出来事: 2008年9月アーカイブ

今日大学に行こうとして、最寄り駅を降りてバス停に向かって歩いていた(夏休み中はあまり多く大学には行かないので、駐輪場代を浮かすために自転車は別のところに置いており、バスで行くこと多し。)。バス停にはバスが止まっており、僕の前の人がそれに乗ろうと走り出した。僕も彼に続いて小走りになる。前から同い年くらいの茶髪の二人組が向かって歩いてきて、その隣におじいちゃんがヨロヨロと歩いていたら、そのまま茶髪二人組に話しかけた。何気なく見ると、おじいちゃんの顔から大量の血が流れている。

びっくりした。たぶん二人組もびっくりしただろう。とりあえず僕も駆け寄った。おじいちゃんはパニックになっているのか、何かをつぶやいているが何を言っているのかわからない。ふらふらしてそのまま座り込んだ。

二人組が、

「これヤバいですよね。ちょっと、救急車呼んできます。」

といって、近くのお店に駆けて行った。僕は道の真ん中で座り込んでいるおじいちゃんを、とりあえず日陰に連れて行った。どうやら前のめりに転んでしまったらしい。血も大量に出ているが、皮がめくれて出ている感じ。おじいちゃんもちょっと動揺はしているものの、大きな問題だということではなさそう。

救急車が来て、二人組と彼らが連れてきたお店の人と一緒に、どんな状況だったかを聞かれた。話をして、そのまま「では、ごきげんよう」といった流れで別れた。


おじいちゃんには失礼だが、こういった出来事に関わった場合には、見知らぬ人とでも強い団結力を発揮するものだなと感じた。茶髪二人組の行動は非常にテキパキして、おじいちゃんが血を流しているのを見てから救急車が来るまでは、ほんの5分やそこらだった。

その中でふと思ったことだが、これが外国人だった場合はどうなのだろう。英語で助けを求められたら?どこかが痛いと言っているのに、理解ができなかったりしたらどうなのだろう。英語はともかく、中国語とかロシア語とかだったらまあ大変。近頃は田舎町である大学周辺にも、ちらほらと外国人を見掛けるようになった。そういったことも起こり得るだろうな。もしそうなったら、日本のコミュニティの温かさと安心できるというところを見せてあげたい。



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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