2009年10月アーカイブ
先日、突然中学の親友Sから「Kが籍入れたらしい」と電話がきた。
Kと僕とSは、もう一人SYを含めた4人でいつも一緒にいた仲間。そんなKが結婚したとなると、自分ももうそんな年かと考えざるをえない。びっくりしたけど素晴らしいこと。おめでとう。僕らのグループでKが一番最初なのは、妥当かなww
電話を受けた時、僕は白馬村にいた。白馬村のプロジェクトでは、隔週で8泊9日で白馬に滞在するスケジュールを組んでいる。今回は少し変更があり、早く帰ってきたが。
>>白馬村 新・民宿宣言プロジェクト
10/17~10/21まで白馬に滞在してきた。もう5回目ともなる白馬訪問。この季節から一段と寒くなるそうだ。紅葉もかなり下まで降りて来ていて、空気は透明で冷たく突き刺さる感を持ち始めている。一方その透き通った空気の先に見える白く染まった白馬の山は、本当に偉大。格好良い。
今回の訪問では、プロジェクトが大きく前進した。
そもそもこのプロジェクトの考え方は大きく包括的なものであって、自分たちがこのプロジェクトを通して何を成さんとしているのかについては色んな議論があった。具体的にどんなステップで何をするかについて決めた後も、「WHAT」については共有していても「WHY」については共有できていない感じだった。それぞれの目的/考え方とプロジェクトに対する要求とがどうもしっくりこないまま、プロジェクトが始まっていた。
その悶々とした状態に風穴を空けたキーワードは、「不確実性」。
その前に、今の僕なりの「民宿」と「新・民宿」の違いをまとめてみた。
民宿とは何か。
僕らは民宿を「地域特有の生活文化を体感できる宿泊施設」と考える。宿の形態をホテル/旅館/民宿においた場合、安心面で見るとホテルや旅館の方が民宿より秀でていると思う。これはホテルや旅館がどんなサービスを提供しているのかが日本全国でさほど違いがないため、自分である程度予測できるからである。しかし、民宿の場合は極端に言えば「家主の家に泊めてもらう」ことが前提となる。その民宿がどのようなものかは、その家主の生活に依っているとも言える。この点が民宿の特徴であり、魅力である。
しかし、現状では提供するサービスの度合がそれぞれの民宿でめちゃくちゃになっているか、マニュアル化した形態通りのサービスを提供するようになっている。この宿泊施設としての機能の点でお客の期待を裏切ってはいけないので、最低限抑えるべき点は抑えておく必要がある。
それを踏まえた上で、新・民宿とは何か。
明確な言葉はまだできていないが、僕は「地域/自然/畑/客同士のつながりを提供する民宿」であると思っている。この「地域/自然/畑/客同士のつながり」とは民宿が持っている「地域特有の生活文化」とほぼ同義のことであるが、このつながりを提供するという段階に入るには「不確実性」を踏まえなければいけなくなる。
ここで言う不確実性とは、「起こるかもしれないけど、起こらないかもしれない」という可能性。
朝起きて障子を鑓ヶ岳の輝きが目に飛び込んでくる。
すごいなと思って外に出ると、風が気持ちいい。
少し歩いてみると、民宿裏の畑でおばあちゃんが野菜を採っている。
おはようございますと声をかけると笑顔で挨拶を返してくれる。
少し話していると、今取れたものを食べてみるかいと言ってキッチンに案内してくれ、野菜サラダを出してくれる。
美味しいと言いながら食べていると、オーナーさんが降りてくる。
三人で話していると、オーナーさんが秘密のキノコ採りができる場所を教えてくれる。
せっかくなので、行ってみることにする。
すると・・・
こんなストーリーがあるかもしれないし、ないかもしれない。このストーリー全てはなくても、このどれかはあるかもしれない。これがこのように展開するかもしれないし、他の展開の仕方をするかもしれない。でもその不確実性の中に、感動や理想があるように感じている。
この不確実性の連鎖が起きるようにするために、新・民宿宣言プロジェクトはどのように民宿に働きかけるか。現在行っているのは部屋の改装と食事プロセスの改善。これによって「つながり」が空間の中にも食事の中にも現れるようになったらいいなと思っているのだが、これはあくまでも「現状そういう流れ」という話かもしれない。それも不確実。
だから、終わった後に、感動があるんだろうww
Kと僕とSは、もう一人SYを含めた4人でいつも一緒にいた仲間。そんなKが結婚したとなると、自分ももうそんな年かと考えざるをえない。びっくりしたけど素晴らしいこと。おめでとう。僕らのグループでKが一番最初なのは、妥当かなww
電話を受けた時、僕は白馬村にいた。白馬村のプロジェクトでは、隔週で8泊9日で白馬に滞在するスケジュールを組んでいる。今回は少し変更があり、早く帰ってきたが。
>>白馬村 新・民宿宣言プロジェクト
そもそもこのプロジェクトの考え方は大きく包括的なものであって、自分たちがこのプロジェクトを通して何を成さんとしているのかについては色んな議論があった。具体的にどんなステップで何をするかについて決めた後も、「WHAT」については共有していても「WHY」については共有できていない感じだった。それぞれの目的/考え方とプロジェクトに対する要求とがどうもしっくりこないまま、プロジェクトが始まっていた。
その悶々とした状態に風穴を空けたキーワードは、「不確実性」。
その前に、今の僕なりの「民宿」と「新・民宿」の違いをまとめてみた。
民宿とは何か。
僕らは民宿を「地域特有の生活文化を体感できる宿泊施設」と考える。宿の形態をホテル/旅館/民宿においた場合、安心面で見るとホテルや旅館の方が民宿より秀でていると思う。これはホテルや旅館がどんなサービスを提供しているのかが日本全国でさほど違いがないため、自分である程度予測できるからである。しかし、民宿の場合は極端に言えば「家主の家に泊めてもらう」ことが前提となる。その民宿がどのようなものかは、その家主の生活に依っているとも言える。この点が民宿の特徴であり、魅力である。
しかし、現状では提供するサービスの度合がそれぞれの民宿でめちゃくちゃになっているか、マニュアル化した形態通りのサービスを提供するようになっている。この宿泊施設としての機能の点でお客の期待を裏切ってはいけないので、最低限抑えるべき点は抑えておく必要がある。
それを踏まえた上で、新・民宿とは何か。
明確な言葉はまだできていないが、僕は「地域/自然/畑/客同士のつながりを提供する民宿」であると思っている。この「地域/自然/畑/客同士のつながり」とは民宿が持っている「地域特有の生活文化」とほぼ同義のことであるが、このつながりを提供するという段階に入るには「不確実性」を踏まえなければいけなくなる。
ここで言う不確実性とは、「起こるかもしれないけど、起こらないかもしれない」という可能性。
朝起きて障子を鑓ヶ岳の輝きが目に飛び込んでくる。
すごいなと思って外に出ると、風が気持ちいい。
少し歩いてみると、民宿裏の畑でおばあちゃんが野菜を採っている。
おはようございますと声をかけると笑顔で挨拶を返してくれる。
少し話していると、今取れたものを食べてみるかいと言ってキッチンに案内してくれ、野菜サラダを出してくれる。
美味しいと言いながら食べていると、オーナーさんが降りてくる。
三人で話していると、オーナーさんが秘密のキノコ採りができる場所を教えてくれる。
せっかくなので、行ってみることにする。
すると・・・
こんなストーリーがあるかもしれないし、ないかもしれない。このストーリー全てはなくても、このどれかはあるかもしれない。これがこのように展開するかもしれないし、他の展開の仕方をするかもしれない。でもその不確実性の中に、感動や理想があるように感じている。
だから、終わった後に、感動があるんだろうww
「00:00に寝て、06:00に起きる習慣」、頑張ってまだ続けてる。
今日は目覚ましかけ忘れて寝坊しちゃったけど。明日は絶対に起きる。今回は勢いがあるなあ。
土曜日から月曜日にかけて、白馬に行ってきた。
白馬村の民宿を活性化させようという活動「白馬村 新・民宿宣言プロジェクト」。今回は、今週土曜から始まるワークショップを控えた事前訪問。
>>白馬村 新・民宿宣言プロジェクト
今回の対象となる民宿に伺って、さまざまなことを感じた。僕らは機会をいただいて、よそ者で若者ながらも民宿の在り方に働きかける役割を担って民宿/地域に入っていく。その場所に蓄積した文脈や関係性、構築されている空気感や時間の流れ方の間に飛び込んでいくわけだから、力は入る。当たり前だけど頭で考えたり仲間内で話し合ったりするのとは違う。
いろんな意見に耳を傾けたり、それを含んで考えたりしなければならなそう。「そんなことは当たり前」と考えていたけど、直面してみたり現場の雰囲気に触れると違って感じる。この状況で自然と自分から吐き出されるものが自分の現状だなと感じる。自分としっかり向き合って、慎重かつ大胆に取り組みたい。不安もあるけど、結構楽しみ。
白馬三山への誓い
ところで、白馬の山にはリスがいて、カモシカがいて、クマが出ます。
「普通」と思われる方が多いかもしれないが、都会生まれ/都会育ちの僕にはとても新鮮。僕だってリスくらいは野生で見たことあるし、シカだって北海道で野性を見たけれども、生活の中に彼らがいたことはない。今回話を伺って「噂に聞いていたが、まさか本当に出るとは・・・」って心境になった。(これは自分をその場所の空気感に溶け込ませているから感じる感覚だとも言える。)
朝5時に起きて散歩
オーナーさんの話では、朝起きたら野生のカモシカが野菜を食べてたんだと。しょっちゅう出るわけではないそうだけど。また、リスがクルミをそこいら中に埋めるらしく、畑からクルミの芽が出てたりする時があるそう。クマはまだ見たことがないそうだけどw 「出てきたらどうしよう!」と、一応限りなく低い可能性も検討してみる。こういうのが楽しいからね。
野生との共存って、こういうことかー。と感じた23歳。
僕にとっては新しい境地。そういう意味でもプロジェクトが楽しみ。
今日は目覚ましかけ忘れて寝坊しちゃったけど。明日は絶対に起きる。今回は勢いがあるなあ。
白馬村の民宿を活性化させようという活動「白馬村 新・民宿宣言プロジェクト」。今回は、今週土曜から始まるワークショップを控えた事前訪問。
>>白馬村 新・民宿宣言プロジェクト
今回の対象となる民宿に伺って、さまざまなことを感じた。僕らは機会をいただいて、よそ者で若者ながらも民宿の在り方に働きかける役割を担って民宿/地域に入っていく。その場所に蓄積した文脈や関係性、構築されている空気感や時間の流れ方の間に飛び込んでいくわけだから、力は入る。当たり前だけど頭で考えたり仲間内で話し合ったりするのとは違う。
いろんな意見に耳を傾けたり、それを含んで考えたりしなければならなそう。「そんなことは当たり前」と考えていたけど、直面してみたり現場の雰囲気に触れると違って感じる。この状況で自然と自分から吐き出されるものが自分の現状だなと感じる。自分としっかり向き合って、慎重かつ大胆に取り組みたい。不安もあるけど、結構楽しみ。
ところで、白馬の山にはリスがいて、カモシカがいて、クマが出ます。
「普通」と思われる方が多いかもしれないが、都会生まれ/都会育ちの僕にはとても新鮮。僕だってリスくらいは野生で見たことあるし、シカだって北海道で野性を見たけれども、生活の中に彼らがいたことはない。今回話を伺って「噂に聞いていたが、まさか本当に出るとは・・・」って心境になった。(これは自分をその場所の空気感に溶け込ませているから感じる感覚だとも言える。)
オーナーさんの話では、朝起きたら野生のカモシカが野菜を食べてたんだと。しょっちゅう出るわけではないそうだけど。また、リスがクルミをそこいら中に埋めるらしく、畑からクルミの芽が出てたりする時があるそう。クマはまだ見たことがないそうだけどw 「出てきたらどうしよう!」と、一応限りなく低い可能性も検討してみる。こういうのが楽しいからね。
野生との共存って、こういうことかー。と感じた23歳。
僕にとっては新しい境地。そういう意味でもプロジェクトが楽しみ。
「00:00寝て、06:00時に起きる習慣を作ろう」という提案が起こった。
「よし、やってみよう!」と同意して現在に至るが、今ちょうど02:30を回ったところ。
上手く仕事のやりくりが出来ていないが、少しずつ慣らせていこうと思う。
絶対朝の方が、効率いいしね。
これから銭湯プロジェクトが起こそうという話になっている。
詳細が決まり次第、報告します。
■「ジェネラルルージュの凱旋」を見た。
邦画を見たくなったので、見た。堺雅人の演技が好きですね。
「チーム・バチスタの栄光」は推理物として捉えられたけど、今回の作品は「社会派ドラマ」のようになっていた。「喜劇ものを見よう」として選んだのではあるが、バチスタのようにひとひねり入った作品としてみたかった面もあったので残念。でも、作品自体は面白かった。映画を見る習慣もつけよう。
「よし、やってみよう!」と同意して現在に至るが、今ちょうど02:30を回ったところ。
上手く仕事のやりくりが出来ていないが、少しずつ慣らせていこうと思う。
絶対朝の方が、効率いいしね。
これから銭湯プロジェクトが起こそうという話になっている。
詳細が決まり次第、報告します。
■「ジェネラルルージュの凱旋」を見た。
邦画を見たくなったので、見た。堺雅人の演技が好きですね。
「チーム・バチスタの栄光」は推理物として捉えられたけど、今回の作品は「社会派ドラマ」のようになっていた。「喜劇ものを見よう」として選んだのではあるが、バチスタのようにひとひねり入った作品としてみたかった面もあったので残念。でも、作品自体は面白かった。映画を見る習慣もつけよう。

