理由は分かっている。なぜこんなにも高いのか。
ライス長官だろう。
税金の使いすぎ。
どうすればいいのかも分かっている。
ライス、持参だな。茶碗も持ってこよう。
色んなことが瀬戸際。もっと物事に忙殺されている先輩がいるのに。
困難に直面したとき、「自分が成長するいいチャンスが来たな」と思いなさいという教えを、会津でいただいた。また、僕には有能すぎる仲間がたくさんいるんでね。自分のためにも、仲間に頼りまくって気張っていこうと思う。
頑なになって張ってはいけないけれど、気持ちだけは張っていける。気張っていこう。
良い春休み。
弱気が続く今日この頃です。ただそれも、僕が作りだしている世界での出来事なのだろうか。
「脳は眼に世界を映し出させている」
ということをレオナルド・ダ・ヴィンチが言っていたとか。眼が脳に信号を送ってではなく、その逆だということですね。それも一理あるのかも。
喜怒色を示さず、生きたいものです。
今日、バイトで服を売っていた時、アメリカ人のお客さんが来た。日本には2年住んでいて、日本語を流暢に話す。シャツを買っていった。
レジで会計をしているときに、「何の仕事をしているんですか?」と聞いてみた。すると、
「大きな保険屋です。」と言う。まさに今テレビをにぎわしている分野での仕事だった。
「先週、本当に会社がつぶれると思いました。本当に怖かった。ママに「帰るね」と電話しましたよ。今週に入ってなんとか持ちこたえたけど。」彼は苦笑いで話していた。
また、証券会社で働いている人が、職場の人に「少し早く来た方がいいよ。」と言われたそうだ。
なぜ?と聞き返したところ、「電車が止まるから。」と言われたそう。
今日も人身事故で電車が止まっていた。
テレビの中の話ではないわけだ。
色々あると、自分が「何のために」目の前のことをやっているのかが、分からなくなる。
「この方面に、こんなメリットを考えて~~」
「こっちのこういう要求を、しっかり踏まえて~~」
「落とし所としては、こんな感じが望ましいって話だから~~」
社会人でもないのに、気使って色々と調整ばっかしていると、「自分は本当にこんなことしたいのか?」と考えてしまう。
そんな状態から引きずり上げてくれるのは、やっぱり仲間。
話をしていると、自分よりずっと芯があることに気づかされる。どんな切り口から、どんな狙いでプロジェクトに参加しようと思ったのかを、思い出させてくれる。目の前のことに捉われすぎる僕。物事の全体が見えてねーのはお前だ、kenji。
社会人の真似事をするのは、社会人になってからでいい。安価な労働力の「学生」として、言い様に使われるのは腹が立つ。
自分が参加したいと思ったのは、何よりも「自分のため」。自分はここで何を得られて、それは今後にどうつながっていくか。「それ」にワクワク感を感じて、参加しよーと思ったんでしょーよ。そのワクワク感を勝手に忘れて、目の前の物事の調整に嫌気をさして、疲れを感じる。なんだそりゃ。
「誰かのために」という大きな目標を見れない僕は、「自分のために」最大のパフォーマンスを積み重ねていって、「結果として」全体に貢献するしか、できない。そこを忘れちゃ、ただのお荷物。
いつの時代も、持つべきものは素敵な仲間。
いやー、本当に、ありがとうね。
課題が進まない。諦めて他のことやろうとすると、課題のことで頭がいっぱいになる。
学生にとって、鬱になりたくなるこの時期。
「ぼやきは永遠なり」と言った野球の名将がいたけど、
この時期の学生はいつになってもぼやきつづけるんだろうなー。
あーやだやだ。