2009年6月アーカイブ


muraji.jpg
気難しい人間を演出してるつもりらしい。


昨日は大学の親友である連(むらじ)君と、熱い議論をしてきました。

連君はバリバリの建築家。建築一家に生まれ、弱冠22歳ながら世界に名の知られる建築家らにもその才能を認めさせているすごいやつ。現在は社会学の考え方を取り入れた建築デザインアウトプット手法「アーキコモンズ」を作り、現在無印良品とのプロジェクトでその手法の実効性を試したりしています。新進気鋭の建築家と議論になった際も、自分の理論の優位性を煌々と語っちゃう。(そのせいでその人にうざがられているらしいが笑)小粒なのに、大粒なやつなんです。(なぜ小粒かは、彼を見てみれば分かります笑)

僕らももう社会に出る年頃ですから、それぞれの夢を現実化するにはどうするかという話になる。
彼みたいに建築やデザインという表現にずっと携わっていた人と、僕みたいに社会構造とか経済とかに興味を持っている人間だと、共同で携わっているプロジェクトでも重視する点が違う。それを話し合っていると、自然と「お前がこの先ね、・・・」と互いにそれぞれの視点から将来みたいなのを語るようにな り、そこからそれぞれがどこに重点を置いているかを語るようになり、、と、話が飛んで行くのですが、非常に面白い。勉強になることばかりなんです。

最近めっきりお酒に弱くなった僕ですが、昨日は美味しく充実した時間を、お酒と一緒にいただきました。刺激を受けました。頑張ろうと思います。

▼LINK-----
連 勇太朗(むらじ ゆうたろう)のブログ。よく読ませてもらってます。
>>つれづれん

僕と連ちゃんで一緒にやってるプロジェクト。最近そっち方面のメディアによく露出してます。よろしくお願いします。
>>木造賃貸アパート再生ワークショップ



今日はアフガニスタン大使館に行ってきました。この訪問の目的は、アフガニスタンという国の歴史と現状を勉強するためです。

6月16日(火)、17日(水)に、アフガニスタン大使館の主催でThe CROSSROADS COUNTRYというアフガニスタンの演劇が行われます。僕はその演劇のPRのお手伝いをすることになり、「そもそもアフガニスタンとはどんな国なの?タリバン?」という知識しかない僕はまず勉強が必要だということで、学生10人ほどでアフガニスタン大使館を訪問し、広報の方や演劇のプロデューサーの方と一緒に勉強をしてきました。アフガニスタン大使館の職員て、アメリカ人ばかりなんですよ。
The CROSSROADS COUNTRY公式HP


歴史を学ぶ前にまず文化を学ぼうということで、いろいろな芸術を見せてもらったりしましたが、いやはや、きれいなものですな。メディア戦略なのか国のイメージなのかは分からないが、僕としてはアフガニスタンとは何か暗いイメージがしていました。そんな中、アフガニスタンの王朝時代の宮殿をモチーフにした大使館や、そこに飾られているアーティストの絵を見てみると、とてもさわやかな印象が残りました。


勉強してきたことをまとめると、まずアフガニスタンの近代史のスタートとなるのは、1979年にソ連軍がアフガニスタンに侵攻してきたことだそうです。(ちなみに、The CROSSROADS COUNTRYはこの頃から現代にかけてのアフガニスタンの歴史を2時間にまとめたものです。)その後、ソ連のチェルネンコやゴルバチョフ、アメリカのカーターなどが介入し、やり取りを経て、1988年5月15日に、ソ連軍が撤兵を開始する。ここから、アフガニスタンの戦国時代が始まるわけです。つまり、支配者であったソ連が撤退したことで、国内の実力者が国とりを始めることになります。1992年には国連職員が首都脱出を始め、いよいよ内戦が激化してくる。この頃から出現し始めるのが、「タリバン」でした。このタリバンとは、元は学生の集まりで、流通経路に現れる盗賊を取り締まる自警団のような存在でした。その彼らが急成長を遂げ、ついに1996年に政権政府の樹立を宣言することになります。また、タリバンに対抗する形で表れたのが「北部同盟」という組織で、これ以降、アフガニスタンの内戦は「タリバンvs北部同盟」の図式を持つことになります。ここから世界各国とのやり取りが行われ、アメリカとのいさかいが起き、2001年の9.11につながることになります。


なるほどと思ったのは、「タリバンがなぜ成長したか」ということでした。
元々タリバンはアフガニスタンとパキスタンの国境周辺にあった学生組織なのですが、そこで彼らは自分たちを「神徒」だとする思想を持ち、アフガニスタンの内戦に参加していきます。その中で彼らの成長要因となったのは、①武器があったこと②パキスタン貧困層の教育③貧困層の必然参加 でした。

①の武器があったことというのは、これは一つ大きな要因です。つまり、日本やアメリカにもある急進派とタリバンの違いは何かということですが、これは「武器を大量に持っている」ということだそうです。中東アジアは昔から内戦や紛争の多い地域で、武器の入手はそこまで難しいところではないそうです。また、ソ連が撤兵した際には自動小銃から戦車まで置いていってしまったこともあるそうで、彼らが自分たちの思想を主張するための手段としての「暴力」を、容易に手に入れてしまったことが、成長要因になりました。

②のパキスタン貧困層の教育ということについては、先日大学の研究会に前世界銀行副総裁の西水美恵子さんが来たときに、同じお話をされました。これは「貧困が生み出す暴力」ということです。パキスタンでは、貧困層の子供は学校に行けません。教育が受けられないと仕事ができず、結果その子が親になっても貧困から抜け出せないという構造が続く。それを何とかしたいと思っている親が多いわけです。世界各国の政府やNGOなどがその状況を何とかしようと支援を続けていますが、状況が改善されないまま続いています。その中で、教育を受けさせてあげるのが「タリバン」のような過激派組織なのです。彼らは教育の中で、自分たちの思想も植え付けていく。比較対象がなくそれを受け入れるしかない子供たちは、結果としてタリバンの兵士に育っていきます。

③の貧困層の必然参加も同じ構図で、内戦や紛争で土地を破壊され仕事が無くなった人(アフガニスタンは農業国)は、自分の生活を立て直すためにも日銭を稼がなくてはならない。そこに仕事を紹介してあげるのが、タリバンのような武装組織なのだそうです。その人が武装組織の思想に賛同していなかったとしても、仕事を得るために加担しなければならない。タリバンの中で思想に忠実になって活動している人は、半分もいないのではないかと大使館の人は言っていました。


テレビでは暗いニュースばかり流れるアフガニスタンも、少しずつ復興が進んでいるそうです。電話・インターネットを足した情報ネットワークの利用者数は国民の7割以上となり、携帯電話を使ったりする人も多いのだとか。この辺りは少しイメージとは違いました。

また、今政府が頭を悩ませているのが、「文化の消滅がすごいスピードで進んでいること」だそうです。アフガニスタンがタリバン政権であった時、タリバンはあらゆるエンターテイメントを行うことを犯罪としました。アフガニスタン人の平均寿命は53歳だそうで、結果として現在伝統芸術に従事できる人がどんどん減っているのだそうです。政府はこのように文化が失われていくことに大きな危機感を抱いており、かろうじてその技術を持っている人に後継者を当てて育てようとしているそうです。この辺りは、日本も同じだと思う。


と、このような感じで勉強会をしてきました。僕の世界にはテレビの中でしか存在してこなかったアフガニスタンという国を少し長期的な視点から見てみて、ほんの少しでもその国の「血の通った事情」を知ることができてよかった。大切なのは、今後のプロジェクトにどうつなげていくか。とりあえず、もっと知ってみよう。ネットがつながっていると言っていたので、ネット会議でもしてみようかと思う。

広報の人は、「国の困った状況」を伝えてくれた。それを知った今、何かしないとなあ。

The CROSSROADS COUNTRYを見てくれることは、アフガニスタン大使館のファンドレイジングにつながります。国の事情が事情なだけに、お金にも困っているようです。時間があれば、見てみてください。興味がなくても、見終わったときには興味を持っているはずなので。



近頃

| コメント(0) | トラックバック(0)
充実しています。

学生のうちに達成したい自分のテーマは「地域資源の発掘と応用の手法確立」ということになってきそうです。多様なファクターが絡んでこれるプロジェクトモデルを作ります。楽しんでいます。

今年の秋祭には、電気自動車を4台ほど展示できるかも。むふふ。楽しみ。



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

このアーカイブについて

このページには、2009年6月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2009年5月です。

次のアーカイブは2009年7月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。