先日、突然中学の親友Sから「Kが籍入れたらしい」と電話がきた。
Kと僕とSは、もう一人SYを含めた4人でいつも一緒にいた仲間。そんなKが結婚したとなると、自分ももうそんな年かと考えざるをえない。びっくりしたけど素晴らしいこと。おめでとう。僕らのグループでKが一番最初なのは、妥当かなww
電話を受けた時、僕は白馬村にいた。白馬村のプロジェクトでは、隔週で8泊9日で白馬に滞在するスケジュールを組んでいる。今回は少し変更があり、早く帰ってきたが。
>>白馬村 新・民宿宣言プロジェクト
10/17~10/21まで白馬に滞在してきた。もう5回目ともなる白馬訪問。この季節から一段と寒くなるそうだ。紅葉もかなり下まで降りて来ていて、空気は透明で冷たく突き刺さる感を持ち始めている。一方その透き通った空気の先に見える白く染まった白馬の山は、本当に偉大。格好良い。
今回の訪問では、プロジェクトが大きく前進した。
そもそもこのプロジェクトの考え方は大きく包括的なものであって、自分たちがこのプロジェクトを通して何を成さんとしているのかについては色んな議論があった。具体的にどんなステップで何をするかについて決めた後も、「WHAT」については共有していても「WHY」については共有できていない感じだった。それぞれの目的/考え方とプロジェクトに対する要求とがどうもしっくりこないまま、プロジェクトが始まっていた。
その悶々とした状態に風穴を空けたキーワードは、「不確実性」。
その前に、今の僕なりの「民宿」と「新・民宿」の違いをまとめてみた。
民宿とは何か。
僕らは民宿を「地域特有の生活文化を体感できる宿泊施設」と考える。宿の形態をホテル/旅館/民宿においた場合、安心面で見るとホテルや旅館の方が民宿より秀でていると思う。これはホテルや旅館がどんなサービスを提供しているのかが日本全国でさほど違いがないため、自分である程度予測できるからである。しかし、民宿の場合は極端に言えば「家主の家に泊めてもらう」ことが前提となる。その民宿がどのようなものかは、その家主の生活に依っているとも言える。この点が民宿の特徴であり、魅力である。
しかし、現状では提供するサービスの度合がそれぞれの民宿でめちゃくちゃになっているか、マニュアル化した形態通りのサービスを提供するようになっている。この宿泊施設としての機能の点でお客の期待を裏切ってはいけないので、最低限抑えるべき点は抑えておく必要がある。
それを踏まえた上で、新・民宿とは何か。
明確な言葉はまだできていないが、僕は「地域/自然/畑/客同士のつながりを提供する民宿」であると思っている。この「地域/自然/畑/客同士のつながり」とは民宿が持っている「地域特有の生活文化」とほぼ同義のことであるが、このつながりを提供するという段階に入るには「不確実性」を踏まえなければいけなくなる。
ここで言う不確実性とは、「起こるかもしれないけど、起こらないかもしれない」という可能性。
朝起きて障子を鑓ヶ岳の輝きが目に飛び込んでくる。
すごいなと思って外に出ると、風が気持ちいい。
少し歩いてみると、民宿裏の畑でおばあちゃんが野菜を採っている。
おはようございますと声をかけると笑顔で挨拶を返してくれる。
少し話していると、今取れたものを食べてみるかいと言ってキッチンに案内してくれ、野菜サラダを出してくれる。
美味しいと言いながら食べていると、オーナーさんが降りてくる。
三人で話していると、オーナーさんが秘密のキノコ採りができる場所を教えてくれる。
せっかくなので、行ってみることにする。
すると・・・
こんなストーリーがあるかもしれないし、ないかもしれない。このストーリー全てはなくても、このどれかはあるかもしれない。これがこのように展開するかもしれないし、他の展開の仕方をするかもしれない。でもその不確実性の中に、感動や理想があるように感じている。
この不確実性の連鎖が起きるようにするために、新・民宿宣言プロジェクトはどのように民宿に働きかけるか。現在行っているのは部屋の改装と食事プロセスの改善。これによって「つながり」が空間の中にも食事の中にも現れるようになったらいいなと思っているのだが、これはあくまでも「現状そういう流れ」という話かもしれない。それも不確実。
だから、終わった後に、感動があるんだろうww
Kと僕とSは、もう一人SYを含めた4人でいつも一緒にいた仲間。そんなKが結婚したとなると、自分ももうそんな年かと考えざるをえない。びっくりしたけど素晴らしいこと。おめでとう。僕らのグループでKが一番最初なのは、妥当かなww
電話を受けた時、僕は白馬村にいた。白馬村のプロジェクトでは、隔週で8泊9日で白馬に滞在するスケジュールを組んでいる。今回は少し変更があり、早く帰ってきたが。
>>白馬村 新・民宿宣言プロジェクト
そもそもこのプロジェクトの考え方は大きく包括的なものであって、自分たちがこのプロジェクトを通して何を成さんとしているのかについては色んな議論があった。具体的にどんなステップで何をするかについて決めた後も、「WHAT」については共有していても「WHY」については共有できていない感じだった。それぞれの目的/考え方とプロジェクトに対する要求とがどうもしっくりこないまま、プロジェクトが始まっていた。
その悶々とした状態に風穴を空けたキーワードは、「不確実性」。
その前に、今の僕なりの「民宿」と「新・民宿」の違いをまとめてみた。
民宿とは何か。
僕らは民宿を「地域特有の生活文化を体感できる宿泊施設」と考える。宿の形態をホテル/旅館/民宿においた場合、安心面で見るとホテルや旅館の方が民宿より秀でていると思う。これはホテルや旅館がどんなサービスを提供しているのかが日本全国でさほど違いがないため、自分である程度予測できるからである。しかし、民宿の場合は極端に言えば「家主の家に泊めてもらう」ことが前提となる。その民宿がどのようなものかは、その家主の生活に依っているとも言える。この点が民宿の特徴であり、魅力である。
しかし、現状では提供するサービスの度合がそれぞれの民宿でめちゃくちゃになっているか、マニュアル化した形態通りのサービスを提供するようになっている。この宿泊施設としての機能の点でお客の期待を裏切ってはいけないので、最低限抑えるべき点は抑えておく必要がある。
それを踏まえた上で、新・民宿とは何か。
明確な言葉はまだできていないが、僕は「地域/自然/畑/客同士のつながりを提供する民宿」であると思っている。この「地域/自然/畑/客同士のつながり」とは民宿が持っている「地域特有の生活文化」とほぼ同義のことであるが、このつながりを提供するという段階に入るには「不確実性」を踏まえなければいけなくなる。
ここで言う不確実性とは、「起こるかもしれないけど、起こらないかもしれない」という可能性。
朝起きて障子を鑓ヶ岳の輝きが目に飛び込んでくる。
すごいなと思って外に出ると、風が気持ちいい。
少し歩いてみると、民宿裏の畑でおばあちゃんが野菜を採っている。
おはようございますと声をかけると笑顔で挨拶を返してくれる。
少し話していると、今取れたものを食べてみるかいと言ってキッチンに案内してくれ、野菜サラダを出してくれる。
美味しいと言いながら食べていると、オーナーさんが降りてくる。
三人で話していると、オーナーさんが秘密のキノコ採りができる場所を教えてくれる。
せっかくなので、行ってみることにする。
すると・・・
こんなストーリーがあるかもしれないし、ないかもしれない。このストーリー全てはなくても、このどれかはあるかもしれない。これがこのように展開するかもしれないし、他の展開の仕方をするかもしれない。でもその不確実性の中に、感動や理想があるように感じている。
だから、終わった後に、感動があるんだろうww



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