自分: 2008年9月アーカイブ

葛藤

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心の中に、葛藤がある。


目の前のことに集中しようと努めているものの、その葛藤の占める心の割合が大きすぎる。結果、その葛藤による心の騒ぎで手が止まる。

この葛藤を通して思うことは、「悩みこそ人生を豊かにする」ということ。誰かの名言にありそうですが、これいい点を突いていると思う。だって、葛藤をしている心は、「イマ・ココ」にあって、何をしようにもその心に邪魔される僕の意識は、「イマ・ココ」の時間に縛られることになっているわけです。


人間の想像力は、時間も場所も飛び越えて、さまざまなところやモノに意識を旅させることができますね。また、ネットでつながった現代社会では、想像ではなく実際に自分(の意識)を旅させることができるようにもなりました。すなわちネットサーフィンや友達とのチャットやメール、オンラインゲームなどでしょうか。よく大学でネットの発達によって「体はココにあるけど、心がココにない」状態というのが日常化しており、それが問題だとか問題でないだとかいう論議を耳にしました。

しかし、心の葛藤があると、心はどこにも行かせてもらえずにココにつなぎとめられてしまう。「その葛藤に向かって意識が行っているじゃないか!」という反論がありそうですが、そういう感覚ではなく、何か胸が騒々しいのだけど、なぜ騒々しいのかがよくわからない感じ。結果、ただ手を止めて、ぼーっとしてしまうような。

これが誰かと共同作業をしているときには、その作業に心をおけてないことで「イマ・ココ」にいれているとはならないのかもしれないが、今この記事を一人打っている僕のような状況では、何かをやろうにも・考えようにも、何ともならない。ただ呆然として、心が騒いでいるのを時間が過ぎていくのと共に感じているだけような、そんな感覚でいます。


全然気持ちのいい状態ではないですが、何をしようにもはかどらないので、とりあえずは庭で鳴いてる鈴虫の声と心の葛藤している声に耳を傾けてみることにしました。


(しかし「聞いている」ことも動作ですよね。そうすると、これも一つ物事に取り組んでいることになりますよね。そうすると「何も手がつかない・・」というのはおかしいのか??)



風邪ひきました。鼻水が熱く、熱っぽいです。でも、そんな僕にも嬉しい出来事。

出ました自己ベスト!何って、成績です。今日は大学の成績発表の日でした。

今期は正直なところ、「気持ちの空回りと考え違い」が顕著に出た学期だったなと思っていました。「今はこの知識が必要!よし!この授業で手に入れよう!!」なんて考えです。やる気はわかりますが、安易ですよね。授業で知識なんて手に入るわけないじゃない。授業はきっかけをくれるだけで、それを手に入れるために踏み込んでいくかどうかは自分次第。それなのに授業によっかかって知識を手に入れようとすると、ホレ、ついていくのが面倒になる。「この授業、思っていたのと違って何も教えてくれない。」みたいに。結果、気持ちが萎える → 何も身に付かなくなる。

そうなった授業がいくつかあった中で、それでも取った自己ベスト!初めて最高評価が、一学期単位数の過半数を占めました。これは嬉しい!!でも僕は、この結果を二つの視点で捉える。


1、全体的に、学力低下?
2、自分の要点のまとめ方と、相手が意図するところの狙い撃ちスキルが上昇?


1、全体的に、学力低下?
うちの学校は、相対評価です。その中で、僕が今回最高評価をいただいた授業に、自分が明らかに考え違いで授業を選択し、気持ちと実際の授業が乖離する中でやる気を失い、授業を受けに行くよりも単位を取得しに行くようになった授業がありました。「とりあえず提出物とテストだけはやろう」といってやった授業でした。出来は自分ではまあまあだと思っていますが、授業で扱われていた内容と比較すると、自分の提出物の内容やテストの回答などには目も当てられない。それでも最高評価だった。これはつまり、「僕が良い出来」というわけではなく、「全体的に悪い出来で、押し出されるように僕のが良い水準だった」と考える方が自然なのではないか。

2、自分の要点のまとめ方と、相手が意図するところの狙い撃ちスキルが上昇?
一方で、自分の要点のまとめ方が成長してきたのかなという「うぬぼれ」もあります。この授業全体を通して、「要は何を伝えたかったのか」を考えられるようになってきた。それが分かってくるとそれを中心に他のことを関連付けて覚えられたり、「授業内容の理解度を図るテストとしては、この辺りを狙ってくるのではなかろうか」と考えられたりする。さすがに暗記の回答を求めるテストでは全部を覚えなくては対応できないが、意見を求める問題など書かせるものに関しては、対応でき始めてきているのではないか。


僕は1が非常に大きな要因としてあると思います。そう考えると、相対評価の限界も見えてきますね。比較した上での頂点が抱えているものが、あからさまに少ない場合は、比較した頂点に何の意味もないってことになるし。

なんか引っかかっていることがあるんです。これに関して何か言いたいことがありそうなんだが、言葉にできない。とにかく今は嬉しいので、良しとします。


でも風邪がつらい。早く寝よっと。



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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