サービス: 2008年7月アーカイブ
最近、梅田望夫さんの『ウェブ進化論』(ちくま新書)を読んだ。とても有名な本ですね。前から持ってたけど、なかなか手が伸びなかったが、先輩と話しているときに話題に出たので、勢いつけて一気に読んでみた。
面白かったです。分かりやすいし、2年も前に書かれた本なので、今となって読んでみると、今当然として認知されている流れがそのまま書いてあり、しっかりと時代の流れを説明している本なんだなーと思いました。読んでいない人は、読んでみるといいと思います。
一つ気になったのは、環境問題を始めとした社会問題を勉強している僕にとって、Webの世界を「あちらの世界」とした場合、どうも「あちらの世界」だけに浸っているわけにはいかないんじゃないかということ。「あちらの世界」に情報を蓄積したり、そこから新しい技術やビジネスが生まれていくことは社会全体にとってもいいことだと思うが、「こちらの世界(現実世界)」の不都合・ゆがみに対して目を向けないわけにはいかないんじゃないかと感じる。「あちらの世界」が素晴しい発展を遂げていても、「こちらの世界」が悲惨なことになってしまっては、「あちらの世界」の発展の意味がなくなってしまう。「あちらの世界」の情報や技術をいかに、「こちらの世界」に落とし込むか、現在の状況を考えると、いかに素早くか、というのは大切になってくるように感じた。
その中で、やってみよう!!と思ったことがあります。というか、今までもやってたけど、より意識的に。それは、「ブログを自分の経験・体験・勉強内容の蓄積場所として使う。しかもそれをオープンにしてしまう。」ということ。梅田氏は本の中で、「ブログこそ、自分にとって究極の『知的生産の道具』かもしれないと感じ始めている」と述べていた。(2年前の話なので、もしかしたらもう変わってるかも(笑))
ただ、今の僕にとっては、これは目から鱗であった。自分の経験したことや体験したことなどを、どんどんこの場所に書き溜めていこうと思う。文字情報ならほぼ無限大にサーバーに蓄積することが可能だし、曲がりなりにも公開するわけだから、言葉を選んだり、どうしたら相手に伝わるかを考えるし。何より、自分でしか見られないような日記をつけるよりも、見た目や書いている内容で「遊んでみよう!」という遊び心が生まれる。これって結構大切だと思っていて、この遊び心から色々イジッたりしてみて、なんとなくいいモノができたり、新しい発想が生まれたりするんだと思う。自分しか見ない日記じゃ、めんどうだからそんなことはしなくなるし。
ということで、このブログを自分の外部の記憶装置として、自分が感じたことや体験したことを、どんどん書きためていこうと思う。時が経つにつれて自分がどのように感じていたのかを見られるようになるのは、貴重なことになるに違いない。そういう意味でもいいものだ。
ちなみに、My Acceptには、「自分が経験するあらゆる出来事に対して、そこから目を背けずに、「自分なり」に受け止めていく」という意味を込めた。将来の自分は、今の自分の出来事の受け止め方を、どう思うだろう。
面白かったです。分かりやすいし、2年も前に書かれた本なので、今となって読んでみると、今当然として認知されている流れがそのまま書いてあり、しっかりと時代の流れを説明している本なんだなーと思いました。読んでいない人は、読んでみるといいと思います。
一つ気になったのは、環境問題を始めとした社会問題を勉強している僕にとって、Webの世界を「あちらの世界」とした場合、どうも「あちらの世界」だけに浸っているわけにはいかないんじゃないかということ。「あちらの世界」に情報を蓄積したり、そこから新しい技術やビジネスが生まれていくことは社会全体にとってもいいことだと思うが、「こちらの世界(現実世界)」の不都合・ゆがみに対して目を向けないわけにはいかないんじゃないかと感じる。「あちらの世界」が素晴しい発展を遂げていても、「こちらの世界」が悲惨なことになってしまっては、「あちらの世界」の発展の意味がなくなってしまう。「あちらの世界」の情報や技術をいかに、「こちらの世界」に落とし込むか、現在の状況を考えると、いかに素早くか、というのは大切になってくるように感じた。
その中で、やってみよう!!と思ったことがあります。というか、今までもやってたけど、より意識的に。それは、「ブログを自分の経験・体験・勉強内容の蓄積場所として使う。しかもそれをオープンにしてしまう。」ということ。梅田氏は本の中で、「ブログこそ、自分にとって究極の『知的生産の道具』かもしれないと感じ始めている」と述べていた。(2年前の話なので、もしかしたらもう変わってるかも(笑))
ただ、今の僕にとっては、これは目から鱗であった。自分の経験したことや体験したことなどを、どんどんこの場所に書き溜めていこうと思う。文字情報ならほぼ無限大にサーバーに蓄積することが可能だし、曲がりなりにも公開するわけだから、言葉を選んだり、どうしたら相手に伝わるかを考えるし。何より、自分でしか見られないような日記をつけるよりも、見た目や書いている内容で「遊んでみよう!」という遊び心が生まれる。これって結構大切だと思っていて、この遊び心から色々イジッたりしてみて、なんとなくいいモノができたり、新しい発想が生まれたりするんだと思う。自分しか見ない日記じゃ、めんどうだからそんなことはしなくなるし。
ということで、このブログを自分の外部の記憶装置として、自分が感じたことや体験したことを、どんどん書きためていこうと思う。時が経つにつれて自分がどのように感じていたのかを見られるようになるのは、貴重なことになるに違いない。そういう意味でもいいものだ。
ちなみに、My Acceptには、「自分が経験するあらゆる出来事に対して、そこから目を背けずに、「自分なり」に受け止めていく」という意味を込めた。将来の自分は、今の自分の出来事の受け止め方を、どう思うだろう。
昨日アーティストやデザイナーがプレゼンをするパーティーみたいなところで、TENORI-ONのプレゼンが行われていた。初めて見たんですが、聞くところによると最近よくメディアに出てるんだとか。
16×16個のLEDで光るボタンがあるんですが、音楽の知識や経験が全くない人が音で遊べるようにということで、直感的に作曲できるインターフェースを目標にして作ったんだそうです。
実演を見てたんですが、最初に鳴らしたい音階のボタンを押しておいて、スタートを押すと、左から右に光ってる列が流れてきて、最初に押してあったボタンのところと重なると、音が鳴るっていう感じです。
TENORI-ON Performance(YouTube)
光の流れがスゴくきれいでした。それだけ見てても、何かの作品になるみたいで楽しかった。また、指定した音を並び替えたり、音階指定を変えたり、ランダムに配置できたりと、色々すごかった。何も分からずにめちゃくちゃ遊んでても、なんとなく曲にしていける!かも。
AYUSE KOZUEさんがmacで曲を作っちゃうから「デスクトップ・アーティスト」なんて呼ばれてるってのを聞いたことがありますが、TENORI-ONだけでも立派な曲が作れるみたいで。こんなんとか格好いい↓
DJ-Ye7ia's '01' on the Yamaha Tenori-On
じゃあパソコンで作るのとどう違うのかっていうと、押してるのが楽しいとかそういうことになるんだろうか。イメージ的にはTENORI-ONという新しい楽器を演奏しながら曲作りをしている感じでした。
会場には「ほしい!」って食いついている人が結構いましたけど、お値段は、12万円。
まあ、楽器だと思えばね・・・。
16×16個のLEDで光るボタンがあるんですが、音楽の知識や経験が全くない人が音で遊べるようにということで、直感的に作曲できるインターフェースを目標にして作ったんだそうです。
実演を見てたんですが、最初に鳴らしたい音階のボタンを押しておいて、スタートを押すと、左から右に光ってる列が流れてきて、最初に押してあったボタンのところと重なると、音が鳴るっていう感じです。
TENORI-ON Performance(YouTube)
光の流れがスゴくきれいでした。それだけ見てても、何かの作品になるみたいで楽しかった。また、指定した音を並び替えたり、音階指定を変えたり、ランダムに配置できたりと、色々すごかった。何も分からずにめちゃくちゃ遊んでても、なんとなく曲にしていける!かも。
AYUSE KOZUEさんがmacで曲を作っちゃうから「デスクトップ・アーティスト」なんて呼ばれてるってのを聞いたことがありますが、TENORI-ONだけでも立派な曲が作れるみたいで。こんなんとか格好いい↓
DJ-Ye7ia's '01' on the Yamaha Tenori-On
じゃあパソコンで作るのとどう違うのかっていうと、押してるのが楽しいとかそういうことになるんだろうか。イメージ的にはTENORI-ONという新しい楽器を演奏しながら曲作りをしている感じでした。
会場には「ほしい!」って食いついている人が結構いましたけど、お値段は、12万円。
まあ、楽器だと思えばね・・・。
パタゴニアのサイトをふらふらと見ていたら、「環境に投票を」キャンペーンというのをやっているのを見つけた。
パタゴニアはご存じのように環境問題に熱心な企業ですが、環境に興味のない人でもこの「投票」の大切さには納得できる記事かなと思いました。僕らには社会を変えられる大きな武器が与えられているんですね。
ただ、正直今選挙があっても、誰が誰で、何をしようとしてるかなんてわからねえ!!ってこともあると思います。そんなときにこのサイト!(パタゴニアのサイトにリンクがあったものですが)
ザ・選挙
これは「市民の市民による市民のためのメディアJanJan(Japan Alternative News for Justices and New Cultures)」が運営するサイトだそうで、結構色んな情報が載ってて楽しかったです。
もちろんこれだけを頼りに意思決定をすることは危険ですが、参考にするのにはいいサイトだと思いました。それにしてもインターネット、便利ですねー。
パタゴニアはご存じのように環境問題に熱心な企業ですが、環境に興味のない人でもこの「投票」の大切さには納得できる記事かなと思いました。僕らには社会を変えられる大きな武器が与えられているんですね。
ただ、正直今選挙があっても、誰が誰で、何をしようとしてるかなんてわからねえ!!ってこともあると思います。そんなときにこのサイト!(パタゴニアのサイトにリンクがあったものですが)
ザ・選挙
これは「市民の市民による市民のためのメディアJanJan(Japan Alternative News for Justices and New Cultures)」が運営するサイトだそうで、結構色んな情報が載ってて楽しかったです。
もちろんこれだけを頼りに意思決定をすることは危険ですが、参考にするのにはいいサイトだと思いました。それにしてもインターネット、便利ですねー。
交通手段を持たない大学生へ、結構アツい情報です。
その名も、「エコチャリ」!!
このサービスは、大学生に放置自転車を卒業まで無料で貸してあげようというサービスです。問題提起としては、駅前や大学構内で溢れている放置自転車に対して、どうしたら解決できるかと考えた時に、買わせるんじゃなくて、貸してあげようと考えたものだそうです。僕の友人でも、一人暮らしで自転車がないって言ってたヤツがいます。今自転車持ってない人も、これから入学する新入生も、これをうまく利用すればわざわざ買う必要ないし、ちょっと出かける時にも便利ですよね。
利用規約を読んでみましたが、大学生向けに分かりやすく作ってあるようです。借りるときはしっかり読んで、守りましょうね。
ちなみに僕は、大学最寄駅から大学まで自転車で通っていますが、買うのがもったいないので自宅から最寄り駅まで乗っていきました。4時間かかりました。今は最寄り駅の近くに駐輪場を借りています。エコチャリしてます。
その名も、「エコチャリ」!!
このサービスは、大学生に放置自転車を卒業まで無料で貸してあげようというサービスです。問題提起としては、駅前や大学構内で溢れている放置自転車に対して、どうしたら解決できるかと考えた時に、買わせるんじゃなくて、貸してあげようと考えたものだそうです。僕の友人でも、一人暮らしで自転車がないって言ってたヤツがいます。今自転車持ってない人も、これから入学する新入生も、これをうまく利用すればわざわざ買う必要ないし、ちょっと出かける時にも便利ですよね。
利用規約を読んでみましたが、大学生向けに分かりやすく作ってあるようです。借りるときはしっかり読んで、守りましょうね。
ちなみに僕は、大学最寄駅から大学まで自転車で通っていますが、買うのがもったいないので自宅から最寄り駅まで乗っていきました。4時間かかりました。今は最寄り駅の近くに駐輪場を借りています。エコチャリしてます。
今日、辻有沙さんの歌を聞きに行った。
辻さんはNHKのパフォーという新人アーティストを発掘する番組で、マーティ・フリードマン、寺岡呼人という二人のメジャーアーティストから高い評価を受けた。その番組の関係もあり、今日はなんと寺岡呼人さんのライブにアマチュアながらゲストとして呼ばれるという快挙を達成。彼女の歌を聞きに行ったわけです。
今日聞いて思ったのが、「プロとアマとの差はどこにあるのか」ということ。これは寺岡さんも言っていた。とにかく彼女の歌は上手かった。
プロが「その仕事を職業としている人」という定義であれば、彼女はプロ並みのアマチュアと言える。しかし、プロが「そのことに対して厳しい態度で臨み、かつ第三者がそれを認める行為を実行している人」(wikipediaより)という定義であるならば、彼女は立派なプロだった。
本来プロフェッショナルというものは、その分野の専門家である。であるならば、客観的に見てその人が専門家の資格を持っていたとしても、その分野の専門家足り得る実力がなければ、プロとは呼べないのではないか。また特に感じたことは、プロであるか否かを他人が評価する際に、そこに資格があるかないかは二の次になるということ。その人の物事に取り組む姿勢が、第三者からの評価を「アマチュア」にとどまらせるか「プロ」と見なさせるかを左右することになるんだということを、改めて感じた。やっぱり実力やその物事にいかに取り組んでいるかということは、素人目にこそはっきりとわかってしまうものだと思う。また、第三者がその人をプロだと捉えるようになれば、いずれ形としてもそうなっていくんだろうな。
僕も頑張らなきゃと、そう思ったわけです。自分の取り組む一つ一つの事柄で、自他共が「こいつはプロ」だと捉えられるようになりたい。
辻さんはNHKのパフォーという新人アーティストを発掘する番組で、マーティ・フリードマン、寺岡呼人という二人のメジャーアーティストから高い評価を受けた。その番組の関係もあり、今日はなんと寺岡呼人さんのライブにアマチュアながらゲストとして呼ばれるという快挙を達成。彼女の歌を聞きに行ったわけです。
今日聞いて思ったのが、「プロとアマとの差はどこにあるのか」ということ。これは寺岡さんも言っていた。とにかく彼女の歌は上手かった。
プロが「その仕事を職業としている人」という定義であれば、彼女はプロ並みのアマチュアと言える。しかし、プロが「そのことに対して厳しい態度で臨み、かつ第三者がそれを認める行為を実行している人」(wikipediaより)という定義であるならば、彼女は立派なプロだった。
本来プロフェッショナルというものは、その分野の専門家である。であるならば、客観的に見てその人が専門家の資格を持っていたとしても、その分野の専門家足り得る実力がなければ、プロとは呼べないのではないか。また特に感じたことは、プロであるか否かを他人が評価する際に、そこに資格があるかないかは二の次になるということ。その人の物事に取り組む姿勢が、第三者からの評価を「アマチュア」にとどまらせるか「プロ」と見なさせるかを左右することになるんだということを、改めて感じた。やっぱり実力やその物事にいかに取り組んでいるかということは、素人目にこそはっきりとわかってしまうものだと思う。また、第三者がその人をプロだと捉えるようになれば、いずれ形としてもそうなっていくんだろうな。
僕も頑張らなきゃと、そう思ったわけです。自分の取り組む一つ一つの事柄で、自他共が「こいつはプロ」だと捉えられるようになりたい。

