戦争に目をやり、僕には何ができるか。

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新宿にある平和祈念展示資料館に行ってきた。東京近郊に住んでいる人は水木しげるさんの書かれたポスターの絵を知っていると思う。僕も電車でよく目にするポスターだったので気にはなっていたのだが、行けてはいなかった。今日、友人が誘ってくれたので行ってみた。


資料館全体を通して、戦争が始まった導入から戦中の被害、そして終戦後には強制抑留でシベリアまで連れて行かれた人たちの悲惨な日々が、まさに刻みつけてあった。

最初に記されていたのは、この戦いはかつ見込みのなかった戦いであったということ。日本の10倍以上の生産力を誇るアメリカ。対抗するためには天然資源の獲得が必要。そのためには、いずれは補給が困難になることが分かる地域でも部隊を派遣する。その後ミッドウェーの海戦での敗北で守りの要所を失うと、ゲリラ戦、特攻隊など作戦が移行していき、事態が泥沼化していく。

印象に残っているのは、出発前の特攻隊の記録を取っていた人が「涙があふれてシャッターを押せなかった」と言っていたこと。死にに行く仲間の記録を取るなんてのは、どれだけ辛いことだったろうか。

また、自分を射殺してもらうという集団自決を図り、親は銃弾を受けて死んだものの自分は死にきれず、それから孤児として生き残ったという人の話もあった。今でも親の顎に銃弾が当たった音を覚えているそうだ。

さらに、強制抑留でシベリアに連れて行かれた人の過酷な労働と厳しい寒さ、そして飢えに耐えながら、日本に帰ることを切望していたことが書かれていたことも強く印象に残っている。

シベリアでは、マイナス30~40度の中を「これでやったの!?」というくらいの薄い上着だけで働かされていた。また収容所での食事は、一日350gのパンと少量のスープ。朝起きると隣で親友が冷たく硬くなっていたという状況が、よく見られたそうだ。


戦争の解釈には様々な立場と見方があるが、この事実があったということに立場や見方は関係ない。戦争を大局で語ると色々言えるのかもしれないが、実際にそこにあったのは「悲惨な状況」だけだった。

今、ロシアとアメリカが口喧嘩を始めていますね。中学の頃、好きだった社会の先生に「戦争は必ず繰り返す。もしかしたら、お前たちが生きている最中に戦争が起こるかもしれないよ。」と言っていたのを思い出した。

今回僕が一番強く感じたことは、「僕は、戦争体験をしたくない」ということ。これだけは、絶対に嫌です。そう思うから、それを避けるために自分ができることを考え、行動したいと思った。


一方資料館に対して思うことは、独立行政法人を立てて税金で資料館を運営するのであれば、もっと人に気づかせる場所に移すなりしてほしい。新宿の行きにくいところにある、しかも48階の資料館だなんて行こうと思わないと行けない。あれだけ色々な電車で広告を目にするのだから、お金をかけているのだろう。だったらそのお金で表参道沿いにとかに資料館を作って、フラリと人が入ってこれるようにしてほしい。それでこそ「多くの人に戦争の悲惨さを伝える」という目的を果たせると思うんですよ。



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プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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このページは、kenjiが2008年9月 4日 01:05に書いたブログ記事です。

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