教えの最近のブログ記事

「社会を良くする」という言葉があります。僕も良く使ってきました。

しかし、ふと考えるようになる。社会を良くするってなんだろう?

昨日友人と話をしていて、それには二つの点を見つめなければいけないと結論づく。
①今の社会をよく知らないといけない。資本主義社会ってなに?民主主義社会と相容れるもの?というか、今の社会のどこが良くないの?
②「社会」というのは集合体で、概念のような存在。それを良くするには、具体的な小さな問題一つ一つにレバレッジポイントを見つけ、それを良循環につなげるようにしなければならない。

「決める」ことに、少し力を入れていこうと思い始めた僕です。二つの点をよく見つめながら、「社会を良くする」というあやふやなことについて、まずは僕の答えを仮決めしたいです。そこからですな。



昨日報道ステーションで、「ドバイのバブル崩壊」をやっていた。1年前、友人と海外旅行の計画をしていたとき、「ドバイに行って世界の大富豪を目の当たりにしてみるのもいいね」と話していたのを思い出した。もちろん番組編集のせいもあるだろうが、テレビの中のドバイは完全に色あせていた。


そんなのを見ると、僕なんかは、「豊かな人生って何なんだろうな~」とか思ってしまうわけです。
確かに1年前に存在していた「豊かな人生のゴール地点」は、完全にその色を失っていた。それを目にすると、今まで自分の内にあった「豊かさ」の意味に疑問を感じる。今でも僕は「豊かな人生」を望んでいる。だけど、その意味は1年前と変わってきている。

そういえば、近頃「勝ち組」「成功」「幸せ」の言葉が目に入らなくなった。もしかしたら「豊かさ」の意味を問い直しているのは、僕だけじゃないのかも。もしくは、今まで自分の中にあった「勝ち組」「成功」「幸せ」の意味が変わってきているから、それらの刺激・情報に反応していた僕のセンサーが反応を示さなくなったのか。


そんな中、近頃安岡正篤の「小学」を読んでいる。
『人物を創る 人間学講和「大学」「小学」』/安岡正篤著

この「小学」というのは、中国の宋代の儒学者である朱子が先達の偉大な人たちの残したものから範となるものを編集して、書物としたものだそうだ。この小学には、「体現・体得を重んじた知行合一の学問」が記されており、また人間が人間として生きる上で大切なことは何かという示唆が書かれている。

小学では、豊かさを「自分の内に探すよう」にと言っている。今の僕には、この考え方は結構しっくりくる。まあ自分の頭や心が「今の自分は豊かか豊かでないか」を決めているのだから、心を常に豊かな状態にしておけば、外の世界はどんなだろうと関係ないというのも、考えとしてはよく分かる。

でもそれ以上に、僕は外の世界においても豊かでいられ、かつ自分の心にも豊かでいられる答えというのも、やはり自分の内にあるんじゃないかと思います。そんなメッセージを小学から受けている。


社会に出る準備をしている時期に、自分の考え方・価値観を問い直す機会が訪れたのは、ある意味幸運かもしれない。もうちょい自分が安易に使っている「豊かさ」について、考えてみたいと思う。


ちなみに、小学の中にある僕の好きな言葉で、「知識ばかり覚えてはいけない。ただ知識を覚えるためだけに学問をして人間を損なうのであれば、そんなものはしないほうがよろしい。」というものがある。ごもっともだと思う。




今日はThink the Earthプロジェクトのイベント,

[アースコミュニケーション] ~伝える・繋げる・広げるチカラ~ 第1回 広報・広告の視点から

に参加してきた。
Think the Earth オフィシャルサイト


このイベントはNPO,NGOなど、社会の問題に対して気づきを得て、それを広く伝えていこうとしている団体に、「その気づきや想いを伝えるチカラをつけてほしい」ということで開催されているイベント。第一回の今回は、電通のコミュニケーション・デザイン・センターのエグゼクティブ・プランニング・ディレクターである白土謙二さんが講師を務められた。非常にしゃべりが上手な方で、とても楽しい講義だった。

この講義のテーマは「伝えるとは何か」ということ。白土さんから相手に伝えるには、どんな「コツ」があるかという話をいただいた。


僕が印象に残った話は下記。
①メッセージの聞き手には、聞く義務がない
②誰に、何を。
③クリエイティブは天才の仕事ではなく、努力家の仕事
④擬人法を使え
⑤ルールをどう破るか
⑥KY理論(絡みやすい理論)


①メッセージの聞き手には、聞く義務がない
これは当たり前のようで、当たり前に受け止められていない話。特に僕にはそうだった。例えば何かの主張をする時には、メッセージの送り手は「皆が聞いている」と思って話をする。しかし、メッセージの受け手には「その送り手の話を聞く義務はない」。だから、話を最後までしてもしっかりと相手に伝わっているかどうかはわからない。むしろ、メッセージの送り手は「相手は聞いてくれていない」と思って送るべきだという話。

確かにそうだと思った。自分が話し手である場合、何か自分の良く知っていることについてを話す場合、往々にして相手もそれについて興味を持っていたり、知りたいと思っていると考えがちである。
しかし、その時本当に相手がそれについて興味を持っているかは分からないわけで、もしかしたらとても退屈に自分が生き生きと話すことを聞いているのかもしれない。相手には話を聞く義務はないのだから、自分の話をしっかりと相手に届けたい場合は、「相手は話を聞いてくれない」と思って、どうにかして相手に話を聞いてもらおうとして話をするべき。


②誰に、何を。
伝達する上で一番重要になることは、この「誰に、何を。」であるそうだ。ここがブレなければ、相手にメッセージを伝えられる。

参考として白土さんは、30年前のソニーのラジカセ広告のプレゼン資料を見せてくれた。ほんの8ページほどの資料で、これをそのままパンフレットにして全国に配ったものだそうで、十数億のお金が動いた資料なのだとか。で、この資料で述べていることは何かというと「中学生へ、音楽聴くならソニー。」というこ と。あとの部分はこの骨子をより分かりやすく、説得力を持たせるための「装飾部分」だった。

例えば自分の活動を伝えるときには、「相手が誰で」「何を伝えるか」を明確にしておく必要がある。自分の活動とはいえ、いろいろ多岐にわたって活動をしていることもある。そんなときには自分の一番伝えたい活動の内容を考える。そしてそれはなぜなのかを考える。するとその言葉は、コンセプトや理念という言葉に置き換えられるものになるかもしれない。ともかく、伝えるには「誰に、何を。」を考える。


③クリエイティブは天才の仕事ではなく、努力家の仕事
これは自分にとって勇気をくれた話だった(笑) 白土さん曰く、新しいものを生み出すのに必要なことは才能ではなく、努力の積み重ねなのだそうだ。白土さんはコピーライターとして長く活躍をされていたが、その時に「コレだ!」となる発想は、様々な情報を受けながらコピーについて考え続けた結果として生まれたものであったそう。「24時間、寝るとき以外は常に何か情報を探して考えていた」と白土さんは言っていた。

また白土さんは、クリエイティブとは「作ること」ではなく、「作る方法を見つけること」だと言う。例として挙げられていたのが、クロネコヤマトの不在届の紙。あの紙の一部が、猫の耳に切り取られているのをご存知か?あれを考えたのは、クロネコヤマトで働かれている障害者の女性だったそう。「普通の健常者にとっては同じでも、眼が不自由な障害者にとっては有用なものになるように」ということで、端を切り取ることで不在届だと分かるようにしたのだとか。「これは何かを作ることではないけれど、非常にクリエイティブなことだと思いませんか?」と白土さんは言う。この障害者の女性の方が、「障害者の視点から」業務を観察し、いろいろ考えた結果に新たな方法が見つかった。「このプロセスを指して"クリエイティブ"と呼ぶ」と白土さんは言われた。


④擬人法を使え
擬人法とは、とても便利な相手に印象を与える方法なのだとか。たとえば、

「ドアを開けると、彼が花束を持って立っていた。」

という文章を、

「花束がドアを開けた」

という擬人法を使った文章に置き換えてみる。こちらの方が、どこか「ドキっ」とさせられる文章になってはいないか。また、

「草木も眠る丑三つ時」

とかも、草木すらも寝ている時間ということで、何時を指しているかはパッとは分からなくても、かなりの深夜なのだろうなと予測させる。これが擬人法の力なのだとか。使ってみよう。


⑤ルールをどう破るか
僕としてはこの話が一番面白く、自分自身に目を向けることになった。白土さん曰く、「ルールを破る」ということは、「自分がやることは何かを認識した上で、それ以外は本当にしてはいけないことなのかを疑うこと」なのだそうだ。

最初に、400字の原稿用紙に「自分のいいところを書いてみてください」と言われた。なんかやるのだろうから、読み上げられても恥ずかしくない自分の側面を書いた。しかし、この問いの白土さんの一点。「原稿用紙に、「字」を書いたか否か。」

40人ほどいた教室の中で、唯一一人だけ、「自分のいいところを書いてみてください」という指示に対して「字以外の表現」で自分のいいところを表した。しかし、それ以外の人はみな、自分のいいところを「字」で表現した。白土さんは、これは「日本の高い教育による賜物」とする。僕たちはみな、小学校の頃から原稿用紙を出されれば、「字を書くもの」と判断し、行動をするように教えられてきた。学校の作文で、「字以外の表現」で作文を書いたりすれば、先生から厳しい問いただしを受けるだろう。「なぜこんなことをしたのですか?」と。

もちろんこれが間違っているわけではないし、原稿用紙は字を書くためのものでもある。しかし、「人に自分を伝える」というゴールを一番において考えてみれば、「字もまた、ひとつの手段ではないか。よりいい手段があるのではないか。」と考えられるのではないか。

今、友達とメールをやり取りする間、僕らは結構絵文字を使いますね。僕らは感覚的に、絵文字を使った方がより豊かな表現ができると知っているから使っているわけで、「人に伝える」ということに限っては、そういった「文字表現以外」を取り入れることも望ましいかもしれない。そこに行きつくためにも、まず疑うべきは、「この原稿用紙は字を書くためのもの。では、字以外を書いてはいけないのか?」ということ。そして、「NO!」という答えを出し、実際にやってしまうことが非常に大切になる。


⑥KY理論(絡みやすい理論)
これは白土さんの友人が唱える理論だそうだが、人に何かを伝えるにあたっては、「絡みやすさ」が大切になるそうだ。あえて突っ込み所を残しておく未完成さとも言える。例になるのが、ソフトバンクのCM。あれを見ると、「なんでお父さんが犬なの?」とか「なんでフランス語しゃべれんの?」「元人間なの!?」「犬も職業!?」とか、いろいろ突っ込み所が満載である。そのあえて隙を作っているところが「KY(絡みやすい)」ところだそうで、その部分を意図的に作れるかどうか(もちろん単に未完成なのと、あえて未完成なものとは違う)。それによってコミュニケーションに相手が入ってこれるかどうかも大きく変わってくる。



とても面白いイベントだった。会が終わって思ったことは、コミュニケーションの手法とは、「相手は聞いてくれないから、どうしたら相手が興味をくれるか。そして話を聞いてくれるか。」を色々考えて、フレームワークに落とし込んだものなのではないかなということ。そう考えると、「相手は聞く義務がないから聞いてくれない」ということを念頭に置いていれば、自分でもあの手この手で相手に自分のことを伝えられるかな~と思ったり。そして目的のために、ルールを破れるかということでもあり。

よかった。次は何を得られるか楽しみだ。



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9月14日から15日にかけて、会津若松を訪問してきた。今回の旅は「会津のアツい大人」をインタビューすること。僕たちはこの「アツい大人」という言葉の定義を、「自身の人生背景から社会・個人の問題点を見出し、その解決に向けて人生をかけて活動している人」としている。前回インタビューさせていただいた人も、みな「アツい大人」としてインタビューのお願いをさせていただき、話を伺ったわけです。


今回最初にインタビューをさせていただいたのは、アルテマイスターという仏壇を取り扱う会社の執行役員である飯束時雄さん。飯束さんも、これまた腰の低い人であった。「自慢・高慢、バカのうち」なのだな。凄い人には「謙虚さ」が必要ということは、会津で学んだ良いこと。 →アルテマイスター公式HP

このアルテマイスターは創業1900年(明治33年)という長い歴史を持つ会社。昔ながら仏壇の製造から塗り、販売までをやっている会社であり、今ではそれは国内唯一のメーカーになってしまったそうだ。さらに、近年では「変わらぬ祈りの新しいかたち」をテーマに、インテリアデザイナーの内田繁氏による「新しい仏壇」や「新しい位牌」が発表され、展開されている。


このインタビューではいろいろ聞きたいことがあった。一番単純に疑問に思っていたことは、「そもそも、仏壇って形を変えていいの?」ということだった。

仏壇の形を変えるのには、もちろん理由がある。それは、「現代のライフスタイルに合わない」こと。東京の様にマンション・アパートの中に仏壇を置くことは難しいし、核家族化が進んだ中では、家に仏壇がないことはめずらしくない。(我が家にもない)その中で、「新しい時代・ライフスタイルに合った形の仏壇・位牌が必要だ」と考えられたそうだ。

僕は最初、これに抵抗を感じた。というのも、仏壇とは「あの形だから、意味があるのではないか」と感じていたからだ。つまり、あの形であるからこそ、亡くなった先祖が住み、お祈りを捧げる対象になるのではないか?それがいくら有名デザイナーの作品とはいえ、なんでもかんでもモダン化してしまっては、ましてや位牌までモダンな形になってしまっては、「仏壇である必要性」が無くなってしまうのではないか?、と感じたわけです。

とはいっても、今の仏壇は大きすぎて、現代のライフスタイルに合わないというのは事実。「やっぱり企業生き残りのためにはそういう展開の仕方は必要だよな」と思っていたところ・・・・・・アルテマイスターの考えは、向けている対象が違うことに気がついた。


彼らが対象にしているのは、仏壇うんぬんではなく、「そこに祈りがあるかどうか」。


祈りとは、僕みたいに都会生まれ都会育ちの人間には、バカに聞こえることかもしれない。それは目に見えず、効果があるのかないのか分からない非合理な行為で、ある種宗教的な響きが強い言葉である。ではその祈りとは何なのか?何の意味があるのか?飯束さんは、「祈りは大きなつながりを意識する行為であり、感謝の気持ちを持つ行為である」と言う。そして仏壇は、その祈りを行う場なのだそうだ。


昔の仏壇とは、「祈る場」という役割を持ってそれぞれの家に存在していたらしい。その祈る目的とは、様々なものへの「感謝」。「この世に生を受けたことに対する感謝」や、「一日を始めさせてくれ、その日一日を無事に過ごせたことに感謝」、「親や友人、先祖や子孫にまで対する感謝」などであった。ちょっと宗教的な言い回しにはなるかもしれないが、「自分は大きなつながりの中で生かされているんだな」という意識を日々確認させるということを、「祈る」という行為をさせる場所として存在することで、仏壇は行っていたそうなのだ。

しかし、江戸時代の「寺請制度(檀家制度)」が制定されたことで、「全ての人はどこかの寺の檀家になること」という法律が定まる。これにより寺院は経営を安定させるが、同時に寺院の堕落が進み、制度制定前は一周忌から三回忌くらいまでの追善供養が一般的だったのに対し、制定後は三十三回忌まで増える。こんなに追善供養が必要なのかと言う人々の批判が"葬式仏教"(葬式のときにしか必要とされない仏教。日本の仏教を揶揄して呼ぶ)として認知されるようになったそうだ。さらに今では日本は仏教国ではないため、葬式時の形式として仏壇が残り、「葬式のときに必要なもの」として認知されるようになった。

つまり、本来の仏壇のあるべき姿は、今の日本で認知されている仏壇のものとは大きく異なったものであるのだ。

もちろんもはや仏教国ではない現代日本において、仏壇を敬遠する方もおられるかもしれない。それはそれでもちろんいいのだが、それでも、飯束さんは「今の人々には仏壇、もしくはそれに代わるものが必要だ」と言う。なぜなら現代社会、特に東京などの大都市において、「祈りと感謝の欠如」は広く見られるからである。ではなぜ、「祈りと感謝」は欠如したのか。答えはいろいろあるだろうが、今の僕としては、「命と命のコミュニケーションから、大きな力を感じることが無くなったから」のように感じる。


昔の日本は農業大国であった。その中で、農業とは紛れもなく「命と命のコミュニケーション」であった。間違いなく同じに田植えをし、稲を見守って育てても、「今年は豊作、来年は凶作」となってしまっていた。その中で、自分では影響を及ぼせないプロセスとそれを働かせていると思われる"大きな力"に対して、「豊作をお願いします!」という祈りと、「(豊作で)ありがとうございます!来年もよろしくお願い致します」という感謝の気持ちは生まれたんじゃないかと思っている。また、ご飯を食べるときに「いただきます」、食べ終わったときに「御馳走様でした」という言葉が出ることも、「頂く」ということに対する感謝、「料理を作る際に走り回ってくださったこと」への感謝というのが根付いていたのだと思う。

しかし現代農法は、「安定供給・大量生産」のために農薬や化学肥料によって農作物を「コントロールする」。この改善によって、現代農法では毎年安定した量の作物を収穫するに至っており、今の僕たちの食生活を支えてくれるようになったが、この間に「命と命のコミュニケーション」のプロセスは消え、"大きな力"に対する祈りや感謝も消えてしまったんじゃないかと思う。


その中で、仏壇を「祈る場所」として認識した上で家に置いてあれば、「祈り」をする習慣が生まれる。ただ毎日祈ることを繰り返すだけでも、何かに対して「感謝」の気持ちが芽生えてくる。それでいいのだそうだ。

「別に仏壇でなくてもいいのです。家のどこかにでも、「祈りの場」があればそれでいい。今欠如してしまっている祈るという習慣。これが広がれば、日本社会に様々なものに対する「感謝の気持ち」が再び芽生えてくる。そうすれば、近頃起こっている怖い事件もなくなり、いい社会になるのではないかと思うのです。」と飯束さんは言う。


僕自身、「祈る」ということをしっかりと考えたことがなかった。僕は日頃から熱心に祈ったりはしない。でも、今回のインタビューを通して、自分が大きなつながりの中にいるんだということに、改めて気づいた。そのつながりを意識すると、先祖に「ありがとう」という気持ちも生まれてくるし、こうしてパソコンを開いていていられることに「電気を作ってくれてありがとう。このパソコン作ってくれた人ありがとう。」という気持ちにもなる。生活のあらゆる場面で僕が使うものを通して、「生かされてるんだな」と感じることができ、それにも「ありがとう」と思えるようになる。そう考えてみると、「祈る」というのは意識的なもので、非常に身近にある行為なのかなとも思えてきた。


正直分かったような、分かってないような。「コレが祈りだ!!!」と言えないからなんだろうけど。それでも、仏教徒でない僕にとっての「仏壇の必要性」が腑に落ちたことというのは、非常に良かったなと思います。




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今日は、陶芸家宗像利浩さんの個展を、日本橋三越本店に見に行った。

宗像利浩さんは、享保四年(1718年)から続く宗像窯の八代目当主であり、僕が会津でインタビューをさせていただいた人。宗像さんは1997年の日本陶芸展で自身の名を含めた作品「利鉢」で準大賞を受賞し、その後2003年の同展覧会では文部科学大臣賞を受賞した。また、宗像窯伝来のにしん鉢は、六代目豊意氏の時にベルギーで行われた万国博覧会で最高賞のグランプリを受賞し、今でも国内国外からの注目を浴びている。宗像窯への秩父宮妃殿下の来訪もあったらしい。(ちなみに、宗像窯のにしん鉢は先日銀座の松屋銀座で行われていた「DESIGN BUSSAN NIPPON展」でも福島の物産としても出品されていた。)


その宗像さんは、本当に腰が低く、言葉を選んで話をしてくれる人。会津でインタビューをした際も、陶芸について何も知らない僕たちが発する初歩的な質問に対して、一つ一つ丁寧に答えてくださった。(インタビューについても、いずれまとめます。)

宗像さんが陶器の作り手として追い求められていることは、「用の美」だという。つまり「美」は作品としての茶碗や壷にあるのではなく、使われる過程の中に「美」があるということ。使われる中で茶碗が視覚・触覚に存在感を放ち、それが食事と一体となって食事を美味しくさせるところに、「美」あるというのだ。宗像さんは、「自分にとって出来がいいとか悪いとかはあるけれど、使われる方が自分にとって一番いい茶碗を選んで、それを大切に使われれば、次に自分が見た時に「いいと思うもの」と「悪いと思うもの」が逆になっていることがある。」と言う。それくらい使われる中で陶器(ここでは茶碗)が変化していくのだそうだ。


今日改めて宗像さんの作品を見させていただいて、やはり「本物」という存在感があった。特に触ると違いが分かる。肌ざわりはもちろん、手にのせた時の重さや重心に一つ一つ個性があって、自分に合うやつを見つけると、持っていて本当に「気持ちいい」。さらに上薬のかかりかたなどでいろいろな表情をしていて、「これにご飯よそったらどんなになるんだ?」と想像すると、それぞれ違ったイメージと美味しさが浮かぶ。

ちょっと余談だけど、「本物」ってその人の感覚に今までになかった感覚を植え付けるもののような気がします。評論家じゃないからうまく説明はできないけれど、「本物」は、作品にある色や形が持つ「きれいだなあ」という感覚に、さらに深い意味を付け加える。その意味は言葉ではうまく言い表せないから「きれいだなあ」しか言えないのだけれど、でも自分の「きれい」の意味の中に今までに感じられていなかった感覚や感情が残る。「ああ、こういうきれいさがあるのか」みたいな感じ。
さらに作品かはその作り手の想いだとか熱意、緊張感といったものが染み出しており、それにまたドキドキさせられる。もし自分でそういう力を持つものに出会ったならば、それは「本物」と呼んでもいいような気がしました。分かりにくくてすみません。

今日が初日だったのに、ウン十万の茶碗や鉢のほとんどに買い手が付いていた。一つ「これ欲しい!!!」と思った茶碗もあったが、自分が欲しいカメラが3つくらい買える値段なので、とりあえず触りまくって持ちまくって、感覚だけでも持ち帰ってきた。


個展の中で、宗像さんが時間を作ってくださったので、また少しお話をさせていただくことができた。今回のお話の中で非常に印象的であったのが、「自分を追い込む環境にいられるならば、それを幸せに思え。」ということ。

宗像さんは「自分の理想とするまであと少しだと分かっているんだけれど、その少しが遠い」という経験を幾度もされてきたそうだ。その間は苦しくて、もう無理じゃないかと何度も思われたそう。また話されてはいなかったが、そこには宗像窯八代目としてのプレッシャーや責任が重くのしかかっていたことは容易に想像できる。しかし、そういう時宗像さんは「これはチャンス。自分自身に革命を起こせる大きなチャンスである。」と考えるそうだ。


「人は自分の最大限の力は出せないもの。その力というのは、ギリギリまで追い込まれなければ出てこない。ということは、そういう苦しい時は自分の最大限の力を引き出すチャンスになる。その苦しい時を越えられたなら、その時は自分が今まで届かなかったものに届いているはず。」


やはり幾度とそれを体現されている方の言葉には、説得力がある。自分はどうなのかと振り返ると、お恥ずかしい限り。まだまだ自分を追い込めていない。都合のいい言い訳を探して、自分を正当化ばかりしている。


さらに、100キロマラソンと50キロマラソンをした人の例をあげられた。あるグループが100キロマラソンをしたのだが、ゴール直前に苦しくなり、ゴール出来なかった。とりあえず最初は50キロマラソンから始めようということで同じグループで50キロマラソンに挑戦したのだが、結局50キロマラソンでもゴール直前は苦しかった。

宗像さんは、掲げる目標は常に、「妥当な目標のはるか上」に設定しているそうだ。これもマラソンの例えと一緒で、「どうせやるなら高い位置にしておいた方がパフォーマンスは高くなるし、大変なのはどちらも一緒だから。」という理由だそう。昔、「100点を取りにいかないと、80点は取れない」という名言があったけど、やはり目標を高くし、そこまで行ってやろうとする中で、いいパフォーマンスが生まれてくるということだろうか。


個展で触れた「本物」に感動しきっていた僕だが、それを生み出している人は「追い込む」という言葉を大切にされていた。この「追い込み」→「不安・苦しみ」→「自分革命」→「追い込み」→・・・・というサイクルが、「本物」を生み出しているのだなー。そうすると、自分にもこの「追い込み」次第では、まだまだ隠された力を表出化できるということになる。これはまたワクワクしてくる。




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友人が「これ、般若心経を限りなく分かりやすくした本だわ!」と言って見せてくれた。

母がクリスチャンであり、僕もキリスト教の考え方が強い人間であるのだが、読んでみると、本当に分かりやすく、しかも面白い。まえがきに書いてあるが、般若心経「思い切って」現代語にしたのだとか。意訳も意訳、「超」訳だそうだ(笑) しかし、それによって般若心経がすごく身近になり、仏教の知恵を僕に届けてくれた。

僕の心に残ったものをいくつか。


不生不滅(ふしょうふめつ)
人は不安を抱える。しかし、その不安とはどこにあるのだろうか?心の中にある?でも、そのどこにあるのか?どこにも見当たらないでしょう。探してどこにも見当たらない不安など、もともと存在しないということ。「ないもの」に怯えていても、しょうがないということ。

これに関して、前にイギリスの有名な医者の、「明日の自分に鉄のカーテンを引き、昨日の自分に鉄の扉をしなさい」という言葉を読んだことがある。彼が言っているのは、「一日の区切りで生きなさい」ということだった。つまり明日も昨日も想像でしかなく、自分が認識できる「自分という存在とその人生」は、イマ・ココにしかない、「ならば今を生きなさい、さらに自分を一日一日に区切ってその日の自分を懸命に生きなさい。」ということが彼の教えなのです。「昨日の失敗は昨日の自分の失敗であり、今の自分とは関係ない。明日の自分の心配は、明日の自分が考える。今の自分とは関係ない。」そう考えられるかどうかです。これは結構大切な気がしています。もちろん失敗を反省し、次に生かさなければ成長なんてないのは百も承知でしょう。計画的な準備も必要なのは当たり前。しかし、「心配」だとか「おびえ」だとかいうものについては、「今の自分には関係のないこと」と考えられれば、それだけで心に余裕ができる。その余裕を作り出せる考え方ならば、それは素敵な考え方だと言わざるを得ないし、それは採用していきたい(笑)


色々あったけれども、もう一つ。これも非常に共感できる知恵。


「死は不幸ではないと信じたい。なぜなら死は誰にでも訪れる。人は死に向かって生きている。死が不幸であるならば、人は不幸に向かって生きていることになる。それじゃあ、おかしいだろう。」



ふと思い出したので、記しておこう。


あるプロジェクトで、制作物を作ることになったときのこと。僕をサポートしてくれた人は、プロとして活躍されている方。

結構専門的かつ、難易度の高いことを言ってくるわけです。ちょっと不安になった僕が、

「そうですか。ただ、その辺あまり経験がなくて、正直不安です。レベル的にも、未経験者との違いが分からない程度ですなんで。。。」

と言うと、

「そっかそっか。まだ学生さんだし、学びの時期だしね♪全然大丈夫だよ!!のぼってくれば♪」

と陽気に返された。

この「のぼってくれば」という言葉に、意表を突かれた。つまり「今、できなくて全然構わない。最終的にできていれば。」ということ。これを言われて、何も言葉が出てこなかったのを覚えている。


最初から何でもできる人なんて絶対にいないわけで、皆必ず「出来ない」から「出来る」へのプロセスを踏んでくる。だから、言われた時点で「何でもできる人間でいる必要はない」。最終的にできていればいい。その考え方を受け取った時、とても「なるほど~~~~!!!」と思ったのを覚えている。

でも、プロのレベルまでのぼってこいなんて言ってるわけですからね。「簡単に言わないでほしい」と思ったのも事実。



前の記事を書いていて感じたことは、学生期とは大いに「内省を繰り返す時期」なのではないかということ。自分の中にある価値観や感性というものを覗きこむように努める。

自分の中の価値観だなんてそう簡単に見えてくるものではないし、どこまで行ったら「見えた」と言えるのか分からないものではある。しかしそのプロセスを経ることこそが昔の会津の人が志を立てる際に行ったことであり、彼らが元服の前、つまり昔の成人になる前に行ったのであれば、現代では社会に出る前の僕らの学生期こそ、それを繰り返すべき時期になるんだなと思ったわけです。

大学に入った際、「学生期は、社会に出る前の心残りを無くしておくための、遊びの時期だ」と言っていた先輩がいたが、それも一つの学生期の捉え方であり、これもまた一つの捉え方。


ちなみにだが、「内省って何だろう?」と思ってググってみたら、筑波大学付属高校の校長先生の終業式での挨拶が出てきた。内省と反省について。これ、すごく面白いです。「なるほど」と思います。読んでみてください。
平成14(2002)年度終業式 学校長挨拶



8月23日から24日にかけて、また会津を訪問した。今回の訪問では、「東京に必要な会津の精神性」をキーワードに、何かに「懸命な人」にインタビューをしてきた。ここでもまた、本当に素敵な考え方、ものの見方をいただくことができた。


今回は二日で5人の方々にインタビューをさせていただいた。その中の一人で、今回唯一の農家さんであったのが、米農家をやられている新田義則さん。 → 新田さんについて

新田さんは、「日本のコメが、日本を救う。世界を救う。」と主張する。これだけを聞くと、「まあ、米農家だからね。そういう意気込みで作るよね。」とか思わ れるだろう。僕もそう思った。ところがどっこい。新田さんのすごいところは、「なぜ」を探求し、その解決策を思案し、実行に移す農家さんであるというこ と。

新田さんが「日本のコメが世界を救う。」という観点から取り組まれていることについてはひとまずは置いておいて、新田さんのインタビューの中から、特に僕が感動し、「やばい!オレどうしよう!!!」と思ったことを一つ紹介。

それは、「志を立てる」ということ。


論語の中に、「我、十有五にして学に志す」という言葉があるそうです。孔子は15歳の時に、学問で生きていこうと決心したということらしい。その中で、孔子 の教えを藩校で教えていた会津藩は、子供が15歳になった時に、自分の今後の人生を決めるという意味合いで「志を立たせる」ということで、「立志式」を行った。(その式の名前を「元服」という。)子供には立志式を行う前までに、「自分は何のために生まれ、今後の人生で何をなすべきか」を繰り返し自問し、一つの答えを導き出すことが求められていた。昔は世襲制だったので仕事は決まっていた。そのため、その仕事には一生関わっていかなければならないので、その仕事を通して何をなすべきかという ことは、非常に大切なことだったのだろう。それは今でも変わらないのではないか。

そしてその志を一度立てると、後はそれを懸命に貫き通すことが大切であった。新田さん曰く、以前の記事に書いた会津の「什の教え」の中の「ならぬものはならぬ」という言葉の中には、「一度決めたことを覆すこと」は「ならぬ」という意味も含まれていたという。「自分で掲げた志を覆すことは絶対にならぬ。ならぬものは、ならぬことだ。」という、否定を否定する肯定的な意味も含んでいたのだそうだ。


もちろん現代社会は世襲制ではないので、自分がすることを一度決めたら覆してはいけないなんてことは、どだい無理な考えだと思う。今の時代にとって様々な経験を通して、自分に必要なことや大事に思うことを模索することは、とても重要なことだ。しかし、この話を通して僕が「やばい!」と思ったの は、昔と同じだけの「自問自答を行えているか」ということである。


当時の会津の人は(他の藩の人は知らない。ここで「武士は」と言わないところがミソ。これについては別記事で。)、それだけ自分の人生について、一生懸命考えていた。孔子が15歳で人生を決めてしまったとばっちりを受けてか、会津の子供たちも自分の人生の大筋を15歳までに決めなくてはならないことになった。しかし、それまでに一生懸命自分にとって大切なことを考える。人であるために大切なことを考えた上で、それでは自分が何をなせるかを考えた。では今の時代の、15よりも7つも上の僕は、「自分の人生の今後」について 一生懸命に考えられているだろうか。


今の社会は変化が光速だし、志を明確にしてしまうには選択肢や考えるべき立場がたくさんあるし、自分のやりたいことや達成したい目標なんてのは二転三転するし、、、などと色々な当時との違いが思いつくが、大切なのは「その考えるプロセスから逃げないこと」であると思う。色々な検討材料はあるけれども、とりあえず自分が生まれた理由は何か。自分が成し遂げたいことは何か。それを考える。また、人間 にとって大切なことは何か。自分にとって大切で、他人にとって大切なことは何か。そういったことも少しずつ含めながら、考える。それを考えていく上で考慮 しなければならないことに出会ったら、それを含めた上でまた考え直す。そのプロセスをふむ重要性は、昔も今も変わらないと思う。


じゃあなぜ志を立てることの意味は何か。自分なりに考えてみた。

今の僕の答えは、志を立てるにあたり、自問して考えるプロセスを踏むことで、「自分だけの目標」を見出すことができる。目標が見いだせれば、人生に意味が生まれ、日々が楽しくなる。だから、志を立てる。これです。


「志」 という言葉は知っていたけど、それを立てることがこんなに大切なことであったとは、初めて知った。僕の場合、「自分を幸せにするために、他人を幸せにする」と言うけれど、それは具体的にどんなことをイメージしているのか、何をしたらそれが達成できると思っているのか。それを通した社会を、僕はどう想像し ているのか。色々考えることあるな~。

少しずつ答えを磨いていこう。とりあえず今は、寝よかな。



イマ・ココの「遊び」を書いたら、Aがコメント・補足をくれました!!知見が広がる!!テンション上がる!!!



その中で、昼食の時にそこで「おもちゃ」についての研究をしているAら数名と、「遊び」について話をした。彼も僕と同学年。彼は、現在のデザインされた「おもちゃ」やそれに基づく「遊び」について、危機感を抱いているという。

>うんうん。「デザインされている」はここではイコール「目的性の内に位置づけられている」っていうことね。あと、危機感っていうより違和感かな◎

Aは、「「遊び」というのは、イマ・ココでのみ行われる創造的行為であるべき」だと言う。「遊びってどこからどこまでを言うのか、分かる?」と聞 かれたが、そう聞かれてみると、良く分からない。何かに取り組み始めた瞬間を、遊びというのか?しかし、何も取り組まない遊びもある。wikipedia には「遊びは目的を持って生物がする行動の総称」と書いてあったが、「遊び」の行為自体に目的はないことはままある。楽しいことが遊びという感じもする が、遊んでいて楽しいことばかりじゃなかった記憶もあるし、仕事でパソコンを叩いていることの方が楽しいことも多い。これは遊びに入るような気もするが、 これが「遊び」なのだろうか?

>「遊び」は二つの意味で使われてるんだよね。一つは「行動様式として遊び」で、これは仕事、勉強、食事とかと並ぶ項目としての遊び。二つ目はその人が今どんな状態にあるかという意味での「存在様態としての遊び」。
「どっからどこまで?」っていう質問は、上の二つの区分を考えるいいポイントかなって思って。たぶん前者の行動様式として遊びを見たときは、「宿題終わったら遊ぼっかなー」みたいな言い方が出来る。一応時間軸でもだいたい区切れるわけだよね。で、たぶんこっちの解釈の方がいろんなビジネスとか教育 の対象になりやすいんよねたぶん。時間で区切れるとカリキュラム化出来るし、一つの行為のパッケージとして見られるからだから幼児教室で遊びを通じたお勉強なんてのもあるし、遊びを通じた何か。という発想が生まれると思うんだ。




その中で、Aが問題視しているものは、「例えばおもちゃを与えた場合、遊びの始まりと終わりが限定され、さらにその目的や行為自体もデザインされ てしまう」ということ。つまり、何もない状態での「遊び」はどこからどこまでか分からない状態、また何をすれば遊びなのかも分からない状態のものだから、 色々なことを、色々な方法で取組み、個人個人それぞれがその行動を「遊び」と認識する。しかし、目的を持ってデザインされたおもちゃがその遊びに関わらさ れると、そのおもちゃによって遊びの方向性や、やり方、始まりから終わりまでが決められてしまう。それでは、イマ・ココでのみ行われる(生まれる)はず だった遊びが、そのおもちゃが開発されたその時から、一様に同じになってしまう。もちろんそのおもちゃの目的・使い方を超えた新しい使い方を生むことがで きれば、それは遊びの創造的行為となるが(パッと思いついたのは、縄跳びをムチとして使うこととか??)、それを超えるのは容易ではなく、またその超える 対象としてそのおもちゃが存在してしまうため、今までのような自由な遊びは無くなってしまう、ということだそうだ。

>「例えばおもちゃを与えた場合、遊びの始まりと終わりが限定され、さらにその目的や行為自体もデザインされてしまう」っていうのは、目的をもって与えられて遊んだ場合、その遊びが目的的になったり行為(意図的行動)に絞られてしまわないかという事ね。そもそも遊びに目的ってないはず(?)
「それを超えるのは容易ではなく、またその超える対象としてそのおもちゃが存在してしまうため、今までのような自由な遊びは無くなってしまう」っていうのはちょっとちがうかも。商品玩具でも石ころでも、本来それを越えたところにおもちゃ性を見出すのは子供の十八番だよ。だから本当は、コドモ にとっては自然な事のはずなんだけど、大人の既成概念や説明書や教育的な目的性を帯びた環境要因などなどが作用してそれを難しくさせているんじゃないかなーって。

Aは、「元来遊びは、イマ・ココの創造的行為であった。デザインにより遊びを狭められたら、つまらないだろう?それを作ったヤツに遊びを制限されてしまうなんて。そうじゃなく、様々なモノを遊びのツールとして捉えることが重要。」だと言う。

>「様々なモノを遊びのツールとして捉えることが重要。」=>「様々なモノに元から与えられている意味や目的を剥がしたり塗りかえたりして、改めて素材化・おもちゃ化することが重要。」ってかんじかな◎

彼が今後行おうとしている企画が、「手持ちの全てのモノを、コマにしてみろ」というもの。カバンだろうが、メガネだろうが、靴だろうが、パソコン だろうが(これはちょっとヤダ)、なんでもコマにしようと思えばできる。回そうと思えば回せる。コマは回すために作られたから回りやすいけど、そんなんいくらでも乗り越えることができるということを伝えたいんだと言う。

>よくおぼえてるね。w
そう、ボクらの生活にはモノが溢れていて、ほとんどすべてがデザインされているけれど、それに従う必要は無い。ましてや遊びの世界におけるモノのあり方、つまり「おもちゃ」の存在を考えるならなおさらの事よね。

面白いですよねー。今までこんなに「遊び」についてを考えたことはなかったです。よくよく考えてみると、テレビゲームなんてのはもちろんのこと、 色々な遊びについても、デザイナーの人とかがデザインしていて、その制作物(おもちゃ)に「遊ばれている」とも表現できますよね。そうではなくて、イマ・ ココの創造性による「遊び」でこそ、自分で「遊んでいる」とも言えるし、メリットとしては一つのものから多様な遊び方を発見できる洞察力や色んなことを楽 しくできる創造性もつくかもしれない。テレビゲームと野球しかやらなかった僕には、わからないですけど(笑)

もっとも、おもちゃによる遊びが悪いわけではないですよね。おもちゃやゲームによって、どんなに娯楽性が増えたことか!!また、頭が良くなるよう に作られたおもちゃ(知恵の輪)とかもあるし、また、wikipediaの言うように「何のために遊ぶか」を重視すれば、自分で創造的に遊ぶより、おもちゃに「遊ばれた方が」全然いい時もある。

>うん、そういうとこはもうさんざん作られてきたし注目されてきたじゃん。エンターテイメントとか、テーマパーク、テレビゲーム、ネットゲーム、知育玩具その他いろいろ。
でも、遊びの一番生々しくて土臭い人間くさい部分ってもっと違うとこにあるんじゃないだろうか!!というのが僕の叫びかな。別に商品玩具もエン ターテイメントも好きだし、自分のこどもにも買うとおもう。でも「遊び」を全体として論じるときに、なーんか大事なとこ忘れられてる気がしてさ。その辺の違和感が出発かな。



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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