2008年12月アーカイブ
昨日、高校の友達20人弱くらいで忘年会をした。とても楽しかった。
人ってどんどん成長していくものなので、中学・高校・大学と、その時々の自分の成熟度によって作るコミュニティとか人間関係というのは変わってくると思うんです。だから自然と、中学・高校・大学では、「ノリ」が違ってくる。
また、その時の友達と会うと、当時の自分が戻ってくる(内面から浮き上がってくる?)感じがする。別にその自分を押し殺しているわけではないんだけど、勝手に自分が成長しちゃってるので忘れてしまっているのかもしれない。でも、その時々に自分がいたコミュニティの環境に囲まれると、その時の自分が戻ってくる。高校時代の友達との人間関係の中では、高校の時のノリの自分が表面化してくるので、大学生の自分の普通とは少し違ってくるわけです。普段とは別の楽しみがそこにあり、非常に楽しみました。友達っていいなって思いました。
当時の自分を振り返り、留学を経て大学に入って、今に至る。僕は現在社会起業だとかに興味を持つようになったけど、その「社会」って何を指すんだ?と考えたとき、やっぱりこうした友達だとか自分の周りを指していたい。その延長線、つまり「友達の友達」とか、「知人の知人」といったつながりで存在してくるものが、大きな意味での社会になるのだと思う。「社会のため」「他人のため」という言葉はマクロなものに見てしまいがちだけど、ただ友達との関係を自分が大切にしていきたいと思った時に、自分だけでなく他人のためも含めた生き方・働き方というものが、自分の選択するべきものになってきて、それが「社会起業」とか呼ばれるものになってくるのかなと思います。
今、ピーターセンゲが書いている『出現する未来』という本を読んでいる。内容は「物事を分断して考える既存の考え方から脱却して、『自分と他人』『自分と世界』を融合させて考えられるようになろう」みたいな感じなんだけど(まとめられるほど理解していないんです。。。)、ここでセンゲが言う『自分と他人を融合させた考え』というのが、まさに昨日感じたことなのかなと思いました。つまり、自分が大切だと思うもの(友達)があって、それを大切にしたいと思うと色々なこと(友達が大切だと思う事とか、コミュニティ環境のように、自分には直接関係なさそうな要因)を大切にしなければいけない。でもそれらを大切にすることは、結局は自分のためである、みたいに。これは簡単に言うと「みんなのため」ということになるんだろうけど、それをわざわざ自分との対比における「みんな」としないで、全てのものを融合させて考えようというのが、センゲの言いたいことなのかなあと思ったりしました。まとまりがなくてすみません。
→『出現する未来』/ピーターセンゲ、C・オットー・シャーマー、ジョセフ・ジャウォースキー、ベティー・スー・フラワーズ著 野中郁次郎監訳 高遠裕子訳/講談社BIZ
今回の忘年会は、女性人が突っ走ってくれて盛り上げてくれたので、「次は僕が」という気持ちに溢れています。負けらんない。
またやりたいな。
人ってどんどん成長していくものなので、中学・高校・大学と、その時々の自分の成熟度によって作るコミュニティとか人間関係というのは変わってくると思うんです。だから自然と、中学・高校・大学では、「ノリ」が違ってくる。
また、その時の友達と会うと、当時の自分が戻ってくる(内面から浮き上がってくる?)感じがする。別にその自分を押し殺しているわけではないんだけど、勝手に自分が成長しちゃってるので忘れてしまっているのかもしれない。でも、その時々に自分がいたコミュニティの環境に囲まれると、その時の自分が戻ってくる。高校時代の友達との人間関係の中では、高校の時のノリの自分が表面化してくるので、大学生の自分の普通とは少し違ってくるわけです。普段とは別の楽しみがそこにあり、非常に楽しみました。友達っていいなって思いました。
当時の自分を振り返り、留学を経て大学に入って、今に至る。僕は現在社会起業だとかに興味を持つようになったけど、その「社会」って何を指すんだ?と考えたとき、やっぱりこうした友達だとか自分の周りを指していたい。その延長線、つまり「友達の友達」とか、「知人の知人」といったつながりで存在してくるものが、大きな意味での社会になるのだと思う。「社会のため」「他人のため」という言葉はマクロなものに見てしまいがちだけど、ただ友達との関係を自分が大切にしていきたいと思った時に、自分だけでなく他人のためも含めた生き方・働き方というものが、自分の選択するべきものになってきて、それが「社会起業」とか呼ばれるものになってくるのかなと思います。
今、ピーターセンゲが書いている『出現する未来』という本を読んでいる。内容は「物事を分断して考える既存の考え方から脱却して、『自分と他人』『自分と世界』を融合させて考えられるようになろう」みたいな感じなんだけど(まとめられるほど理解していないんです。。。)、ここでセンゲが言う『自分と他人を融合させた考え』というのが、まさに昨日感じたことなのかなと思いました。つまり、自分が大切だと思うもの(友達)があって、それを大切にしたいと思うと色々なこと(友達が大切だと思う事とか、コミュニティ環境のように、自分には直接関係なさそうな要因)を大切にしなければいけない。でもそれらを大切にすることは、結局は自分のためである、みたいに。これは簡単に言うと「みんなのため」ということになるんだろうけど、それをわざわざ自分との対比における「みんな」としないで、全てのものを融合させて考えようというのが、センゲの言いたいことなのかなあと思ったりしました。まとまりがなくてすみません。
→『出現する未来』/ピーターセンゲ、C・オットー・シャーマー、ジョセフ・ジャウォースキー、ベティー・スー・フラワーズ著 野中郁次郎監訳 高遠裕子訳/講談社BIZ
今回の忘年会は、女性人が突っ走ってくれて盛り上げてくれたので、「次は僕が」という気持ちに溢れています。負けらんない。
またやりたいな。
という事件がありました。
バイト先でエレベーターに乗り、ちょうど閉めるボタンを押した時に、向こうから「すみませ~~ん」と走ってくる人がいた。扉を開けてエレベーターに乗せた。
「ありがとうございます!」ずいぶん急いでいるようだ。たぶん名前を覚えてこいとか言われたんだろう。「タナカモモコ」とずっとくちづさんでいた。
女の人「
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
・
・
・
」
エレベーターに乗ってるのは2人。僕らがエレベーターに乗ったのは地下1階。上がると言っても、その人は1階を押したので、1分くらいで着く。別にそんな変わった名前でもないし、「そんなに口ずさまなくても覚えられるんじゃないかな」と思っていた。
すると、事件が起きた。
女の人「
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
さくらももこ
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
・
・
」
・・・は?
動揺を隠せませんでした。さくらももこっていったら「ちびまるこ」の人ですよね。
「タナカモモコ」の中になぜか、たった一度だけ、でも確実に「さくらももこ」が入っていた。エレベーターの中には2人だけ。
ビックリした。噴き出してしまいそうなのを、なんとか堪えた。
エレベーターが一階につき、ドアが開くと彼女は「ありがとうございます!」と言って駆け出して行った。
あれはなんだったのだろうか。
僕にツッコミを入れろというのか?
バイト先でエレベーターに乗り、ちょうど閉めるボタンを押した時に、向こうから「すみませ~~ん」と走ってくる人がいた。扉を開けてエレベーターに乗せた。
「ありがとうございます!」ずいぶん急いでいるようだ。たぶん名前を覚えてこいとか言われたんだろう。「タナカモモコ」とずっとくちづさんでいた。
女の人「
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
・
・
・
」
エレベーターに乗ってるのは2人。僕らがエレベーターに乗ったのは地下1階。上がると言っても、その人は1階を押したので、1分くらいで着く。別にそんな変わった名前でもないし、「そんなに口ずさまなくても覚えられるんじゃないかな」と思っていた。
すると、事件が起きた。
女の人「
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
さくらももこ
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
タナカモモコ
・
・
」
・・・は?
動揺を隠せませんでした。さくらももこっていったら「ちびまるこ」の人ですよね。
「タナカモモコ」の中になぜか、たった一度だけ、でも確実に「さくらももこ」が入っていた。エレベーターの中には2人だけ。
ビックリした。噴き出してしまいそうなのを、なんとか堪えた。
エレベーターが一階につき、ドアが開くと彼女は「ありがとうございます!」と言って駆け出して行った。
あれはなんだったのだろうか。
僕にツッコミを入れろというのか?
年の瀬ですね。早いもので2008年も終わります。
ふと部屋を見渡すと、自分の製作物が転がっている。目に見える形で物事を終われるというのは、非常にいい気分。
年末だからというわけでもないけれど、ふと今の自分を考えてみると、少し我がままになってきたかと思う。むしろ、我がままに「なれてきた」というべきか。
相手に合わせるのではなく、まず自分がどう思うかを率直に表現する。今振り返ると、僕は今まで相手視点で合わせる傾向が強かった。ここは少し変わってきた。
ただ、自分が思うことをそのまま表現するだけがいいことだとは思わない。相手視点で物事を伺えるということも、長所だと思う。
どっちがいいというわけではないけれど、少し自分の心の中が変わってきた気がしているという話。
ふと部屋を見渡すと、自分の製作物が転がっている。目に見える形で物事を終われるというのは、非常にいい気分。
年末だからというわけでもないけれど、ふと今の自分を考えてみると、少し我がままになってきたかと思う。むしろ、我がままに「なれてきた」というべきか。
相手に合わせるのではなく、まず自分がどう思うかを率直に表現する。今振り返ると、僕は今まで相手視点で合わせる傾向が強かった。ここは少し変わってきた。
ただ、自分が思うことをそのまま表現するだけがいいことだとは思わない。相手視点で物事を伺えるということも、長所だと思う。
どっちがいいというわけではないけれど、少し自分の心の中が変わってきた気がしているという話。
昨日報道ステーションで、「ドバイのバブル崩壊」をやっていた。1年前、友人と海外旅行の計画をしていたとき、「ドバイに行って世界の大富豪を目の当たりにしてみるのもいいね」と話していたのを思い出した。もちろん番組編集のせいもあるだろうが、テレビの中のドバイは完全に色あせていた。
そんなのを見ると、僕なんかは、「豊かな人生って何なんだろうな~」とか思ってしまうわけです。
確かに1年前に存在していた「豊かな人生のゴール地点」は、完全にその色を失っていた。それを目にすると、今まで自分の内にあった「豊かさ」の意味に疑問を感じる。今でも僕は「豊かな人生」を望んでいる。だけど、その意味は1年前と変わってきている。
そういえば、近頃「勝ち組」「成功」「幸せ」の言葉が目に入らなくなった。もしかしたら「豊かさ」の意味を問い直しているのは、僕だけじゃないのかも。もしくは、今まで自分の中にあった「勝ち組」「成功」「幸せ」の意味が変わってきているから、それらの刺激・情報に反応していた僕のセンサーが反応を示さなくなったのか。
そんな中、近頃安岡正篤の「小学」を読んでいる。
→『人物を創る 人間学講和「大学」「小学」』/安岡正篤著
この「小学」というのは、中国の宋代の儒学者である朱子が先達の偉大な人たちの残したものから範となるものを編集して、書物としたものだそうだ。この小学には、「体現・体得を重んじた知行合一の学問」が記されており、また人間が人間として生きる上で大切なことは何かという示唆が書かれている。
小学では、豊かさを「自分の内に探すよう」にと言っている。今の僕には、この考え方は結構しっくりくる。まあ自分の頭や心が「今の自分は豊かか豊かでないか」を決めているのだから、心を常に豊かな状態にしておけば、外の世界はどんなだろうと関係ないというのも、考えとしてはよく分かる。
でもそれ以上に、僕は外の世界においても豊かでいられ、かつ自分の心にも豊かでいられる答えというのも、やはり自分の内にあるんじゃないかと思います。そんなメッセージを小学から受けている。
社会に出る準備をしている時期に、自分の考え方・価値観を問い直す機会が訪れたのは、ある意味幸運かもしれない。もうちょい自分が安易に使っている「豊かさ」について、考えてみたいと思う。
ちなみに、小学の中にある僕の好きな言葉で、「知識ばかり覚えてはいけない。ただ知識を覚えるためだけに学問をして人間を損なうのであれば、そんなものはしないほうがよろしい。」というものがある。ごもっともだと思う。
そんなのを見ると、僕なんかは、「豊かな人生って何なんだろうな~」とか思ってしまうわけです。
確かに1年前に存在していた「豊かな人生のゴール地点」は、完全にその色を失っていた。それを目にすると、今まで自分の内にあった「豊かさ」の意味に疑問を感じる。今でも僕は「豊かな人生」を望んでいる。だけど、その意味は1年前と変わってきている。
そういえば、近頃「勝ち組」「成功」「幸せ」の言葉が目に入らなくなった。もしかしたら「豊かさ」の意味を問い直しているのは、僕だけじゃないのかも。もしくは、今まで自分の中にあった「勝ち組」「成功」「幸せ」の意味が変わってきているから、それらの刺激・情報に反応していた僕のセンサーが反応を示さなくなったのか。
そんな中、近頃安岡正篤の「小学」を読んでいる。
→『人物を創る 人間学講和「大学」「小学」』/安岡正篤著
この「小学」というのは、中国の宋代の儒学者である朱子が先達の偉大な人たちの残したものから範となるものを編集して、書物としたものだそうだ。この小学には、「体現・体得を重んじた知行合一の学問」が記されており、また人間が人間として生きる上で大切なことは何かという示唆が書かれている。
小学では、豊かさを「自分の内に探すよう」にと言っている。今の僕には、この考え方は結構しっくりくる。まあ自分の頭や心が「今の自分は豊かか豊かでないか」を決めているのだから、心を常に豊かな状態にしておけば、外の世界はどんなだろうと関係ないというのも、考えとしてはよく分かる。
でもそれ以上に、僕は外の世界においても豊かでいられ、かつ自分の心にも豊かでいられる答えというのも、やはり自分の内にあるんじゃないかと思います。そんなメッセージを小学から受けている。
社会に出る準備をしている時期に、自分の考え方・価値観を問い直す機会が訪れたのは、ある意味幸運かもしれない。もうちょい自分が安易に使っている「豊かさ」について、考えてみたいと思う。
ちなみに、小学の中にある僕の好きな言葉で、「知識ばかり覚えてはいけない。ただ知識を覚えるためだけに学問をして人間を損なうのであれば、そんなものはしないほうがよろしい。」というものがある。ごもっともだと思う。
近頃バタバタしています。いろいろとため込んでいることがあるんだけど、それを表に出せていない僕です。まあそれでも別にいいんだけど、僕としてはなんかダメだと思う。これといった理由は見当たらないけど。
今一番バタバタしているのが、社会起業家の父、ビル・ドレイトン氏とのインターネット対談プロジェクトである。
ビル・ドレイトン氏は、世界に「社会起業家」という概念を作った人。1980年頃に社会起業家の支援組織「アショカ(Ashoka)」を立ち上げた。アショカは今日、アジア、アフリカ、南北アメリカ、ヨーロッパの46ヵ国で活動している。これまでに支援した社会起業家は1400人にもなり、合計で4000万ドル近くを提供しており、また専門的なアドバイスなども行っている。今では「社会起業家」と言えば、「ビジネスを通して社会にいいことをしようとしているんだな」くらいに考えられるような認知度が広がっているものの、ドレイトン氏がアショカを立ち上げたのは、まだそんなのは胡散臭い時代。それでも氏は、世界で世間に白い目で見られながらも忍耐強く活動している「ビジネスを通して社会にいいことをしている人たち」を後押しする組織を立ち上げようとした。その努力の日々は『世界を変える人たち』に詳しいので、そちらを読んでください。
→『世界を変える人たち』/デービッド・ボーンステイン著 井上英之監訳 有賀裕子訳/ダイヤモンド社
そのドレイトン氏と、大学の研究会のつながりでインターネット対談をすることになった。僕はそのプロジェクト作りに携わっている。対談についてはすでにドレイトン氏に快諾をいただいており、当日プログラムの準備も着々と進んでいる。タイトルは「何話そうか」としたけど、話すことはほぼ決まっている。日本の問題を「心の豊かさの欠如」と捉え、その原因は「つながりの喪失」にあるとしてプログラムを進めようと思っている。
このネット対談が実現する背景には、ドレイトン氏が「日本の学生と話をしたい」と言ってくれたからだった。そうすると日本の社会問題の研究者ではない僕たちは、やはり「自分たちの実感ベースの視点で、今の日本の問題を捉える」ことが大切ではないかと考えた。
日本は自殺問題やうつ病患者の増加をはじめ様々な問題を抱えていると思う。そうしたものを一つひとつ見ていく中で、僕らは日本の問題の根底には「経済的に豊かになった反面、心の豊かさが欠けてきた」のではないかとを考えた。その中で、僕らの実感ベースで共通して感じる心の豊かさが欠けてきた原因は、「つながりが失われていっている」からであった。例えば「自分の住む家の隣に誰が住んでいるかが分からなく、何か怖い目にあっても助けを求められない」「親子や世代間のつながりが希薄になっていて、公共のマナーや思いやりの心が受け渡されていない」など、自分と他人とのつながりが非常に弱くなってきていると感じる。
これは特別日本の問題ではないと思う。都会であればどこの国でもそうかもしれない。ただ経済的に発展して人が一部に集まるようになると、どこの国でも様々なつながりが無くなり、それがそこに住む人が「問題だ」と感じるようなことであれば、これを改善しないと住みよい世界や社会が作れない。
ドレイトン氏とのネット対談は、プログラムを一部と二部に分ける。一部では日本の学生による「つながりの喪失から今の日本の問題」と題したプレゼンテーションを行い、二部では一部の問題提起も受けた上で、「未来における若者の役割って何だ?」をテーマに、ドレイトン氏を含めてディスカッションをする予定である。
詳細が決まっていき次第、こつこつ書き記しておこうと思う。自分が一番楽しめて勉強になって、かつドレイトン氏が楽しめて勉強になる会にしたい。楽しみたい。
▼LINK-----
ドレイトン氏とネット対談するプロジェクトの中心チーム、「チームドレイトン」のblogです。このblogで、ミーティングで話し合ってきた議論や今後のプロジェクトの最新情報をアップしていきます。
→Everyone A Changemaker
アショカの公式ウェブサイトです。
→ASHOKA Innovators for the Public
今一番バタバタしているのが、社会起業家の父、ビル・ドレイトン氏とのインターネット対談プロジェクトである。
ビル・ドレイトン氏は、世界に「社会起業家」という概念を作った人。1980年頃に社会起業家の支援組織「アショカ(Ashoka)」を立ち上げた。アショカは今日、アジア、アフリカ、南北アメリカ、ヨーロッパの46ヵ国で活動している。これまでに支援した社会起業家は1400人にもなり、合計で4000万ドル近くを提供しており、また専門的なアドバイスなども行っている。今では「社会起業家」と言えば、「ビジネスを通して社会にいいことをしようとしているんだな」くらいに考えられるような認知度が広がっているものの、ドレイトン氏がアショカを立ち上げたのは、まだそんなのは胡散臭い時代。それでも氏は、世界で世間に白い目で見られながらも忍耐強く活動している「ビジネスを通して社会にいいことをしている人たち」を後押しする組織を立ち上げようとした。その努力の日々は『世界を変える人たち』に詳しいので、そちらを読んでください。
→『世界を変える人たち』/デービッド・ボーンステイン著 井上英之監訳 有賀裕子訳/ダイヤモンド社
そのドレイトン氏と、大学の研究会のつながりでインターネット対談をすることになった。僕はそのプロジェクト作りに携わっている。対談についてはすでにドレイトン氏に快諾をいただいており、当日プログラムの準備も着々と進んでいる。タイトルは「何話そうか」としたけど、話すことはほぼ決まっている。日本の問題を「心の豊かさの欠如」と捉え、その原因は「つながりの喪失」にあるとしてプログラムを進めようと思っている。
このネット対談が実現する背景には、ドレイトン氏が「日本の学生と話をしたい」と言ってくれたからだった。そうすると日本の社会問題の研究者ではない僕たちは、やはり「自分たちの実感ベースの視点で、今の日本の問題を捉える」ことが大切ではないかと考えた。
日本は自殺問題やうつ病患者の増加をはじめ様々な問題を抱えていると思う。そうしたものを一つひとつ見ていく中で、僕らは日本の問題の根底には「経済的に豊かになった反面、心の豊かさが欠けてきた」のではないかとを考えた。その中で、僕らの実感ベースで共通して感じる心の豊かさが欠けてきた原因は、「つながりが失われていっている」からであった。例えば「自分の住む家の隣に誰が住んでいるかが分からなく、何か怖い目にあっても助けを求められない」「親子や世代間のつながりが希薄になっていて、公共のマナーや思いやりの心が受け渡されていない」など、自分と他人とのつながりが非常に弱くなってきていると感じる。
これは特別日本の問題ではないと思う。都会であればどこの国でもそうかもしれない。ただ経済的に発展して人が一部に集まるようになると、どこの国でも様々なつながりが無くなり、それがそこに住む人が「問題だ」と感じるようなことであれば、これを改善しないと住みよい世界や社会が作れない。
ドレイトン氏とのネット対談は、プログラムを一部と二部に分ける。一部では日本の学生による「つながりの喪失から今の日本の問題」と題したプレゼンテーションを行い、二部では一部の問題提起も受けた上で、「未来における若者の役割って何だ?」をテーマに、ドレイトン氏を含めてディスカッションをする予定である。
詳細が決まっていき次第、こつこつ書き記しておこうと思う。自分が一番楽しめて勉強になって、かつドレイトン氏が楽しめて勉強になる会にしたい。楽しみたい。
▼LINK-----
ドレイトン氏とネット対談するプロジェクトの中心チーム、「チームドレイトン」のblogです。このblogで、ミーティングで話し合ってきた議論や今後のプロジェクトの最新情報をアップしていきます。
→Everyone A Changemaker
アショカの公式ウェブサイトです。
→ASHOKA Innovators for the Public
11月29日に、こども環境学会学生部コトナ主催のイベントに参加してきました。
友達のtatsuwat君が代表を務める団体。
(tatsuwatのやってることについて書いた記事→スリルとリスクと創造性)
テーマは、『美術教育って何?』だった。これ、結構大切だと思う。
僕は大学に入って、よく「見る」ことだとか目に見えないことを「感じる」ことだとかを学んだ。だけどそれまではそういったことは「よく分からない」で片づけていたし、美術の成績は良かったけれど美術は好きではなかった。
このイベントでは、とりあえず10分描いてみて、その後少し「描く」ということについて話し合ってみて、また描いてみた。(クロッキーというらしい。対象を描写すること。)
今回は講師の先生をクロッキーした。久しぶりにえんぴつと紙を持って描いてみたわけだが、妙に緊張した。特に何が分からなかったとか心配だったというわけではないのだが、とてもドキドキしていた。
クロッキーを終えると、座談会を行った。その場では自分が受けてきた「美術教育」を振り返り、何をどう感じたかを互いに言い合った。
僕は美術が好きではないと書いたが、よくよく考えてみると、中学までは好きだった。特に良いものを作れるわけではないが、何かを創作するということについて「自信を持って、楽しく」取り組んでいたことを思い出す。ただ、高校に入って嫌いになった。以後、美術はあまり好きでない。
なぜ高校で美術が嫌いになったかは分からない。また、特別大きなきっかけがあったわけではないが、一つ思い出すことがある。油絵の授業の時だった。花瓶や本を並べたものを描いていた。最初は普通に描いていたのだが、青い花瓶を描いたとき、「何か違うな」と感じた。どんどん青の色を塗り足して、陰になってるところ・光が当たっているところを再現しても、何か違う。それが何かを考えながら描いていると、先生が僕の絵を見て「kenji君には、まだ色が見えてないね。」と言った。僕は「色って何だ?」と思い、もっと濃淡をはっきりさせてみたり輪郭を描いてみたものの、まだ違う。するとまた先生が僕の絵の後ろに立って、「まだ見えてないね。よく見なさい。いろんな色が隠れているだろ?」と言う。まあ年頃の男の子だったので、かなりイラついた。全く見えなかったのを覚えている。その時ふと顔を上げると、目の前に油絵の絵が掲示されていることに気がついた。それは白い花瓶だったのだが、確かに、赤や黄色や緑で影の部分が描かれていた。「そういやゴッホの似顔絵の絵とかも、いろんな色で描いてあった!」と思いだし、すぐに持っている色全てを出して濃淡を描いた。すると、それっぽくなってきた。先生が見ると、「お、kenji君もようやく色が見えてきたね。」と言う。どんなもんだと思い、さらに描いた。提出した作品は高く評価され、成績も良かった。
これが別に美術嫌いの原因になっているかどうかはさておき、僕はこの授業で何を学んだのだろうとふと考えてみる。僕は最後まで「色」が見えるようにならなかった。というか、先生が言っていた「色」というのはどんなものなのかは、今も分からない。成績は良かったけれど、今となってはそんなものは関係ないし。
このイベントでは、美術教育の中に、特に「見る」という観察の力をつけるべきではないかという問題提起をしている。
眼は真実を映しているか?でも書いたが、物というのは「見えているようで、見えていない」ことが多いように思える。仮に眼が正しく映し出しているとしても、脳がそのとおりに認識しなければ、結局は間違って見えることになる。先ほどの油絵の話にしても、高校生の僕が「あの花瓶は青い。」と思い込んだ時点で、僕には青くしか見えないようになったのかもしれない。もしかしたら、先生にはもっと豊かな花瓶に見えており、それが歯がゆくて「kenji君には、まだ色が見えていないね。」と言ったのかもしれない。そう考えると、「物の見方」というのは見方を訓練すればより多彩に見ることができるようになるし、観察力もつくし、「思い込み」という存在にも気がつく。これは絵画や美術だけではなく、全ての分野に関連する。立派に教えるべき内容ではないか。
座談会の時に話を聞いていると、「美術が苦手だ」という人に限って、なぜかという理由を体験を交えて説明できていた。これが今の美術教育のやり方が悪いからだとか教員の質が低いからだとかに関係しているかは分からないが。
良い機会なので、もっとよく考えてみようと思った。少なくとも、絵を描く時に緊張するのだけは、なんとかしたいな。
→tatsuwat blog「おもちゃ論の覚え書き」
→こども環境学会学生部 コトナ
友達のtatsuwat君が代表を務める団体。
(tatsuwatのやってることについて書いた記事→スリルとリスクと創造性)
テーマは、『美術教育って何?』だった。これ、結構大切だと思う。
僕は大学に入って、よく「見る」ことだとか目に見えないことを「感じる」ことだとかを学んだ。だけどそれまではそういったことは「よく分からない」で片づけていたし、美術の成績は良かったけれど美術は好きではなかった。
このイベントでは、とりあえず10分描いてみて、その後少し「描く」ということについて話し合ってみて、また描いてみた。(クロッキーというらしい。対象を描写すること。)
今回は講師の先生をクロッキーした。久しぶりにえんぴつと紙を持って描いてみたわけだが、妙に緊張した。特に何が分からなかったとか心配だったというわけではないのだが、とてもドキドキしていた。
クロッキーを終えると、座談会を行った。その場では自分が受けてきた「美術教育」を振り返り、何をどう感じたかを互いに言い合った。
僕は美術が好きではないと書いたが、よくよく考えてみると、中学までは好きだった。特に良いものを作れるわけではないが、何かを創作するということについて「自信を持って、楽しく」取り組んでいたことを思い出す。ただ、高校に入って嫌いになった。以後、美術はあまり好きでない。
なぜ高校で美術が嫌いになったかは分からない。また、特別大きなきっかけがあったわけではないが、一つ思い出すことがある。油絵の授業の時だった。花瓶や本を並べたものを描いていた。最初は普通に描いていたのだが、青い花瓶を描いたとき、「何か違うな」と感じた。どんどん青の色を塗り足して、陰になってるところ・光が当たっているところを再現しても、何か違う。それが何かを考えながら描いていると、先生が僕の絵を見て「kenji君には、まだ色が見えてないね。」と言った。僕は「色って何だ?」と思い、もっと濃淡をはっきりさせてみたり輪郭を描いてみたものの、まだ違う。するとまた先生が僕の絵の後ろに立って、「まだ見えてないね。よく見なさい。いろんな色が隠れているだろ?」と言う。まあ年頃の男の子だったので、かなりイラついた。全く見えなかったのを覚えている。その時ふと顔を上げると、目の前に油絵の絵が掲示されていることに気がついた。それは白い花瓶だったのだが、確かに、赤や黄色や緑で影の部分が描かれていた。「そういやゴッホの似顔絵の絵とかも、いろんな色で描いてあった!」と思いだし、すぐに持っている色全てを出して濃淡を描いた。すると、それっぽくなってきた。先生が見ると、「お、kenji君もようやく色が見えてきたね。」と言う。どんなもんだと思い、さらに描いた。提出した作品は高く評価され、成績も良かった。
これが別に美術嫌いの原因になっているかどうかはさておき、僕はこの授業で何を学んだのだろうとふと考えてみる。僕は最後まで「色」が見えるようにならなかった。というか、先生が言っていた「色」というのはどんなものなのかは、今も分からない。成績は良かったけれど、今となってはそんなものは関係ないし。
このイベントでは、美術教育の中に、特に「見る」という観察の力をつけるべきではないかという問題提起をしている。
眼は真実を映しているか?でも書いたが、物というのは「見えているようで、見えていない」ことが多いように思える。仮に眼が正しく映し出しているとしても、脳がそのとおりに認識しなければ、結局は間違って見えることになる。先ほどの油絵の話にしても、高校生の僕が「あの花瓶は青い。」と思い込んだ時点で、僕には青くしか見えないようになったのかもしれない。もしかしたら、先生にはもっと豊かな花瓶に見えており、それが歯がゆくて「kenji君には、まだ色が見えていないね。」と言ったのかもしれない。そう考えると、「物の見方」というのは見方を訓練すればより多彩に見ることができるようになるし、観察力もつくし、「思い込み」という存在にも気がつく。これは絵画や美術だけではなく、全ての分野に関連する。立派に教えるべき内容ではないか。
座談会の時に話を聞いていると、「美術が苦手だ」という人に限って、なぜかという理由を体験を交えて説明できていた。これが今の美術教育のやり方が悪いからだとか教員の質が低いからだとかに関係しているかは分からないが。
良い機会なので、もっとよく考えてみようと思った。少なくとも、絵を描く時に緊張するのだけは、なんとかしたいな。
→tatsuwat blog「おもちゃ論の覚え書き」
→こども環境学会学生部 コトナ



