自然の最近のブログ記事
先日、空を見上げたら、真白の雲の中に、真っ黒の雲が飛んでいた。
「あ!雨雲!!」とは、分かるものの、何で黒いんだ?
「そもそも雲ってチリに水蒸気がくっついてあんなになってんだろうよ。だったらみんな雨雲であるべきだろうよ」というところまでが、僕の知識(笑)
色々調べてみました。
雲とは、大気中にかたまって浮かぶ水滴または氷の粒のことを言うそうです。水滴がかたまって浮かんでいれば、高度に関わらずに雲と呼ぶそうですが、地上を雲が覆った時は、「霧」と呼ばれるようになるそう。霧と雲って、同じだったんですね。
空気中のチリやほこりに水蒸気がくっついて雲を作る雲粒ができるということは、間違いなさそうですね。そのため、チリやほこりが多いと雲が発生しやすく、少ないと雲は発生しにくいそうです。じゃあ雨が欲しい地域では、チリを発生しやすくすればいいのですかね?昔の「雨乞い」で火を焚いていたのは、天にメッセージを送るためだったが、あれはあれで非常に意味があった、と聞いたことがありますが、これはチリを空に運んだから意味があったということになるのでしょうか。マンガのワンピースで「ダンスパウダー」ってのが出てきますが、あれは水蒸気をくっつけやすくする「チリ」ということでしょうか。マンガの中に説明あったっけ??
で、雲の色ですが、これには可視光線(光)が関係しているそうです。光を反射しているために、一般的には白く見える。夕日では赤く見える。となるそうです。
この後に僕の疑問に対して目からうろこの返答がありました!
なるほど。白いのは雲だが、雨雲にはなりきれていない少年雲といったところなのですね。
ではなぜ、雨雲は黒いのか。
おしえてねドットコム!というところで質問がされていた。どうやら雨雲が黒いのは、普通の雲より厚いので光を反射率が下がり、目に届くまでに光が小さくなってしまっているので、黒く見えるのだそうだ。
つまり、僕が見た「真白の雲の中の真黒の雲」は、一つだけ厚い雲の層を持っていて、他の雲は光を反射させて通していたのに、彼だけは光を全く通していなかったわけですか。それで、彼だけ黒く見えたのですね。
また、高度も関係しているという意見も。確かに僕の見た真黒雲は、結構低いところを通っていた。あまり低いところを通る雲は、自分で作った影のために地上から反射した光が返ってこないため、黒く見えるんだとか。
正直、なんかわかったようで分かっていない感じがしていますね。雲が厚くなると、光を通さないので黒くなる、という理解になるのかな。
何かご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教授いただけますと幸いです。
ちなみに、黒い雲には雷神風神が乗っているという意見もありました。これも否定できない。もしかしたら僕が見たのは、買物行く途中の雷神の雲だったのかも。
参考:
・yahoo! JAPAN 知恵袋, 『なぜ雲は白いのに雨雲などは、黒かったりするのですか。』
・yahoo! JAPAN 知恵袋, 『普通の雲は白いのに、雨雲はなぜあんなにどす黒くなってしまうのですか?』
・wikipedia, 『雲』
・おしえてねドットコム!, 雨雲が灰色なのはなんで?
「あ!雨雲!!」とは、分かるものの、何で黒いんだ?
「そもそも雲ってチリに水蒸気がくっついてあんなになってんだろうよ。だったらみんな雨雲であるべきだろうよ」というところまでが、僕の知識(笑)
色々調べてみました。
雲とは、大気中にかたまって浮かぶ水滴または氷の粒のことを言うそうです。水滴がかたまって浮かんでいれば、高度に関わらずに雲と呼ぶそうですが、地上を雲が覆った時は、「霧」と呼ばれるようになるそう。霧と雲って、同じだったんですね。
空気中のチリやほこりに水蒸気がくっついて雲を作る雲粒ができるということは、間違いなさそうですね。そのため、チリやほこりが多いと雲が発生しやすく、少ないと雲は発生しにくいそうです。じゃあ雨が欲しい地域では、チリを発生しやすくすればいいのですかね?昔の「雨乞い」で火を焚いていたのは、天にメッセージを送るためだったが、あれはあれで非常に意味があった、と聞いたことがありますが、これはチリを空に運んだから意味があったということになるのでしょうか。マンガのワンピースで「ダンスパウダー」ってのが出てきますが、あれは水蒸気をくっつけやすくする「チリ」ということでしょうか。マンガの中に説明あったっけ??
で、雲の色ですが、これには可視光線(光)が関係しているそうです。光を反射しているために、一般的には白く見える。夕日では赤く見える。となるそうです。
この後に僕の疑問に対して目からうろこの返答がありました!
白い雲は、粒が小さな雲粒が比較的混み合って密に浮かんでいる状態のため、太陽光の反射率が高いために白く見える。そのため、白い雲は雨粒があまり成長していないことになり、雨が降ることは少ない。(引用:wikipedia)
なるほど。白いのは雲だが、雨雲にはなりきれていない少年雲といったところなのですね。
ではなぜ、雨雲は黒いのか。
おしえてねドットコム!というところで質問がされていた。どうやら雨雲が黒いのは、普通の雲より厚いので光を反射率が下がり、目に届くまでに光が小さくなってしまっているので、黒く見えるのだそうだ。
つまり、僕が見た「真白の雲の中の真黒の雲」は、一つだけ厚い雲の層を持っていて、他の雲は光を反射させて通していたのに、彼だけは光を全く通していなかったわけですか。それで、彼だけ黒く見えたのですね。
また、高度も関係しているという意見も。確かに僕の見た真黒雲は、結構低いところを通っていた。あまり低いところを通る雲は、自分で作った影のために地上から反射した光が返ってこないため、黒く見えるんだとか。
正直、なんかわかったようで分かっていない感じがしていますね。雲が厚くなると、光を通さないので黒くなる、という理解になるのかな。
何かご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教授いただけますと幸いです。
ちなみに、黒い雲には雷神風神が乗っているという意見もありました。これも否定できない。もしかしたら僕が見たのは、買物行く途中の雷神の雲だったのかも。
参考:
・yahoo! JAPAN 知恵袋, 『なぜ雲は白いのに雨雲などは、黒かったりするのですか。』
・yahoo! JAPAN 知恵袋, 『普通の雲は白いのに、雨雲はなぜあんなにどす黒くなってしまうのですか?』
・wikipedia, 『雲』
・おしえてねドットコム!, 雨雲が灰色なのはなんで?
春休みに、友人と二人でトルコに行った。僕は海外はヨーロッパしか行ったことがなかったので、「初中東だ!」と思っていたが、トルコも一応はヨーロッパみたいですね。
この旅では、本当にいろいろな経験をした。自分の甘すぎる海外認識を改めさせてくれた。今回は「奇跡」にしぼって記しておく。
イスタンブールに着いたのは夜中だったと思う。僕は飛行機の着陸が嫌いで、すぐに気持ち悪くなる。飛行場に着いたらまずトイレに行った。
ちょっとぼけているが、トルコのトイレマークの写真。ちょっとりりしいのが気になり、撮ってみた。

また、中では、こんな文字が。

「Please help us」とまで書いてあったのに、ビックリ。日本のトイレの節水を呼びかけるレベルとは、ちょっと違うような気がした。
その後、色々と旅をする中で、聖母マリアの家というところに行った。この家は誰にも知られていない家だったのだが、アンナという人がいきなりその家についてを語り始め、調べてみたら本当にあったという話。ここで聖母マリアは亡くなったとされている。

違和感を感じたのは、この後だった。聖水を飲んだり、聖母の像の前でお祈りをしたりしていた。そろそろ行くと言われたので、バスに乗る前にトイレに行こうと思い、トイレに向かった。なぜか僕は、誰にも言わずにトイレに向かった。
近くにカフェを出しているおじさんにトイレの場所を聞き、入ろうとしたときに、気がついた。

りりしさが、ない!!
聖母の前では、みな子供であるということなのでしょうか。お茶目ですよね。この旅で色々回ったけど、僕がこんなにトイレ行きたそうな看板を目にしたのは、ここだけでした。
その土地にある美しさを感じました。こんな写真では伝えきれなくて残念ですが、四方それぞれが違う表情を見せ、その中に包み込まれているように、飲みこまれているように自分が立っている。全く知らず、言葉も通じない土地いる自分が、圧倒的な自然の存在感の中で心を癒すことができる。あの状況で美しさを感じられない人は、いないと思う。
『MASTERキートン』というマンガに、「自分は、自分が抱える世界からは脱することができず、自分と他者がまったく同じことを感じることはできない」と考える学者みたいな人が、あるオーロラを見て「ここにいる全てのものが、この瞬間、同じことを考えている」と確信するシーンがあるのですが(めっちゃ分かりにくてすみません(笑))、何が言いたいのかというと、美しさみたいに個人が評価するものに対して、万人が同じ美しさを感じ「てしまう」というのは、これこそ人が逆らえない力であり、「奇跡」と呼ぶものなんじゃないかなと思うのです。
ちなみにこの場所は、カッパドキアでバギー屋をやっている店があり、バギーでそこの少年に連れて行ってもらった場所です。このコースはリピーター率が高いんだとか(笑) 確かにそうだろうなー。また行きたいもの。
この旅では、本当にいろいろな経験をした。自分の甘すぎる海外認識を改めさせてくれた。今回は「奇跡」にしぼって記しておく。
イスタンブールに着いたのは夜中だったと思う。僕は飛行機の着陸が嫌いで、すぐに気持ち悪くなる。飛行場に着いたらまずトイレに行った。
ちょっとぼけているが、トルコのトイレマークの写真。ちょっとりりしいのが気になり、撮ってみた。
また、中では、こんな文字が。
「Please help us」とまで書いてあったのに、ビックリ。日本のトイレの節水を呼びかけるレベルとは、ちょっと違うような気がした。
その後、色々と旅をする中で、聖母マリアの家というところに行った。この家は誰にも知られていない家だったのだが、アンナという人がいきなりその家についてを語り始め、調べてみたら本当にあったという話。ここで聖母マリアは亡くなったとされている。
違和感を感じたのは、この後だった。聖水を飲んだり、聖母の像の前でお祈りをしたりしていた。そろそろ行くと言われたので、バスに乗る前にトイレに行こうと思い、トイレに向かった。なぜか僕は、誰にも言わずにトイレに向かった。
近くにカフェを出しているおじさんにトイレの場所を聞き、入ろうとしたときに、気がついた。
りりしさが、ない!!
聖母の前では、みな子供であるということなのでしょうか。お茶目ですよね。この旅で色々回ったけど、僕がこんなにトイレ行きたそうな看板を目にしたのは、ここだけでした。
その土地にある美しさを感じました。こんな写真では伝えきれなくて残念ですが、四方それぞれが違う表情を見せ、その中に包み込まれているように、飲みこまれているように自分が立っている。全く知らず、言葉も通じない土地いる自分が、圧倒的な自然の存在感の中で心を癒すことができる。あの状況で美しさを感じられない人は、いないと思う。
『MASTERキートン』というマンガに、「自分は、自分が抱える世界からは脱することができず、自分と他者がまったく同じことを感じることはできない」と考える学者みたいな人が、あるオーロラを見て「ここにいる全てのものが、この瞬間、同じことを考えている」と確信するシーンがあるのですが(めっちゃ分かりにくてすみません(笑))、何が言いたいのかというと、美しさみたいに個人が評価するものに対して、万人が同じ美しさを感じ「てしまう」というのは、これこそ人が逆らえない力であり、「奇跡」と呼ぶものなんじゃないかなと思うのです。
ちなみにこの場所は、カッパドキアでバギー屋をやっている店があり、バギーでそこの少年に連れて行ってもらった場所です。このコースはリピーター率が高いんだとか(笑) 確かにそうだろうなー。また行きたいもの。
昨日、なりけんのバンドを見に行った。
なりけんは、24時間リレーマラソンで、僕らが5時間以上遅れた中で、その間一人で走ってくれていた人。彼がいたから他のチームと競争できるという段階にまでいられることができたし、何よりモチベーションを高めてくれた。その根性や人間性が本当に尊敬できる人。
そのなりけんが音楽をやっているということが判明したので、彼のライブがあった昨日、彼の勇士を見に行ったわけです。
めっちゃ、感動でした。
彼のグループ、天国民(TENGOKUMIN)は、ゴスペルを演奏する。ここのリーダーのMarreという人が、結構変わった経歴を持っていて、牧師やら作家やらと様々な顔を持つ人らしい。
→Marre Official Site
昨日の最後の曲は、おなじみの「Amazing Grace」。その曲ができた背景から、Marreさんはこんなことを言っていた。
「Grace。全ての人にそそぐ神の恵みですよね。大切なのは、この恵みは分け隔てなく、全ての人に注がれているということです。宗教家であろうとなかろうと、何かを信じていようと信じていなかろうと、この恵みは全ての人に、あなたにそそがれているわけです。じゃあこの恵みとは何かというと、空気や水、太陽。土とか木もそうです。つまり、あなたが生きる為に、必要とされているもの。これらは当たり前のようにあなたが生まれる前から存在しているけれども、あなたはこれらによって支えられているということに気づいてほしい。」
確かにそうだと思った。僕が生き続けるためには空気や水、太陽の光など僕の力ではどうしようもないものによって、支えられている。これが存在することは今まで当たり前だと思っていたけど、実はそうでもない。自分にはどうしようもないものが勝手に滅んでくれたら、僕も一緒になって滅ぶんだな。そう思うと、それが神の恵みかどうかは人それぞれ考えればいいが、「それ自体」には、本当に感謝すべきことじゃないか。
今日は良い天気だった。歩いていたら昨日の話を思い出したので、ふと空を見た。
人工物で構成される僕の町は、いつでも変わらない町を見せている。けれども一度空を気にしてみたら、それを含めた町の姿は、凝り固まったいつもの町とは違う姿を見せていた。空は雨を降らしたり太陽光をもたらすので「恵み」だと言われるが、こうした部分も恵みの一面になるのかね。
下記のはなんでもない空の写真。でも、今日の僕にはとても良く取れた写真に思えた。明日もそう思っていられたらいいが(笑) なんにせよ、気持ちいい日だ。
なりけんは、24時間リレーマラソンで、僕らが5時間以上遅れた中で、その間一人で走ってくれていた人。彼がいたから他のチームと競争できるという段階にまでいられることができたし、何よりモチベーションを高めてくれた。その根性や人間性が本当に尊敬できる人。
そのなりけんが音楽をやっているということが判明したので、彼のライブがあった昨日、彼の勇士を見に行ったわけです。
めっちゃ、感動でした。
彼のグループ、天国民(TENGOKUMIN)は、ゴスペルを演奏する。ここのリーダーのMarreという人が、結構変わった経歴を持っていて、牧師やら作家やらと様々な顔を持つ人らしい。
→Marre Official Site
昨日の最後の曲は、おなじみの「Amazing Grace」。その曲ができた背景から、Marreさんはこんなことを言っていた。
「Grace。全ての人にそそぐ神の恵みですよね。大切なのは、この恵みは分け隔てなく、全ての人に注がれているということです。宗教家であろうとなかろうと、何かを信じていようと信じていなかろうと、この恵みは全ての人に、あなたにそそがれているわけです。じゃあこの恵みとは何かというと、空気や水、太陽。土とか木もそうです。つまり、あなたが生きる為に、必要とされているもの。これらは当たり前のようにあなたが生まれる前から存在しているけれども、あなたはこれらによって支えられているということに気づいてほしい。」
確かにそうだと思った。僕が生き続けるためには空気や水、太陽の光など僕の力ではどうしようもないものによって、支えられている。これが存在することは今まで当たり前だと思っていたけど、実はそうでもない。自分にはどうしようもないものが勝手に滅んでくれたら、僕も一緒になって滅ぶんだな。そう思うと、それが神の恵みかどうかは人それぞれ考えればいいが、「それ自体」には、本当に感謝すべきことじゃないか。
今日は良い天気だった。歩いていたら昨日の話を思い出したので、ふと空を見た。
人工物で構成される僕の町は、いつでも変わらない町を見せている。けれども一度空を気にしてみたら、それを含めた町の姿は、凝り固まったいつもの町とは違う姿を見せていた。空は雨を降らしたり太陽光をもたらすので「恵み」だと言われるが、こうした部分も恵みの一面になるのかね。
下記のはなんでもない空の写真。でも、今日の僕にはとても良く取れた写真に思えた。明日もそう思っていられたらいいが(笑) なんにせよ、気持ちいい日だ。

