれによる自分と向き合っている時間の長さ」だと思う。彼女は37歳の時、電車の中で「貧しい人を助ける活動をしなさい」という神のお告げを聞いたという。そこから彼女はインドを中心に世界各地の貧しい人を助ける活動を始めた。

ここだけ抜粋して見ると、「やっぱ宗教家はそういうお告げがあるのかー」だとか、「信仰があったから行動に移せたんだな」とか思えるけど、でも彼女は「37歳になるまで」自分の人生を懸命に生きて、「自分は何をなすべきか」を考えたのだと思う。これは、そこに向き合っていたプロセスから逃げなかったために、彼女は神のお告げを得られたのだとも言える。仏陀も全く同じで苦行で自分を追い込み、自問自答を繰り返し続けた果てに、悟りを開いたわけだし。


それ考えると、今学生という立場を利用していろいろなことに興味を持ち、首を突っ込んでいる僕であるが、常に「自分は何をなすべきか・何をなしたいのか」という問いに向き合っていたいと思う。そこから目をそらさずに向き合っていれば、必ず自分の中に答えが芽生えてくると思うし、またそれを模索する日々としての一日一日を、「懸命さと大きな愛」で過ごしていきたいと思う。


ちなみに、マザーを批判する意見もたくさんあります。 
マザーテレサ、スーパー物乞い

ざっとしか読んでいないし僕自身マザーがどんな人だったか全然詳しくないので、反対意見は否定しません。(というかできない(笑))ただ、人生を通して「他人を助ける」という目標を掲げ、それに貢献し、結果を出した人と、その人の人生のプロセスを批判している人。こういう構図で見てしまうと、なんか後者はひがんでるみたいで寂しいですよね。だったら批判されるほど注目の集める前者でいたいと思います。

今日から、また会津に行ってきます。



今日は高校の時の友達の、仕事辞め祝いをしました。労働基準法とか全然無視したすげー厳しい環境の中で、周りが「体壊すから辞めろ」という中で、自分が納得のいくまで続けてきた友人。今回いろいろな事情が重なって、今回辞めることを決意したのだが、これはいい決断だったと思います。現在3年で3割5分の退職者が出ているという話を近頃しているが、そいつに限って言えば会社側の責任も大きいと思う。そいつみたく優秀な人材が放出してしまうことに対しては、もっと危機感を持った方がいい気もするなあ。別にいいけど。

そんなのはともかくとして、久しぶりに飲みました。昨日あんま寝てなかったので、すぐに頭痛くなってしまいましたが。やはり付き合いの長い友人ていいですね。なんというか互いの役割分担が出来ている気がしていて、なんとなくの付き合い方で非常に気楽にいられるし、どんな悩みやグチでも互いに肯定的に支え合える。日頃はあまり出てこない僕の顔が出てきたような気がしました。(自分のチームの中では出ている顔だけど)


久しぶりにプリクラも撮ったりしてしまいました。プリクラ熱は一時期下火になったそうだが、今もたくさんの若者がパシャパシャと撮っていたり。もはや日本文化の象徴となっているのでしょうか。そういやゲーセンて観光客いないですよね。プリクラは日本文化の紹介のガイドとかにも載せてもいいのではないかと思いました。


だらだらとした関係だけど、大切にしていきたい。



この疑問は非常に面白いと思う。答えはイエスであって、イエスでない。(もちろん「一つの答えはないかもしれないし、誰にもわからない」ということを言ってしまえばそれまでの疑問ではあるが。)


デザイナーをやっている友人が、「デッサンは瞑想と同じだ」と言っていた。どういうことかと言うと、「眼は真実を映し出しているが、人の脳はそれを素直に認識せずに思い込みで認識する。だからデッサンを極めたければ無にならなければいけないから、瞑想と同じ」だということ。

絵を描く時に、対象物を逆さにするときれいに絵が描けるということを聞いたことがあるでしょうか。例えば素人が有名画家の絵を模写するときは、模写する絵を逆さにして描いていくときれいに描ける。これは、絵を普通において描いていくと、脳が勝手に「この顔の輪郭はこういう風に描いてあるな」と思い込んで見てしまうため、きれいな線が描けないのだそうです。それを逆さにして描くと、脳はその顔を輪郭として捉えないので、一つの線として描けるのだとか。全部を描いたあとに自分の絵を逆さにしてみると、きれいに描けている。これは描写が上手いとか下手なのではなく、「眼が映しているものを脳が勝手に判断するか判断しないか」の違いであると言えるそうです。


ここでは絵を描くことを例えにあげましたが、この「見る」ということが思い込みで映し出しているのは日常生活でも同じだと言えます。それを考えると、例えば自分が嫌いな人の顔は「嫌い」に見えたり、好きな子の顔は「特に可愛く」見えたり、また少しお金を持っている印象がある人は「成金で偉そう」に見えたりすることがあると思いませんか?だって、それらはすべて人間の脳の「思い込み」で判断しているのですから。


そう考えると、嫌いな人がいたら「こいつはオレが嫌いと思っているから、嫌いに映っているんだ」だとか、「この人は全然偉そうじゃない。僕の頭が勝手に判断しているんだ」だとかを思えば、より相手を見つめることができるようになると思うのです。

にしても、本当のところはどうか分かりませんよね。「眼はいろんな情報をキャッチできる」とかも言いますから、眼を通した印象は意外とその人の人間性を表すのかもしれませんし。


どっちにしろ、どうやら「眼」を持つ人間ってのは、ものは映していても、素直にものは見ていそうにないってこと。



先日、明治大学リバティホールで、ビッグイシュー日本版100号記念&5周年記念イベントが行われた。僕はホームレスサッカー・ワールドカップに関わっていることもあり、行ってきた。
ビッグイシュー日本公式HP


このイベントでは、「若者とビッグイシューの未来を考える」をテーマとして、一部では脳科学者の茂木健一郎氏が講演し、二部で精神科医の香山リカ氏と新聞記者の大津和夫氏が対談をした。

イベント全体を通しては、ビッグイシューが社会に対してどんな貢献をしているかから、今のホームレス事情や若いホームレスがなぜ生まれてくるのか、それが貧困の連鎖からもたらされているのであれば、それらをどうやって断てばいいのかといった話になった。

僕がこのイベントで強く印象に残ったことは、茂木さんの「偶有性」の話と、大津和夫さんの「海外の地方自治体による若者のソーシャル・インクルージョンの方法」の話。


茂木さんはよくテレビに出られる方なので、初めて見たのによく知っている顔だった。

彼は若いころにイギリスに留学しており、そこで日本のホームレスとイギリスのホームレスの違いや、一般人との付き合い方の違いに気づいて、日本のホームレスをなんとかしたいと思っていたそうだ。そんな中でビッグイシューが日本で始まり、多くのホームレスが利益を手にし、さらに一般人との交流を持つ機会も手にしたということで、嬉しく思っているそうだ。

おもしろかったのは、やはり科学者的な意見。茂木さんは「人生には偶有性が前提としてあり、自分が他の人でもあり得たことに気づくことよって、人に優しくなれる。」と話した。

偶有性とは、「他でもあり得たのに、たまたまそれになった」ということらしい。つまり人生の偶有性とは、「他の人生にもなり得たのに、結果としてこういう人生を歩み、現在こういう立場として生きている」ということになる。(人生の偶有性という言葉の使い方が正しいかどうかはわからないが。)茂木さんのお母さんは、1945年8月9日に小倉にいたらしい。お母さんが茂木さんによく言ったのは、「小倉が曇っていなかったら、(原爆が投下されたはずから)あなたはいなかったのよ」ということだったそうだ。つまり、小倉が曇っていたら茂木さんは存在していなかったかもしれないが、小倉は曇っていたので茂木さんは存在している。偶有性ですね。

この偶有性を思うと、ホームレスなど困った状況にいる人に優しくなれるそうだ。なぜなら、自分もその状況になっていてもおかしくないから。(もちろんこれからなる可能性もある。)相手の立場に「共感」していると言えるかもしれないが、僕の中では「相手と自分を同義にする」というイメージ。「相手が自分でもあり得たわけだから、相手は自分だ!」となるのが僕の中での「偶有性を思う」ということ。

その中で茂木さんは、そういったホームレスの人を支援する方法として、ビッグイシューを買えるというのは非常にありがたいと話した。その理由はしっかりビジネスとして成り立っているので、堂々と支援できるからだそうだ。昔は自分の持っている500円玉をホームレスにあげたいなと思った時、わざと靴ひもを結ぶふりをして置いてきたりしたんだとか。しかし今は、販売者から雑誌を買うことで、自分も本を得られるし、販売者にも利益をもたらすことができる。無理でない形で販売者を支援できることが、無理な形でホームレスを支援してきた茂木さんにとってとてもすごいことだと強調していた。


ちなみに、この偶有性の話は突っ込みの意見を受けていた。「「自分がホームレスになり得たかもしれない」を想像すれば、相手を自分のように支援するということだったが、それだけではその人の気持ちを本当に理解することはできないし、相手の立場に完全には立てないじゃないか。」といった意見だった。これはホームレスの人を、ホームレスの立場になって支援している方にとってはもっともな意見だと思うし、ここは僕としても悩ましいところ。

その中で茂木さんは、「確かに偶有性を思うだけでは相手の本当の気持ちを知ることはできないし、本当に相手の立場にはなれないですよね。」とした上で、「それでも、偶有性を思って相手を想像することは大切。また社会は突っ込みの意見の根底としてあった単一の考えではできていなく、もっと複雑なもので脆弱性を抱えたものだ」と言われた。

突っ込みの意見の根底としてあった単一の考えとは、「ホームレスの人を本気で思い、本気で支援しようとするのであれば、まず相手の立場に立ってから支援をすることが大切。それ以外は結局は上から見下ろしていて、本当に相手の立場に立てていない。それでは本気で支援はしていない。」とした考え方(だと僕は解釈しています)。これには、「そう言われてしまえばそうかもしれない」というところがありますよね。「でも、それではダメだし、社会は成り立っていかない。だから偶有性を思うことが大切」というのが茂木さんの意見。なぜなら、多くの人は、みんなビジネスの中で競争をしているから。

一般的な資本主義の社会があって、それぞれが生産をしていて、そこから社会に利益が生まれて消費されてそれがまた生産を生んで、、と循環をしている。しかしその中では、その循環からこぼれ落ちてしまう人がいる。そこが社会の脆弱性であり、それを補完する形でビッグイシューのような社会企業が生まれてきて、その人たちには救いの手を差し伸べ始める。だけどその中には、その人たちと同じ立場から手を差し伸べられる人もいれば(ビッグイシューに努めたり、ホームレスと一緒に生活しながら支援をしたりする人)、競争をしながら差し伸べる人もいるわけで(一般的な生活の中で少しずつ支援をする人)、逆に言うと全ての人が同じ立場から手を差し伸べては、誰が社会に利益をもたらしていくのか?という話になる。だから全ての人が同じ立場に立って支援の手を差し伸べるのではなくて、全ての人がそれぞれの立場から、「偶有性を思って」くらい弱くて強いような拘束力を持つの考え方をすることで、それぞれの形で支援できる。結果としてそれは一番現実的で効果を上げられる形になる。

またその中でビッグイシューのように「雑誌を買う」という簡単な支援行為と面白い記事という自分にしっかりとした利益がもたらされる形は、さらに気軽な偶有性を思った結果の行為として取組みやすいでしょう、ということ。


僕は大学に行けない人が多くいる中で、大学に通わせてもらっている。僕は多少なりともホームレスの支援に興味はあるが、でも自分の生活は切り捨てられないと思っている。だから、さっきの単一的な考え方は僕の中にもあるので、いつも悩まされている。その中で、自分の偶有性を思いながら、「僕もこうなったかもしれないし、こうなるかもしれないから、自分と思って支援しよう」という考え方は、僕の立場を肯定できもするし、かつ支援の意欲や理由を失わずにいられるので、非常にいいものだと捉えている。また、それが自分の限界かとも思うのです。


そんなところで、茂木さんの話は面白かった。


また、新聞記者の大津和夫氏は自身がイギリスで調査をしたときの自治体による若者支援の形を紹介していた。その形は、若者を社会に取り込んでしまおうというもの。まさに「ソーシャル・インクルージョン(Social Inclusion)」!でも、僕はまだ「Social Inclusion」の定義や内容を詳しくは知らないので、ここでは話されていたことだけを記しておく。

イギリスでは、学校にいる間から若者を社会に取り込んでいこうという活動をしているらしく、コネクション・サービスというのがあって、学校に来なくなった若者の家やたまり場に行って、彼らを積極的に社会に取り込んでいこうとするのだそうだ。この取り込む先は学校ではなくて、社会活動とかそういうことになるんだろうね?だって学校に戻すというのだったら日本の先生だってやっているし。

また、スウェーデンの自治体では、若者が「ロック・コンサートを開きたい!」といった内容にも、お金を出すのだそうだ。それはなぜか?という問いに対しては、「若者は立派な市民の一人であり、どこに彼らの社会への参画を拒否する理由があるのか?」と逆に聞かれるほどだそうだ。日本だと、「ロックなんかに我々の税金を出すなんて何事だ!!」とかになりそうですよね(笑)


上記二つの取り組みは一定の成果を出しているのだそうだ。この二つの共通点は、「有り余った若者の力を、いい方向に持っていかせる土壌を作っている、もしくはある程度出来上がっている」ということなのだろうか。


「日本の若者は元気がない」といったイメージで語られることがよくあるが、そんなことはない。夜遅くまで起きて外を歩いていられる元気だってあるし、性欲だって昔と変わらずあるし。夜の街で力を有り余らせている若者は非常に多いと思う。その力をどういう風な方向で発散させたら社会にいいかを考えて、道筋を作れれば、結構いい結果が出ると思うのだが。もちろん文化的にとか思想的な限界は出てくるだろうけれどもね。



葛藤

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心の中に、葛藤がある。


目の前のことに集中しようと努めているものの、その葛藤の占める心の割合が大きすぎる。結果、その葛藤による心の騒ぎで手が止まる。

この葛藤を通して思うことは、「悩みこそ人生を豊かにする」ということ。誰かの名言にありそうですが、これいい点を突いていると思う。だって、葛藤をしている心は、「イマ・ココ」にあって、何をしようにもその心に邪魔される僕の意識は、「イマ・ココ」の時間に縛られることになっているわけです。


人間の想像力は、時間も場所も飛び越えて、さまざまなところやモノに意識を旅させることができますね。また、ネットでつながった現代社会では、想像ではなく実際に自分(の意識)を旅させることができるようにもなりました。すなわちネットサーフィンや友達とのチャットやメール、オンラインゲームなどでしょうか。よく大学でネットの発達によって「体はココにあるけど、心がココにない」状態というのが日常化しており、それが問題だとか問題でないだとかいう論議を耳にしました。

しかし、心の葛藤があると、心はどこにも行かせてもらえずにココにつなぎとめられてしまう。「その葛藤に向かって意識が行っているじゃないか!」という反論がありそうですが、そういう感覚ではなく、何か胸が騒々しいのだけど、なぜ騒々しいのかがよくわからない感じ。結果、ただ手を止めて、ぼーっとしてしまうような。

これが誰かと共同作業をしているときには、その作業に心をおけてないことで「イマ・ココ」にいれているとはならないのかもしれないが、今この記事を一人打っている僕のような状況では、何かをやろうにも・考えようにも、何ともならない。ただ呆然として、心が騒いでいるのを時間が過ぎていくのと共に感じているだけような、そんな感覚でいます。


全然気持ちのいい状態ではないですが、何をしようにもはかどらないので、とりあえずは庭で鳴いてる鈴虫の声と心の葛藤している声に耳を傾けてみることにしました。


(しかし「聞いている」ことも動作ですよね。そうすると、これも一つ物事に取り組んでいることになりますよね。そうすると「何も手がつかない・・」というのはおかしいのか??)



風邪ひきました。鼻水が熱く、熱っぽいです。でも、そんな僕にも嬉しい出来事。

出ました自己ベスト!何って、成績です。今日は大学の成績発表の日でした。

今期は正直なところ、「気持ちの空回りと考え違い」が顕著に出た学期だったなと思っていました。「今はこの知識が必要!よし!この授業で手に入れよう!!」なんて考えです。やる気はわかりますが、安易ですよね。授業で知識なんて手に入るわけないじゃない。授業はきっかけをくれるだけで、それを手に入れるために踏み込んでいくかどうかは自分次第。それなのに授業によっかかって知識を手に入れようとすると、ホレ、ついていくのが面倒になる。「この授業、思っていたのと違って何も教えてくれない。」みたいに。結果、気持ちが萎える → 何も身に付かなくなる。

そうなった授業がいくつかあった中で、それでも取った自己ベスト!初めて最高評価が、一学期単位数の過半数を占めました。これは嬉しい!!でも僕は、この結果を二つの視点で捉える。


1、全体的に、学力低下?
2、自分の要点のまとめ方と、相手が意図するところの狙い撃ちスキルが上昇?


1、全体的に、学力低下?
うちの学校は、相対評価です。その中で、僕が今回最高評価をいただいた授業に、自分が明らかに考え違いで授業を選択し、気持ちと実際の授業が乖離する中でやる気を失い、授業を受けに行くよりも単位を取得しに行くようになった授業がありました。「とりあえず提出物とテストだけはやろう」といってやった授業でした。出来は自分ではまあまあだと思っていますが、授業で扱われていた内容と比較すると、自分の提出物の内容やテストの回答などには目も当てられない。それでも最高評価だった。これはつまり、「僕が良い出来」というわけではなく、「全体的に悪い出来で、押し出されるように僕のが良い水準だった」と考える方が自然なのではないか。

2、自分の要点のまとめ方と、相手が意図するところの狙い撃ちスキルが上昇?
一方で、自分の要点のまとめ方が成長してきたのかなという「うぬぼれ」もあります。この授業全体を通して、「要は何を伝えたかったのか」を考えられるようになってきた。それが分かってくるとそれを中心に他のことを関連付けて覚えられたり、「授業内容の理解度を図るテストとしては、この辺りを狙ってくるのではなかろうか」と考えられたりする。さすがに暗記の回答を求めるテストでは全部を覚えなくては対応できないが、意見を求める問題など書かせるものに関しては、対応でき始めてきているのではないか。


僕は1が非常に大きな要因としてあると思います。そう考えると、相対評価の限界も見えてきますね。比較した上での頂点が抱えているものが、あからさまに少ない場合は、比較した頂点に何の意味もないってことになるし。

なんか引っかかっていることがあるんです。これに関して何か言いたいことがありそうなんだが、言葉にできない。とにかく今は嬉しいので、良しとします。


でも風邪がつらい。早く寝よっと。




wataru.jpg
今日、アーティストの鉾山亘(ほこやま わたる)さんにインタビューをさせていただいた。
Wataru Hokoyama Web site

ワタルさんは、アメリカ在住のアーティストで主に映画音楽やコンサートで演奏されるクラシック音楽などを製作される。近年ではPS3専用ゲームソフト「アフリカ」で音楽の監修を担当した。その際には、ハリウッドのスタジオでオーケストラ総勢104名による演奏でBGMを収録するという前代未聞の挑戦を見事成功させた。

それが下記の動画。圧巻です。



いや、これはすごい。これがゲームソフトのBGMになるわけですか。スケール感が半端ではないですね。僕にはこのすごさは説明できない。圧巻の一言。

ワタルさんは他にも2001年のカンヌ国際映画祭で短編映画部門のグランプリを獲得した『Bean Cake(おはぎ)』や、2003年のサンダンス映画祭でオンライン・オーディエンス賞を獲得した『one』の音楽などを担当されている。まだ34歳というのがすごい。

ワタルさんは僕が参加している会津のプロジェクトのプロデューサーの方と幼馴染であり、今回はその関係でインタビューをさせていただくに至った。


ワタルさんの第一印象は、爽やかで本当に腰が低い人。宗像さんもそうだが、すごい方は本当に腰が低いのだなとつくづく感じる。「すごい人間すごくない人間」の判断軸には、やはり「謙虚さ」を入れるべきだ。

(後で聞いたところによると、ワタルさんはいつもおじいちゃんに、「自慢・高慢、バカのうち」と何度も何度も言われ続けたそうだ。「そりゃ友達の間では、たまに自慢はしますよ(笑) でも謙虚さは忘れない。それを忘れた時点で「バカ」なんですよ。」と、爽やかな笑顔で語ってくれた。)


ワタルさんは小学生の時から、音楽好きの両親の影響もあって音楽には触れていたそうだ。そんな折、ワタルさんが小学生の頃に「E.T.」という映画が、福島県郡山市の映画館にやってきた。会津出身のワタルさんは両親とその映画を見に行き、そこで映画音楽に興味を持つようになる。時は過ぎ、高校2年生の時に、たまたまテレビをつけたらやっていたオーケストラが演奏するE.T.のテーマ曲に頭を雷で貫かれた気持ちになり、「これがオレのやるべきことか。」と思い、主に映画音楽を担当する作曲家になることを決められたそう。


話が進んでいく中で、「今、ワタルさんが音で表現していること」についての質問になった。するとワタルさんは、「今の世界についてです。というか、今の世界はエネルギーがどんどん下がってきているのを感じる。特に東京ですよ。ここでは誰からも・どこからも「希望」を感じない。ここの土地は完全にエネルギーを失っている。」と言われた。


これを言われたときは、非常に驚いた。でも、なんとなく理解できる。日本は変わってきていますよね。気象とかは具体的だから分かりやすい。「ゲリラ豪雨」なんて素敵な名前の雨が最近よく降りますが、あれは「スコール」ですよね。また、なんと言っても雷がすごい。さらに、松食い虫のいたるところで大量発生をしており、木がどんどん死んでいるとも聞く。そういう以外にも、エネルギーというか元気さというか、そういうものは無くなってきているのではないか。自殺数年間3万人、引きこもり、親殺し、無差別殺人などなど。それは環境問題だとか社会問題だとかいうレベルの話ではなくて、なんとなく「今までの日本が持っていたもの、それによって守られていたもの」がなくなってきている気はする。

また、ワタルさんの地元の福島県会津若松でも、土地のエネルギーが弱まっているのを感じるそうだ。よく遊びに行ったり作曲しに行ったりした場所でも、エネルギーを感じず、インスピレーションが降りてこない。「自分が感覚で受取り、音にしていたものが、いなくなってしまったイメージ」だという。


その中でワタルさんは、「その事態に目を向け、「自分なりにできること」なんていう意識ではなくて、「自分ができる限りこと」に取り組んでいく必要があるのではないか」と言われた。


確かになあと思います。僕が捉えるニュアンスとしては、「自分なりにできること」だと、テレビがよく騒いでいるようにゴミを分別したり、ビニール袋を断ったりと、いわゆる受け身な形でしか物事に取り組まない。しかし、「自分ができる限りのこと」に取り組もうとすると、自分が何をすべきかを考えなければいけないし、自分のやっている仕事や活動を通して、どんなところで貢献できるかも模索するようになる。この違いは非常に大きい。


話の終わりにワタルさんは、「そういった社会が目の前にあって、僕はこれからもっと悪い方向へ進んでいくと感じている。僕は専門外だから、「社会がなんでこういう方向に進んでいってしまっているか。それにどう対処すればいいのか」というのは説明できないけど、僕の音楽を通じて、「なんか今の社会っておかしいよね。なんとかしなくちゃね」という風に、動き始めるきっかけになってくれたらうれしい。」と話してくれた。ワタルさんは、ワタルさんの「できる限り」に取り組むつもりだと感じた。僕の「できる限り」はなんだろう??


ちなみにワタルさんへのインタビュー記事は別のアウトプットで出す予定。そこではワタルさんが作曲家になられた背景を中心に音楽というものやインスピレーションの受け方・発信の仕方についても話をしています。今回は一部を切り取って書きました。インタビューについては別記事で報告しようと思います。



昨日は日経就職ナビサマーカレッジ「自己分析プログラム」に行ってきた。(受講生ではなくサポーターとして参加した。)前に「仕事発見プログラム」に行ってきたが、それの姉妹版みたいなもの。(「仕事発見プログラム」のとき感じたことについては、以前の記事「自分の価値観を、のぞき見る」に書きました。)


この自己分析プログラムは、面談という場をイメージしながら「自分のことを、どれだけ相手に伝えられるか。」を考えてみるというもの。実際に話をしてみながら、それを分析していき、よりよく伝えるにはどうすればいいかを考えてみる。

最初にいきなり自己PRをお願いする。そうすると、大体が自分の実績や性格から自分を説明しようとする。しかし、そこから「私はこういう人間です」と話しても、5人も6人もが順々に話してしまっては、なかなか相手の印象が自分の中に残るものではない。それはなぜか?一つの答えとしては、「相手に興味・共感を持てないから。」だと思う。

相手を知らない中で、「私はこういう人間です」と説明されても、なかなかそれを理解することは難しい。長い時間をかけて付き合っていくのであればそれはそれでいいのかもしれないが、面談という短い時間で相手に強い印象を与えたいのであれば、相手に自分の強い印象を与えて、自分を理解させようとしなくてはならない。そのためには、「相手の経験と自分の経験が結びつく言葉で話し、相手を自分に共感させる」。これが今回のプログラムの骨子だった。


ではこの「相手の経験と自分の経験が結びつく言葉で話し、相手を自分に共感させる」というのは、どういうことで達成できるか。ここでは、「過去体験から、自分がどのような価値観を得て、今に至っているか」ということを説明できれば、相手と自分を結びつけられるとした。

どういうことかというと、「僕はこういう人間です」と話すよりも、「僕は昔、○○という経験をして、その時にこういった価値観を得ました。その経験を通して、僕はこういう価値観を大事にしている人間になりました。」と話したほうが、相手の自分に対する理解が深まるということ。前者も後者も、「自分はこうい う人間です」と話していることに変わりはないが、後者は「こういう価値観を持っているから、こういう人間です」と説明している。まずこれだけで、前者よりも相手の自分に対する理解が深まる。さらには、「こういう体験を経て、こういう価値観を持つに至った」と説明している。これを説明すれば、相手は「この人 はこういう体験をしてきた人なんだな」という理解もできるし、また相手が「自身の体験からその人の体験を聞き、その人を知れる。」ということにつながる。 これが非常に大切。

例えば、「自分は25m泳ぐことができなかった。しかし、そこで先生から「人には長所も短所もあるもの。」と言われた。それから私は自分の長所・短所を見分けられるようになるととも、例え最初に他人の悪い面を見たとしても、その人のいい面を探せる人になった。」と言ったとする。そうすると、それを伝えられた僕は、自分の短所を露呈した経験を思い返しながら、その先生が言ってくれたアドバイスを自分へのメッセージとして 置き換えて、かつその人が「そういう風に成長した人なんだな」と思いながら、その人を認識できるようになる。僕は25mを泳ぐことはできます。ただ、懸垂を何回もすることができないので、留学していた時、体力測定で友人らに冷やかされた経験があります。僕はこの話の「短所」という言葉では、それをイメージします。その中で先生の「長所・短所がある」という言葉を受けて、「そうだそうだ。僕は腕立て伏せなら友人らよりも出来たんだ。」と思いました。(体力測定における)僕の長所は「腕立て伏せ」で、短所は「懸垂」だったわけです。その上で、「私は相手のいい面・悪い面を見れる人だ」と言われると、「なるほど。そういう経験を経てるから、この人はいい面・悪い面を見られる人なんだな」と理解でき、相手の印象が自分の中に強く残る。

さらに、ここでその時どんな感情だったかや、それを受けた前と後の自分の変化なども一緒に話すとより深く広範にわたって自分を説明できるようになる。


また、話をする中では、「数字」「ストーリー」「立ち振る舞い」「意外性」というものを含めると、より話が相手に伝わりやすくなる。特に数字なんて、世代や価値観を超えて共通認識を持てる言葉ですからね。これを含めると含めないとでは、相手に間違った印象を与える与えないの話までになる。


プログラム全般を通すと、1日に3回も自分のPRをすることになる。その中で、自分の価値観を掘り起こし、それを身につけた経験を思い出して、より相手にわかりやすくストーリーや数字を含めて、話をしてみる、というのを繰り返す。すると、結構相手にわかりやすく話せるようになるんですね。もちろんこれが最善の方法で、自分の全てを説明できるようになるとかそういうことではないわけだけれど、でも間違いなく相手に強い印象を残す話し方ではあると思う。


これから話をする時に、少し大事にしてみようかな。



新宿にある平和祈念展示資料館に行ってきた。東京近郊に住んでいる人は水木しげるさんの書かれたポスターの絵を知っていると思う。僕も電車でよく目にするポスターだったので気にはなっていたのだが、行けてはいなかった。今日、友人が誘ってくれたので行ってみた。


資料館全体を通して、戦争が始まった導入から戦中の被害、そして終戦後には強制抑留でシベリアまで連れて行かれた人たちの悲惨な日々が、まさに刻みつけてあった。

最初に記されていたのは、この戦いはかつ見込みのなかった戦いであったということ。日本の10倍以上の生産力を誇るアメリカ。対抗するためには天然資源の獲得が必要。そのためには、いずれは補給が困難になることが分かる地域でも部隊を派遣する。その後ミッドウェーの海戦での敗北で守りの要所を失うと、ゲリラ戦、特攻隊など作戦が移行していき、事態が泥沼化していく。

印象に残っているのは、出発前の特攻隊の記録を取っていた人が「涙があふれてシャッターを押せなかった」と言っていたこと。死にに行く仲間の記録を取るなんてのは、どれだけ辛いことだったろうか。

また、自分を射殺してもらうという集団自決を図り、親は銃弾を受けて死んだものの自分は死にきれず、それから孤児として生き残ったという人の話もあった。今でも親の顎に銃弾が当たった音を覚えているそうだ。

さらに、強制抑留でシベリアに連れて行かれた人の過酷な労働と厳しい寒さ、そして飢えに耐えながら、日本に帰ることを切望していたことが書かれていたことも強く印象に残っている。

シベリアでは、マイナス30~40度の中を「これでやったの!?」というくらいの薄い上着だけで働かされていた。また収容所での食事は、一日350gのパンと少量のスープ。朝起きると隣で親友が冷たく硬くなっていたという状況が、よく見られたそうだ。


戦争の解釈には様々な立場と見方があるが、この事実があったということに立場や見方は関係ない。戦争を大局で語ると色々言えるのかもしれないが、実際にそこにあったのは「悲惨な状況」だけだった。

今、ロシアとアメリカが口喧嘩を始めていますね。中学の頃、好きだった社会の先生に「戦争は必ず繰り返す。もしかしたら、お前たちが生きている最中に戦争が起こるかもしれないよ。」と言っていたのを思い出した。

今回僕が一番強く感じたことは、「僕は、戦争体験をしたくない」ということ。これだけは、絶対に嫌です。そう思うから、それを避けるために自分ができることを考え、行動したいと思った。


一方資料館に対して思うことは、独立行政法人を立てて税金で資料館を運営するのであれば、もっと人に気づかせる場所に移すなりしてほしい。新宿の行きにくいところにある、しかも48階の資料館だなんて行こうと思わないと行けない。あれだけ色々な電車で広告を目にするのだから、お金をかけているのだろう。だったらそのお金で表参道沿いにとかに資料館を作って、フラリと人が入ってこれるようにしてほしい。それでこそ「多くの人に戦争の悲惨さを伝える」という目的を果たせると思うんですよ。



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今日は、陶芸家宗像利浩さんの個展を、日本橋三越本店に見に行った。

宗像利浩さんは、享保四年(1718年)から続く宗像窯の八代目当主であり、僕が会津でインタビューをさせていただいた人。宗像さんは1997年の日本陶芸展で自身の名を含めた作品「利鉢」で準大賞を受賞し、その後2003年の同展覧会では文部科学大臣賞を受賞した。また、宗像窯伝来のにしん鉢は、六代目豊意氏の時にベルギーで行われた万国博覧会で最高賞のグランプリを受賞し、今でも国内国外からの注目を浴びている。宗像窯への秩父宮妃殿下の来訪もあったらしい。(ちなみに、宗像窯のにしん鉢は先日銀座の松屋銀座で行われていた「DESIGN BUSSAN NIPPON展」でも福島の物産としても出品されていた。)


その宗像さんは、本当に腰が低く、言葉を選んで話をしてくれる人。会津でインタビューをした際も、陶芸について何も知らない僕たちが発する初歩的な質問に対して、一つ一つ丁寧に答えてくださった。(インタビューについても、いずれまとめます。)

宗像さんが陶器の作り手として追い求められていることは、「用の美」だという。つまり「美」は作品としての茶碗や壷にあるのではなく、使われる過程の中に「美」があるということ。使われる中で茶碗が視覚・触覚に存在感を放ち、それが食事と一体となって食事を美味しくさせるところに、「美」あるというのだ。宗像さんは、「自分にとって出来がいいとか悪いとかはあるけれど、使われる方が自分にとって一番いい茶碗を選んで、それを大切に使われれば、次に自分が見た時に「いいと思うもの」と「悪いと思うもの」が逆になっていることがある。」と言う。それくらい使われる中で陶器(ここでは茶碗)が変化していくのだそうだ。


今日改めて宗像さんの作品を見させていただいて、やはり「本物」という存在感があった。特に触ると違いが分かる。肌ざわりはもちろん、手にのせた時の重さや重心に一つ一つ個性があって、自分に合うやつを見つけると、持っていて本当に「気持ちいい」。さらに上薬のかかりかたなどでいろいろな表情をしていて、「これにご飯よそったらどんなになるんだ?」と想像すると、それぞれ違ったイメージと美味しさが浮かぶ。

ちょっと余談だけど、「本物」ってその人の感覚に今までになかった感覚を植え付けるもののような気がします。評論家じゃないからうまく説明はできないけれど、「本物」は、作品にある色や形が持つ「きれいだなあ」という感覚に、さらに深い意味を付け加える。その意味は言葉ではうまく言い表せないから「きれいだなあ」しか言えないのだけれど、でも自分の「きれい」の意味の中に今までに感じられていなかった感覚や感情が残る。「ああ、こういうきれいさがあるのか」みたいな感じ。
さらに作品かはその作り手の想いだとか熱意、緊張感といったものが染み出しており、それにまたドキドキさせられる。もし自分でそういう力を持つものに出会ったならば、それは「本物」と呼んでもいいような気がしました。分かりにくくてすみません。

今日が初日だったのに、ウン十万の茶碗や鉢のほとんどに買い手が付いていた。一つ「これ欲しい!!!」と思った茶碗もあったが、自分が欲しいカメラが3つくらい買える値段なので、とりあえず触りまくって持ちまくって、感覚だけでも持ち帰ってきた。


個展の中で、宗像さんが時間を作ってくださったので、また少しお話をさせていただくことができた。今回のお話の中で非常に印象的であったのが、「自分を追い込む環境にいられるならば、それを幸せに思え。」ということ。

宗像さんは「自分の理想とするまであと少しだと分かっているんだけれど、その少しが遠い」という経験を幾度もされてきたそうだ。その間は苦しくて、もう無理じゃないかと何度も思われたそう。また話されてはいなかったが、そこには宗像窯八代目としてのプレッシャーや責任が重くのしかかっていたことは容易に想像できる。しかし、そういう時宗像さんは「これはチャンス。自分自身に革命を起こせる大きなチャンスである。」と考えるそうだ。


「人は自分の最大限の力は出せないもの。その力というのは、ギリギリまで追い込まれなければ出てこない。ということは、そういう苦しい時は自分の最大限の力を引き出すチャンスになる。その苦しい時を越えられたなら、その時は自分が今まで届かなかったものに届いているはず。」


やはり幾度とそれを体現されている方の言葉には、説得力がある。自分はどうなのかと振り返ると、お恥ずかしい限り。まだまだ自分を追い込めていない。都合のいい言い訳を探して、自分を正当化ばかりしている。


さらに、100キロマラソンと50キロマラソンをした人の例をあげられた。あるグループが100キロマラソンをしたのだが、ゴール直前に苦しくなり、ゴール出来なかった。とりあえず最初は50キロマラソンから始めようということで同じグループで50キロマラソンに挑戦したのだが、結局50キロマラソンでもゴール直前は苦しかった。

宗像さんは、掲げる目標は常に、「妥当な目標のはるか上」に設定しているそうだ。これもマラソンの例えと一緒で、「どうせやるなら高い位置にしておいた方がパフォーマンスは高くなるし、大変なのはどちらも一緒だから。」という理由だそう。昔、「100点を取りにいかないと、80点は取れない」という名言があったけど、やはり目標を高くし、そこまで行ってやろうとする中で、いいパフォーマンスが生まれてくるということだろうか。


個展で触れた「本物」に感動しきっていた僕だが、それを生み出している人は「追い込む」という言葉を大切にされていた。この「追い込み」→「不安・苦しみ」→「自分革命」→「追い込み」→・・・・というサイクルが、「本物」を生み出しているのだなー。そうすると、自分にもこの「追い込み」次第では、まだまだ隠された力を表出化できるということになる。これはまたワクワクしてくる。




お知り合いの旦那さんが、「ヘコみ」を共有するサイトを開設されたそうです。

リグレト - みんなで「ヘコむ」を楽しもう!


いわゆる、愚痴を言い合う場ですね。このサイトの面白いところが、フォントがだらだらしているので、なんかだらだらと言いたくなるこの感覚!!!真剣に悩みや愚痴を書いていても、どこかだらだらしてしまうとこが面白く感じます。フォントの力はすごい。また、「一言、言ってもいいですか」というスタンスで、非常に投稿がしやすい。登録しなくても書けるから、何か一言言ってやろうかなってなるし。

また、ふとした一言「プロジェクトが終わらない」ということに対して、「オレもだ!!」「一緒に頑張ろうぜ!!」といった気軽な一言アドバイスがガンガン流れているのが、素敵でした。(あと、少しFlashにかじっている部分があるので、作るの大変そうだなーと思ってみたり。)


何か一言でも、「言ってやりたい!!!」ってことありますよね。それをポンと表したときに、誰かから共感をもらえると、すごく嬉しくなります。また誰かの愚痴にアドバイスをしたとき、「ありがとう」って言ってもらえたら、これまた嬉しくなる。

確かに、「ヘコむ」を楽しめるかもね。



今日大学に行こうとして、最寄り駅を降りてバス停に向かって歩いていた(夏休み中はあまり多く大学には行かないので、駐輪場代を浮かすために自転車は別のところに置いており、バスで行くこと多し。)。バス停にはバスが止まっており、僕の前の人がそれに乗ろうと走り出した。僕も彼に続いて小走りになる。前から同い年くらいの茶髪の二人組が向かって歩いてきて、その隣におじいちゃんがヨロヨロと歩いていたら、そのまま茶髪二人組に話しかけた。何気なく見ると、おじいちゃんの顔から大量の血が流れている。

びっくりした。たぶん二人組もびっくりしただろう。とりあえず僕も駆け寄った。おじいちゃんはパニックになっているのか、何かをつぶやいているが何を言っているのかわからない。ふらふらしてそのまま座り込んだ。

二人組が、

「これヤバいですよね。ちょっと、救急車呼んできます。」

といって、近くのお店に駆けて行った。僕は道の真ん中で座り込んでいるおじいちゃんを、とりあえず日陰に連れて行った。どうやら前のめりに転んでしまったらしい。血も大量に出ているが、皮がめくれて出ている感じ。おじいちゃんもちょっと動揺はしているものの、大きな問題だということではなさそう。

救急車が来て、二人組と彼らが連れてきたお店の人と一緒に、どんな状況だったかを聞かれた。話をして、そのまま「では、ごきげんよう」といった流れで別れた。


おじいちゃんには失礼だが、こういった出来事に関わった場合には、見知らぬ人とでも強い団結力を発揮するものだなと感じた。茶髪二人組の行動は非常にテキパキして、おじいちゃんが血を流しているのを見てから救急車が来るまでは、ほんの5分やそこらだった。

その中でふと思ったことだが、これが外国人だった場合はどうなのだろう。英語で助けを求められたら?どこかが痛いと言っているのに、理解ができなかったりしたらどうなのだろう。英語はともかく、中国語とかロシア語とかだったらまあ大変。近頃は田舎町である大学周辺にも、ちらほらと外国人を見掛けるようになった。そういったことも起こり得るだろうな。もしそうなったら、日本のコミュニティの温かさと安心できるというところを見せてあげたい。



hannya.jpg
友人が「これ、般若心経を限りなく分かりやすくした本だわ!」と言って見せてくれた。

母がクリスチャンであり、僕もキリスト教の考え方が強い人間であるのだが、読んでみると、本当に分かりやすく、しかも面白い。まえがきに書いてあるが、般若心経「思い切って」現代語にしたのだとか。意訳も意訳、「超」訳だそうだ(笑) しかし、それによって般若心経がすごく身近になり、仏教の知恵を僕に届けてくれた。

僕の心に残ったものをいくつか。


不生不滅(ふしょうふめつ)
人は不安を抱える。しかし、その不安とはどこにあるのだろうか?心の中にある?でも、そのどこにあるのか?どこにも見当たらないでしょう。探してどこにも見当たらない不安など、もともと存在しないということ。「ないもの」に怯えていても、しょうがないということ。

これに関して、前にイギリスの有名な医者の、「明日の自分に鉄のカーテンを引き、昨日の自分に鉄の扉をしなさい」という言葉を読んだことがある。彼が言っているのは、「一日の区切りで生きなさい」ということだった。つまり明日も昨日も想像でしかなく、自分が認識できる「自分という存在とその人生」は、イマ・ココにしかない、「ならば今を生きなさい、さらに自分を一日一日に区切ってその日の自分を懸命に生きなさい。」ということが彼の教えなのです。「昨日の失敗は昨日の自分の失敗であり、今の自分とは関係ない。明日の自分の心配は、明日の自分が考える。今の自分とは関係ない。」そう考えられるかどうかです。これは結構大切な気がしています。もちろん失敗を反省し、次に生かさなければ成長なんてないのは百も承知でしょう。計画的な準備も必要なのは当たり前。しかし、「心配」だとか「おびえ」だとかいうものについては、「今の自分には関係のないこと」と考えられれば、それだけで心に余裕ができる。その余裕を作り出せる考え方ならば、それは素敵な考え方だと言わざるを得ないし、それは採用していきたい(笑)


色々あったけれども、もう一つ。これも非常に共感できる知恵。


「死は不幸ではないと信じたい。なぜなら死は誰にでも訪れる。人は死に向かって生きている。死が不幸であるならば、人は不幸に向かって生きていることになる。それじゃあ、おかしいだろう。」



今、この「パズルランドのアリス」という本にはまっている。論理パズルの本。

中学時代に、先生から面白いと言われたので買ってみたが、良く分からなかったので放置されていた本。今読んでみると、とても面白い。

著者のレイモンド・スマリヤンという人は、様々な童話や物語をベースに、パズルの話を作るらしく、この「パズルランドのアリス」でも、不思議の国のアリスに出てくるキャラクターが、ルイス・キャロルの世界観の中の性格を保ちながら、論理的な問いかけをしてきたり、算数的な問いかけをしてきたり、なんやりと(最後まで読んでないので分からないが)、読んでいるだけでも楽しくて、かつ問いかけの一つ一つが非常に考えさせるものになっている。

読み終わったら、どんなものだったかを書きます。今は、面白い最中。



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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