自分: 2009年2月アーカイブ
安岡正篤さんの一言。
人間には頭と胸と腹というものがある。
よく昔の人は、
「あれは腹ができておる」と言った。
ところが若い人はよく「胸が熱くなる」とか
「胸が痛くなる」と言う。
ところが現代に近づくほど
あまり腹とか胸とか言わなくなって、
頭、あたまと言うようになった。
これは時代の変遷をよく表している。
頭(=知)と、胸・腹(=情あるいは情意)の
どちらが人間にとって本質的であるか、
どちらが根幹でどちらが枝葉であるかといえば、
これは言うまでもなく情意である、頭ではない。
前に「感動できないやつは、死んでいるも同然だ」と言い切っている同年代の男の子がいた。力強い男でした。
「ボケない方法、それは感動し続けること」というのもどこかで聞いた。
「情」だとか「想い」だなんてのは、眼に見えず信頼に足るものかどうかも分からぬもの。
かといって、それが抜けては「人としてどうなのか」ということを、思うようになる今日この頃。会津行きが近い。
人間には頭と胸と腹というものがある。
よく昔の人は、
「あれは腹ができておる」と言った。
ところが若い人はよく「胸が熱くなる」とか
「胸が痛くなる」と言う。
ところが現代に近づくほど
あまり腹とか胸とか言わなくなって、
頭、あたまと言うようになった。
これは時代の変遷をよく表している。
頭(=知)と、胸・腹(=情あるいは情意)の
どちらが人間にとって本質的であるか、
どちらが根幹でどちらが枝葉であるかといえば、
これは言うまでもなく情意である、頭ではない。
前に「感動できないやつは、死んでいるも同然だ」と言い切っている同年代の男の子がいた。力強い男でした。
「ボケない方法、それは感動し続けること」というのもどこかで聞いた。
「情」だとか「想い」だなんてのは、眼に見えず信頼に足るものかどうかも分からぬもの。
かといって、それが抜けては「人としてどうなのか」ということを、思うようになる今日この頃。会津行きが近い。

