教え: 2008年8月アーカイブ

ふと思い出したので、記しておこう。


あるプロジェクトで、制作物を作ることになったときのこと。僕をサポートしてくれた人は、プロとして活躍されている方。

結構専門的かつ、難易度の高いことを言ってくるわけです。ちょっと不安になった僕が、

「そうですか。ただ、その辺あまり経験がなくて、正直不安です。レベル的にも、未経験者との違いが分からない程度ですなんで。。。」

と言うと、

「そっかそっか。まだ学生さんだし、学びの時期だしね♪全然大丈夫だよ!!のぼってくれば♪」

と陽気に返された。

この「のぼってくれば」という言葉に、意表を突かれた。つまり「今、できなくて全然構わない。最終的にできていれば。」ということ。これを言われて、何も言葉が出てこなかったのを覚えている。


最初から何でもできる人なんて絶対にいないわけで、皆必ず「出来ない」から「出来る」へのプロセスを踏んでくる。だから、言われた時点で「何でもできる人間でいる必要はない」。最終的にできていればいい。その考え方を受け取った時、とても「なるほど~~~~!!!」と思ったのを覚えている。

でも、プロのレベルまでのぼってこいなんて言ってるわけですからね。「簡単に言わないでほしい」と思ったのも事実。



前の記事を書いていて感じたことは、学生期とは大いに「内省を繰り返す時期」なのではないかということ。自分の中にある価値観や感性というものを覗きこむように努める。

自分の中の価値観だなんてそう簡単に見えてくるものではないし、どこまで行ったら「見えた」と言えるのか分からないものではある。しかしそのプロセスを経ることこそが昔の会津の人が志を立てる際に行ったことであり、彼らが元服の前、つまり昔の成人になる前に行ったのであれば、現代では社会に出る前の僕らの学生期こそ、それを繰り返すべき時期になるんだなと思ったわけです。

大学に入った際、「学生期は、社会に出る前の心残りを無くしておくための、遊びの時期だ」と言っていた先輩がいたが、それも一つの学生期の捉え方であり、これもまた一つの捉え方。


ちなみにだが、「内省って何だろう?」と思ってググってみたら、筑波大学付属高校の校長先生の終業式での挨拶が出てきた。内省と反省について。これ、すごく面白いです。「なるほど」と思います。読んでみてください。
平成14(2002)年度終業式 学校長挨拶



8月23日から24日にかけて、また会津を訪問した。今回の訪問では、「東京に必要な会津の精神性」をキーワードに、何かに「懸命な人」にインタビューをしてきた。ここでもまた、本当に素敵な考え方、ものの見方をいただくことができた。


今回は二日で5人の方々にインタビューをさせていただいた。その中の一人で、今回唯一の農家さんであったのが、米農家をやられている新田義則さん。 → 新田さんについて

新田さんは、「日本のコメが、日本を救う。世界を救う。」と主張する。これだけを聞くと、「まあ、米農家だからね。そういう意気込みで作るよね。」とか思わ れるだろう。僕もそう思った。ところがどっこい。新田さんのすごいところは、「なぜ」を探求し、その解決策を思案し、実行に移す農家さんであるというこ と。

新田さんが「日本のコメが世界を救う。」という観点から取り組まれていることについてはひとまずは置いておいて、新田さんのインタビューの中から、特に僕が感動し、「やばい!オレどうしよう!!!」と思ったことを一つ紹介。

それは、「志を立てる」ということ。


論語の中に、「我、十有五にして学に志す」という言葉があるそうです。孔子は15歳の時に、学問で生きていこうと決心したということらしい。その中で、孔子 の教えを藩校で教えていた会津藩は、子供が15歳になった時に、自分の今後の人生を決めるという意味合いで「志を立たせる」ということで、「立志式」を行った。(その式の名前を「元服」という。)子供には立志式を行う前までに、「自分は何のために生まれ、今後の人生で何をなすべきか」を繰り返し自問し、一つの答えを導き出すことが求められていた。昔は世襲制だったので仕事は決まっていた。そのため、その仕事には一生関わっていかなければならないので、その仕事を通して何をなすべきかという ことは、非常に大切なことだったのだろう。それは今でも変わらないのではないか。

そしてその志を一度立てると、後はそれを懸命に貫き通すことが大切であった。新田さん曰く、以前の記事に書いた会津の「什の教え」の中の「ならぬものはならぬ」という言葉の中には、「一度決めたことを覆すこと」は「ならぬ」という意味も含まれていたという。「自分で掲げた志を覆すことは絶対にならぬ。ならぬものは、ならぬことだ。」という、否定を否定する肯定的な意味も含んでいたのだそうだ。


もちろん現代社会は世襲制ではないので、自分がすることを一度決めたら覆してはいけないなんてことは、どだい無理な考えだと思う。今の時代にとって様々な経験を通して、自分に必要なことや大事に思うことを模索することは、とても重要なことだ。しかし、この話を通して僕が「やばい!」と思ったの は、昔と同じだけの「自問自答を行えているか」ということである。


当時の会津の人は(他の藩の人は知らない。ここで「武士は」と言わないところがミソ。これについては別記事で。)、それだけ自分の人生について、一生懸命考えていた。孔子が15歳で人生を決めてしまったとばっちりを受けてか、会津の子供たちも自分の人生の大筋を15歳までに決めなくてはならないことになった。しかし、それまでに一生懸命自分にとって大切なことを考える。人であるために大切なことを考えた上で、それでは自分が何をなせるかを考えた。では今の時代の、15よりも7つも上の僕は、「自分の人生の今後」について 一生懸命に考えられているだろうか。


今の社会は変化が光速だし、志を明確にしてしまうには選択肢や考えるべき立場がたくさんあるし、自分のやりたいことや達成したい目標なんてのは二転三転するし、、、などと色々な当時との違いが思いつくが、大切なのは「その考えるプロセスから逃げないこと」であると思う。色々な検討材料はあるけれども、とりあえず自分が生まれた理由は何か。自分が成し遂げたいことは何か。それを考える。また、人間 にとって大切なことは何か。自分にとって大切で、他人にとって大切なことは何か。そういったことも少しずつ含めながら、考える。それを考えていく上で考慮 しなければならないことに出会ったら、それを含めた上でまた考え直す。そのプロセスをふむ重要性は、昔も今も変わらないと思う。


じゃあなぜ志を立てることの意味は何か。自分なりに考えてみた。

今の僕の答えは、志を立てるにあたり、自問して考えるプロセスを踏むことで、「自分だけの目標」を見出すことができる。目標が見いだせれば、人生に意味が生まれ、日々が楽しくなる。だから、志を立てる。これです。


「志」 という言葉は知っていたけど、それを立てることがこんなに大切なことであったとは、初めて知った。僕の場合、「自分を幸せにするために、他人を幸せにする」と言うけれど、それは具体的にどんなことをイメージしているのか、何をしたらそれが達成できると思っているのか。それを通した社会を、僕はどう想像し ているのか。色々考えることあるな~。

少しずつ答えを磨いていこう。とりあえず今は、寝よかな。



イマ・ココの「遊び」を書いたら、Aがコメント・補足をくれました!!知見が広がる!!テンション上がる!!!



その中で、昼食の時にそこで「おもちゃ」についての研究をしているAら数名と、「遊び」について話をした。彼も僕と同学年。彼は、現在のデザインされた「おもちゃ」やそれに基づく「遊び」について、危機感を抱いているという。

>うんうん。「デザインされている」はここではイコール「目的性の内に位置づけられている」っていうことね。あと、危機感っていうより違和感かな◎

Aは、「「遊び」というのは、イマ・ココでのみ行われる創造的行為であるべき」だと言う。「遊びってどこからどこまでを言うのか、分かる?」と聞 かれたが、そう聞かれてみると、良く分からない。何かに取り組み始めた瞬間を、遊びというのか?しかし、何も取り組まない遊びもある。wikipedia には「遊びは目的を持って生物がする行動の総称」と書いてあったが、「遊び」の行為自体に目的はないことはままある。楽しいことが遊びという感じもする が、遊んでいて楽しいことばかりじゃなかった記憶もあるし、仕事でパソコンを叩いていることの方が楽しいことも多い。これは遊びに入るような気もするが、 これが「遊び」なのだろうか?

>「遊び」は二つの意味で使われてるんだよね。一つは「行動様式として遊び」で、これは仕事、勉強、食事とかと並ぶ項目としての遊び。二つ目はその人が今どんな状態にあるかという意味での「存在様態としての遊び」。
「どっからどこまで?」っていう質問は、上の二つの区分を考えるいいポイントかなって思って。たぶん前者の行動様式として遊びを見たときは、「宿題終わったら遊ぼっかなー」みたいな言い方が出来る。一応時間軸でもだいたい区切れるわけだよね。で、たぶんこっちの解釈の方がいろんなビジネスとか教育 の対象になりやすいんよねたぶん。時間で区切れるとカリキュラム化出来るし、一つの行為のパッケージとして見られるからだから幼児教室で遊びを通じたお勉強なんてのもあるし、遊びを通じた何か。という発想が生まれると思うんだ。




その中で、Aが問題視しているものは、「例えばおもちゃを与えた場合、遊びの始まりと終わりが限定され、さらにその目的や行為自体もデザインされ てしまう」ということ。つまり、何もない状態での「遊び」はどこからどこまでか分からない状態、また何をすれば遊びなのかも分からない状態のものだから、 色々なことを、色々な方法で取組み、個人個人それぞれがその行動を「遊び」と認識する。しかし、目的を持ってデザインされたおもちゃがその遊びに関わらさ れると、そのおもちゃによって遊びの方向性や、やり方、始まりから終わりまでが決められてしまう。それでは、イマ・ココでのみ行われる(生まれる)はず だった遊びが、そのおもちゃが開発されたその時から、一様に同じになってしまう。もちろんそのおもちゃの目的・使い方を超えた新しい使い方を生むことがで きれば、それは遊びの創造的行為となるが(パッと思いついたのは、縄跳びをムチとして使うこととか??)、それを超えるのは容易ではなく、またその超える 対象としてそのおもちゃが存在してしまうため、今までのような自由な遊びは無くなってしまう、ということだそうだ。

>「例えばおもちゃを与えた場合、遊びの始まりと終わりが限定され、さらにその目的や行為自体もデザインされてしまう」っていうのは、目的をもって与えられて遊んだ場合、その遊びが目的的になったり行為(意図的行動)に絞られてしまわないかという事ね。そもそも遊びに目的ってないはず(?)
「それを超えるのは容易ではなく、またその超える対象としてそのおもちゃが存在してしまうため、今までのような自由な遊びは無くなってしまう」っていうのはちょっとちがうかも。商品玩具でも石ころでも、本来それを越えたところにおもちゃ性を見出すのは子供の十八番だよ。だから本当は、コドモ にとっては自然な事のはずなんだけど、大人の既成概念や説明書や教育的な目的性を帯びた環境要因などなどが作用してそれを難しくさせているんじゃないかなーって。

Aは、「元来遊びは、イマ・ココの創造的行為であった。デザインにより遊びを狭められたら、つまらないだろう?それを作ったヤツに遊びを制限されてしまうなんて。そうじゃなく、様々なモノを遊びのツールとして捉えることが重要。」だと言う。

>「様々なモノを遊びのツールとして捉えることが重要。」=>「様々なモノに元から与えられている意味や目的を剥がしたり塗りかえたりして、改めて素材化・おもちゃ化することが重要。」ってかんじかな◎

彼が今後行おうとしている企画が、「手持ちの全てのモノを、コマにしてみろ」というもの。カバンだろうが、メガネだろうが、靴だろうが、パソコン だろうが(これはちょっとヤダ)、なんでもコマにしようと思えばできる。回そうと思えば回せる。コマは回すために作られたから回りやすいけど、そんなんいくらでも乗り越えることができるということを伝えたいんだと言う。

>よくおぼえてるね。w
そう、ボクらの生活にはモノが溢れていて、ほとんどすべてがデザインされているけれど、それに従う必要は無い。ましてや遊びの世界におけるモノのあり方、つまり「おもちゃ」の存在を考えるならなおさらの事よね。

面白いですよねー。今までこんなに「遊び」についてを考えたことはなかったです。よくよく考えてみると、テレビゲームなんてのはもちろんのこと、 色々な遊びについても、デザイナーの人とかがデザインしていて、その制作物(おもちゃ)に「遊ばれている」とも表現できますよね。そうではなくて、イマ・ ココの創造性による「遊び」でこそ、自分で「遊んでいる」とも言えるし、メリットとしては一つのものから多様な遊び方を発見できる洞察力や色んなことを楽 しくできる創造性もつくかもしれない。テレビゲームと野球しかやらなかった僕には、わからないですけど(笑)

もっとも、おもちゃによる遊びが悪いわけではないですよね。おもちゃやゲームによって、どんなに娯楽性が増えたことか!!また、頭が良くなるよう に作られたおもちゃ(知恵の輪)とかもあるし、また、wikipediaの言うように「何のために遊ぶか」を重視すれば、自分で創造的に遊ぶより、おもちゃに「遊ばれた方が」全然いい時もある。

>うん、そういうとこはもうさんざん作られてきたし注目されてきたじゃん。エンターテイメントとか、テーマパーク、テレビゲーム、ネットゲーム、知育玩具その他いろいろ。
でも、遊びの一番生々しくて土臭い人間くさい部分ってもっと違うとこにあるんじゃないだろうか!!というのが僕の叫びかな。別に商品玩具もエン ターテイメントも好きだし、自分のこどもにも買うとおもう。でも「遊び」を全体として論じるときに、なーんか大事なとこ忘れられてる気がしてさ。その辺の違和感が出発かな。



先日、先輩に大学で有名な研究会の成果報告会に誘ってもらったので、行ってみた。

同学年の学生が何をしているのか全然知らなかった僕にとって、非常に刺激になる会だった。それぞれが自分の掲げる問題提起をしっかりと見つめ、それに対する自分のアプローチと達成するゴールを明確にする。そのゴールが問題提起や取ろうとしているアプローチから離れたところにあれば、容赦ない指摘により、議論が始まる。その中で、また徐々に自分が本当にやりたいと思っていることや念頭に置いていた問題提起が言語化されていき、その部分に自分が気づくことによって、さらに的確で、かつ自分でも気持ちのいい行動が取れるようになる。そこで発表したことや議論したことを実際に行動に移し、成果もあげている。l僕は大学ではどこの研究会にも所属していないので、こういう同学年での刺激し合う仲間関係が羨ましかった。来期はどこかの研究会に所属してみようかしら。


その中で、昼食の時にそこで「おもちゃ」についての研究をしているAら数名と、「遊び」について話をした。彼も僕と同学年。彼は、現在のデザインされた「おもちゃ」やそれに基づく「遊び」について、危機感を抱いているという。


Aは、「「遊び」というのは、イマ・ココでのみ行われる創造的行為であるべき」だと言う。「遊びってどこからどこまでを言うのか、分かる?」と聞かれたが、そう聞かれてみると、良く分からない。何かに取り組み始めた瞬間を、遊びというのか?しかし、何も取り組まない遊びもある。wikipediaには「遊びは目的を持って生物がする行動の総称」と書いてあったが、「遊び」の行為自体に目的はないことはままある。楽しいことが遊びという感じもするが、遊んでいて楽しいことばかりじゃなかった記憶もあるし、仕事でパソコンを叩いていることの方が楽しいことも多い。これは遊びに入るような気もするが、これが「遊び」なのだろうか?

その中で、Aが問題視しているものは、「例えばおもちゃを与えた場合、遊びの始まりと終わりが限定され、さらにその目的や行為自体もデザインされてしまう」ということ。つまり、何もない状態での「遊び」はどこからどこまでか分からない状態、また何をすれば遊びなのかも分からない状態のものだから、色々なことを、色々な方法で取組み、個人個人それぞれがその行動を「遊び」と認識する。しかし、目的を持ってデザインされたおもちゃがその遊びに関わらされると、そのおもちゃによって遊びの方向性や、やり方、始まりから終わりまでが決められてしまう。それでは、イマ・ココでのみ行われる(生まれる)はずだった遊びが、そのおもちゃが開発されたその時から、一様に同じになってしまう。もちろんそのおもちゃの目的・使い方を超えた新しい使い方を生むことができれば、それは遊びの創造的行為となるが(パッと思いついたのは、縄跳びをムチとして使うこととか??)、それを超えるのは容易ではなく、またその超える対象としてそのおもちゃが存在してしまうため、今までのような自由な遊びは無くなってしまう、ということだそうだ。

Aは、「元来遊びは、イマ・ココの創造的行為であった。デザインにより遊びを狭められたら、つまらないだろう?それを作ったヤツに遊びを制限されてしまうなんて。そうじゃなく、様々なモノを遊びのツールとして捉えることが重要。」だと言う。

彼が今後行おうとしている企画が、「手持ちの全てのモノを、コマにしてみろ」というもの。カバンだろうが、メガネだろうが、靴だろうが、パソコンだろうが(これはちょっとヤダ)、なんでもコマにしようと思えばできる。回そうと思えば回せる。コマは回すために作られたから回りやすいけど、そんなんいくらでも乗り越えることができるということを伝えたいんだと言う。


面白いですよねー。今までこんなに「遊び」についてを考えたことはなかったです。よくよく考えてみると、テレビゲームなんてのはもちろんのこと、色々な遊びについても、デザイナーの人とかがデザインしていて、その制作物(おもちゃ)に「遊ばれている」とも表現できますよね。そうではなくて、イマ・ココの創造性による「遊び」でこそ、自分で「遊んでいる」とも言えるし、メリットとしては一つのものから多様な遊び方を発見できる洞察力や色んなことを楽しくできる創造性もつくかもしれない。テレビゲームと野球しかやらなかった僕には、わからないですけど(笑)

もっとも、おもちゃによる遊びが悪いわけではないですよね。おもちゃやゲームによって、どんなに娯楽性が増えたことか!!また、頭が良くなるように作られたおもちゃ(知恵の輪)とかもあるし、また、wikipediaの言うように「何のために遊ぶか」を重視すれば、自分で創造的に遊ぶより、おもちゃに「遊ばれた方が」全然いい時もある。


面白い問題提起があったので、紹介しました。それにしても、「遊び」に対して問題提起か~。すごく楽しそう。それって遊んでんの?遊んでないの?


●ここに出てくるA君が、この記事に関して補足をくれました。A君、ありがとう!! 
イマ・ココの「遊び」 ~Aからの補足~

会津藩の教えの中に、「ならぬものは、ならぬ」という精神がある。

これは、田中玄宰の「天明の改革」以降に6歳~10歳までの会津藩の子供に教え込まれた会津藩士の心得の一つである。会津藩には、会津藩家老田中玄宰の進言で作られた有名な藩校「日新館」があり、そこには10歳から入学することが義務付けられている。その入学の前段階で、近所の子供たちがグループになり(このグループのことを「什(じゅう)」と呼ぶ)、グループの中で会津藩士として大切な心得を学ぶ。これが、藤原正彦氏が著書『国家の品格』の中で触れたことで有名な「什(じゅう)の教え」である。以下。


一 年長者の言うことに背いてはなりませぬ
二 年長者にはお辞儀をしなけれはばなりませぬ
三 虚言を言うことはなりませぬ
四 卑怯な振舞をしてはなりませぬ
五 弱い者をいぢめてはなりませぬ
六 戸外で物を食べてはなりませぬ
七 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです。


これが現在「什の教え」として知られているものだが、聞くところによると「什の教え」というのに決まったルールはなく、その子供のグループ(什)ごとで教えが違ったそうだ。グループで心得を学ぶこと自体は義務付けたらしいが、その内容設定にはある程度グループで考えさせて、決めさせたらしい。やっぱり自分たちで決めたルールなら、守らざるを得ないもんね。その辺り、良く決めましたね。(それにより各グループ(什)で心得の理解の仕方に差が出たのかは不明。出る気はするが。)


日新館に入ると、様々な学問を学ぶことになるが、この「什の教え」を理解していることは前提となる。それを示すのが、「人でない」「鳥獣以下」という言葉。


「戸外で物を食べてはいけない。」
「なんでですか?別に食べたっていいじゃないですか!」
「ならぬものは、ならん。」
「おかしいでしょう!食べてはいけない理由を説明していない!」
「お前は、鳥獣以下だ。」


こうなります。すごいですよね。少し押しつけてる観もあります。


しかし、この「ならぬものは、ならぬ」の理由を聞いて、僕は非常に感心しました。すげーですよ。


「ならぬものは、ならぬ」。なぜか。『そう簡単に、理解できるものではないから。』、だそうです。


どういうことか。


この教えは、6歳から10歳までの子供に教えられる。しかし、この段階で物事の何を理解できるか。

「なぜ、年長者の言うことに背いてはならないか。」「なぜ、虚言を言ってはいけないか。」ということは、他人から言葉で説明されても、簡単に理解できるものではない。「年長者だからって人は人だろう!基本的人権を尊重すべきだ!年齢間の差別だ!」とかなんとか論理だった主張ができるのかもしれないが、それでも、年長者の言うことには背いてはならない。こればかりは、「自分で将来的に理解すること」になり、その時までは「ならぬものは、ならぬ」として理解させておかなければならない。いつか必ず、「なぜ、ならぬものはならぬとして、教わったか」ということが分かる時が来る。そういう理念の下、それまでは「什の教え」は「ならぬものは、ならぬ」という形で押しつけ、それに逆らうものは「人でない」としてまで、教えを理解させ、守らせる。


もちろん今の時代には、受け入れられない教えがありますよね。「戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ。」とか、言語道断です。「年長者の言うことにそむいてはなりませぬ。」というのも、年長者が正しいということが前提になるんで、こんだけ時代の変化が激しかったり、国際化が進んでいたりすると、日本国内だけで培った考え方や人生観、生活観だけが、正しいかどうかも疑問ですし。

しかし、「子供に自分で気づかせるまでは、あえて押しつけておく」ということは、これは今の時代にも参考にできるものではないかと思います。その理由の一つは、子供が疑問に思うことの答えを言葉で伝えたとしても、それもまた大人の偏見による教えであるということ。もう一つの理由としては、子供がその教えを本当に理解できるとは思えないということがあります。

僕の個人的な経験でも、昔、先生に長々と説教されことが、当時は理不尽に思えたことでも今になると「そういう意味だったのか~。そういうことを伝えたかったんだな。」と思うことが多々あります。それは僕が成長する過程で得た経験などから、自分の言葉や考え方で、その内容を理解できるようになってきたからではないかなと思います。もちろんそれは、間違った理解の仕方かもしれず、先生も「そんなつもりで言ったんじゃない!」と思っておられるかもしれませんが(笑)、先生の教えが絶対的に正しいとも言えませんし、僕の理解の仕方も答えの一面であるとも言えます。


絶対的な正解のある物事というのは、そんなにはないと思います。その中で、何が正しいのかを「自分で」理解できるようになるまでは、子供に対しては「模範的な正解」を押しつけておく。そういったことは、必要なのではないかと思うようになりました。


これと同じ内容を、以前東京大学教授で哲学者の野矢茂樹氏にインタビューをしたときに、氏は「紋切型」という言葉で表現されていたことを思い出しました。改めてインタビューしたものを読んでみると、すげー気づきがありました。当時もまだ、氏の言葉を本当には理解できていなかったんだな。今もまだ理解できていないのかな。いや、今後はきっと、違う見方で氏の言葉を理解できるようになるのかもしれないですね。よければ、読んでみてください。

哲学者野矢茂樹氏インタビュー テーマ:思い込み



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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