すぽーつの最近のブログ記事

近頃バタバタしてます。日々、素晴らしい気づきや体験をさせていただいています。そうした体験を文字にすることの意味は、その気づきを形として保存する他に、自分が、自分の中にあるあやふやな感覚や感情を整理できることにあると思っています。なのでどんどん書きだしていきたいんですがね。できていない自分がいます。やれよ、オレ。


それはさておき、今回もまた貴重な体験をしてきました。相撲取ってきました。

sumo.JPGどうです?この男らしさは!!ちなみに、「写真撮り終わったらすぐに会場に戻るように」と、係員に注意されました。


現在、社会人の方々とビーチ相撲というプロジェクトを進めています。このプロジェクトは、「夏の浜辺にビーチバレー、ビーチフラッグスと並ぶ日本発信のスポーツを興したい!」との想いから、「夏、浜辺に、相撲を。」ということで、動いているプロジェクトです。
日本ビーチ相撲協会HP

僕は今年から関わっているのですが、すでにビーチ相撲大会は何度か開催されていて、どの大会も大盛況のうちに終わっているそうです。ある大会では参加者が100人近くにも上ったものがあるそうで、「相手を転ばせたら勝ち」という単純なルールで盛り上がれる相撲は、やり方によってはみんなに親しまれるものになるんだなということを感じています。


そんな中、「仮にも相撲を語るものが、まわしを締めたことがないのでは話にならない!!!」ということで、文京区の相撲大会に参加することになったのが、今回の出場のいきさつです。


大会控えての心境は、「一回くらい勝てちゃったりして・・・!」

大会終えての心境は、「相撲なめてました。」


この体験での気づき
・まわしを締めることには正直気おくれするが、締めてみると「オレはやれる!」という気持ちにあふれてくる。
・まわしをポンポン叩きたくなる。お相撲さんがよく叩いているが、あの気持ちが分かる。
・土俵で相手と見合わせると、本当に怖い。
・ほんの数十秒の試合でも、結構な力を使っていることが分かる(試合が終わると筋肉痛になる)。
・100キロ超の相手を押す・引く・投げることは、容易ではない。

このコミュニティは、角刈り・体重100キロ超確実の中学生が普通に歩いており、まわしを締めるのをユニフォームを着るのと変わらないように淡々とこなす人たちがいるというものでした。また、試合で当たったO君は、全国大会出場経験を持つ高校生で、鼻で笑われて片手でぶん投げられました。土俵を転がされるというのは、結構悔しいものです。


大会の後、相撲を見る目が変わりました。あの見合ってからの「ぶちかまし」を見ると、そのすごさに「口をあんぐり」できるようになりました。やはり、体験というものは自分の中に「ものさし」を作ってくれるものだと改めて感じました。そのものさしは僕の思い込み・意識のものでしかないけれど、このものさしは他のものにも使えるはず。そういったことの積み重ねが、新しいことを生み出すことにつながるのかなとも思いました。

でも、まわしを巻けてよかった。国技ですもの。一度は巻いてみないと。あ、ちなみにタイトルの「一番」とはそういう意味です。一回も勝っていません(笑) 次は勝ちたいな。



今、オリンピックのブラジル対アルゼンチンのサッカーの試合を見ながら、このブログを書いている。うまいなあー。日本のチームとどこが違うのだろう。1日 24時間という自転の決めたルールは世界共通なのだから、練習量が違うとかいう話にはならないだろう。(たった今、ブラジルが2枚目のレッドカードを受ける!11人対9人の試合になってしまった!)でも、見ててなんか全体的にスピードがあるし、後半になってもスピード落ちないし。カメラマンの写し方が違うのかなとも思ってしまう。(→サッカーに詳しい方、ご意見などいただければ幸いです。)

さて、試合を見てて、ホームレスワールドカップを思い出した。ホームレスワールドカップは、フィールド3人、キーパー1人の4対4のフットサル(?)の試合になり、今見てるサッカーの試合のようにフィールドを広々と使って試合をすることはない。ただ、レベルは高い。





これはホームレスワールドカップの2007年メルボルン大会の映像。このサイトの質の高さによって、装飾されている部分もあるかと思うが、ホームレス状態にいる人が、非常に生き生きとサッカーをしているのが分かる。

先日、「ホームレス」という人種はいない。という記事を書いたが、これを見ていても、「ホームレス」という人種はいないんだなーと感じる。そこでプレイする姿は、もはや「一サッカー選手」として僕の目に写る。

また、2006年のケープタウン(南アフリカ)大会に参加した選手への聞き取り調査では、92%が新たに生きる意欲が沸いたと答え、また78%が麻薬やアルコール依存症を克服し、仕事に就いたり、家族との絆を取り戻したりと、人生を好転させることができたと答えたという。


それを考えると、スポーツは不思議な力を持っているんだなと、改めて思う。「一生懸命スポーツに取り組むこと」が、人生を好転させるきっかけになることもある。4年に1度のスポーツの祭典が行われている今だからこそ、なんらかの形でスポーツに関わっていくのもいいかな~、と。この不思議な力というのは、どこかで「遊び」につながらないものかしら?



「ホームレスという人種はいません。ホームレス状態に置かれた人がいるだけです。」


これは、ビッグイシュー基金のウェブサイトの最初に載ってる言葉。今日、特にそれを感じた。

ホームレスワールドカップに向けて、隔週日曜日、練習を重ねている。今日もその練習だった。
(→ホームレスワールドカップについては、こちらの記事)

練習が終わると、それぞれが話しながらビッグイシューの事務所に戻る。今日の帰りは、僕はホームレスのAさんと話しながら帰った。


Aさんはもう、ずっと練習に来ている方。最初はあまり人とのコミュニケーションがうまく取れなかったものの、慣れ始めるとメキメキと頭角を現し、今じゃ戦力として数えられるほど(?)の上達を見せている。

帰り道、そのAさんと練習について話していると、雨が降ってきた。


Aさん 「雨だー。またいきなり降るやつかな。あれやられると大変なんだよなー。本濡れるし。人いなくなるし。」
kenji 「そうですよね。本とか濡れたら売り物にならなくなりますもんね。」
Aさん 「オレは屋根ある所に避難出来たり、そこで少し販売できたりするからまだいいんだけどな。でも暑い時は暑いで大変だよ。それでまた売れないんだ最近。」


このAさんがこぼした軽いグチが、僕にはとてもリアルだった。というのも、近頃外と言えば灼熱の暑さなわけです。そんな中、雑誌を掲げて声出して、頑張って売っているわけです。たまに街中でビッグイシューの販売員を見かけるが、日陰で販売できている人はほとんどいない。炎天下、もしくはゲリラ雨と闘いながら、雑誌を売っているわけ。

今日軽く交わしたこの会話が、僕の頭にずっと残っていた。「なんでだろうなー」と思っていたところ、以前名古屋の公園でホームレスの小屋の強制撤去があったときのことを思い出した。当時の僕は、全くホームレスの人とは関わったことがなく、一視聴者としてこの出来事をテレビで見ていた。

今思うと、テレビに映っていたホームレスの人や支援者を、僕は別の人種として見ていた気がする。どこか遠い人で、自分には関わりのない人。だから名古屋の出来事も、自分にとってはどこかの国の暴動の映像と同じ程度のものでしか見ていなかった。

大学の授業で大阪を行政を研究している教授が、大阪のホームレスを調査した際(日本では、ホームレスは大阪が一番多い)、その理由として「やむなくなってしまった」人が多いそうだ。

名古屋の出来事があった際、僕は少なからず「のらりくらりとした生活をしていて、勝手に公園に家を作って、それでも税金払ってなくて、良い身分だ」と思っていた。しかし、それは全くの偏見だった。勝手にホームレスという「人種」を自分の中に作り上げ、彼らはこういう生活をしているという先入観で彼らを見ていた。今日、Aさんとの会話になぜあんなにもショックを受けたのか。それはこの先入観が崩れ、人種を作り上げていた自分を自覚したからに違いない。


もちろん自分からホームレスになりたくてなる人もいるらしいが、それはほんのごく一部らしい。やはり大多数の人は、「やむなくなってしまった」人。その中でも多くが、「なんとかこの状況から抜け出そう」と思っている人なのだそうだ。


僕は貧困の問題に興味がある程度で詳しくはない。しかし、こういった情けない偏見を抱えていた自分を知った今、自分の出来る範囲で、何かしていきたいとは強く思う。その中で、サッカーでホームレスを応援する。自分もサッカーを楽しく練習出来て(今日コーチにフェイントをかけるときの体重移動を一人だけこっそり教えてもらった。)、本気でゲームを出来て、それで少しでも彼らとの接点ができ、自分の知っている彼らだけでも応援することにつながっていければ、これほど「自分のために、他人を幸せにする」ことはない。そう思うわけです。


ホームレスという人種はいない。それを強く自覚することができただけでも、このサッカーでは大きな収穫。ここから僕が彼らに具体的な応援をしていくことにつながっていけば、さらに収穫。



大学に向かう電車でのこと。

僕は大学に行くとき、一回乗り換えて大学に向かいます。

今日電車で座ってると、二人の若いママがベビーカーを押しながら乗ってきた。結構若かった。たぶん僕とほとんど変わらないと思う。子供たちはそれぞれの車で、スヤスヤお休み中。
二人のママは誰かと待ち合わせをしているらしく、一人のママがドアから顔を出してキョロキョロ探し、もう一人のママは電話でコール中。

ドアから顔を出していたママが大きく手を振り始めた。待ち合わせ相手を見つけたようだ。ジェスチャーで電車に乗るように指示している。けれども相手は分かっていないのか、リアクションがないようで、ずっとジェスチャーをしている。

ママA「あれ?乗らないね?ドア閉まっちゃうよ。分かんないのかな?」

――プルルルル

ママB「もう発車するよ!まだ乗ってない?分かんないんじゃない?」


すると、そこからがすごかった。

それぞれ、ガツッ!!とベビーカーの足の部分を蹴り、ベビーカーの前輪を上げて電車と駅の隙間を飛び越えさせると、そこからベビーカーを強引に90度転回。足を蹴り上げて、ガンガン加速しながら駆けていった。そのベビーカ―の押し方と言ったら、小学生の頃よくやったスーパーの台車(カゴを2個くらい置けてガラガラ押していけるヤツ。我が家では「ガラガラ」と呼びますが。)競争のごとき押し方。あっという間に僕の視野から消えていった。

何気なくそのやりとりを見ていた僕は、車に乗ってるのが荷物ではなく子供だったので、「おお、すげー。」と意表をつかれた。だが、あのママたちの元気ぶりと言ったらないですよ。人の行きかうホームであのパワフルな激走を見せるわけです。笑ってしまいました。正直迷惑でもあるし、何より寝てる子供に申し訳ないけれども、あれを見てしまうと、こっちもそれ相応に元気が出てしまう。


この暑さにうなだれそうな日に元気をくれた感謝の気持ちと共に、これからの育児における激務の健闘を讃えて、ママたちに「ゴーカートかーさん」の称号を与えます。

この夏にどんな出来事が訪れるかは分からないけど、このイベントは間違いなくこの夏を「最高の夏だったなあ」と思わせるものになりました。誘ってくれた先輩に、感謝感謝。めっちゃ感謝。

このマラソンについては前の記事を見てもらうとして、このマラソンには本当にたくさんのドラマやハプニングがあった。10時開始なのに渋滞に巻き込まれて15時に着いたり、一人でバイクで来て先に着いていた「なりけん」がその4時間ずっと走ってくれていて、なんとか他のチームと競争できる周回数で食らいついていてくれたり(1.6kmのコースを9周。これは間違いなく今回の最長記録だと思う。)、「なりけんに報いる為に」を合言葉に最下位から怒涛の順位上げを見せたり、『エルモの着ぐるみ』をタスキ代わりにして10人でグショグショに濡れたエルモを着まわして走ってみたり、朝4時に飛び起きてそのまま夜通し走っていた仲間からタスキを受け取って走ったり。高速で飛ばしてたら練習中の白バイ軍団に囲まれて肝を冷やしたり、22時閉店のレンタカー屋さんに22時45分まで店開けててもらってなんとか延滞料金なしで返却したり(とてもキレイなお姉さんがブチ切れてたり)。

普段運動していない僕だけど、計27kmも走った。もうダメだと何回も思ったけど、次のランナーを見るともうひと頑張りできた。これは一人じゃできない頑張りだった。

僕は走るのは好きじゃないけど見るのは好きで、正月の駅伝とかはいつも楽しみにしてます。で、駅伝見てると、みんな「タスキをつなぎたい」とか「チームのために」とか言っているので、そこが駅伝の醍醐味だと思っていました。つまり、「チームの一員として、チームのために自分が尽力すること」みたいな。

でも、今回長距離リレー(僕にとって)をしてみて、「チームのために走るというより、チームが走る力をくれる」ということを感じました。なんというか、タスキを渡されると、なぜか次に渡したいという欲求が出るというか、「オレも負けない」と思うというか、とにかく「よっしゃ!」となるんですよ。これは不思議な感覚だった。全然説明できてないけど、この力は間違いなく働いていたと思う。どんなに義務として自分の番が回ってきて「いやだなー」と思っても、タスキを渡されるとなぜか足が前に前にいこうとする。この感覚は体験しなければ知れなかったと思う。

改めてチームスポーツの素晴らしさと楽しさを知りました。また苦楽を共にした仲間もできました。でも今も筋肉痛がヒドイ。また来月あっても絶対にエントリーはしないけど、このつらさを忘れた来年だったら是非エントリーしたい。


『24時間リレーマラソン』



多くの課題も終わり、貝になってしまいたい時期を超え、心に余裕が出てきました。


そんな中、

24時間リレーマラソン

に、出場してきます!!


いやー、こんなこと考える人がいるんですね(笑) 24時間走ってしまおうなんて。しかも企画して実行に移しちゃうだなんて。もちろんリレーですので、一人で走るわけじゃないです。なんでも、

・1周1.6キロの公園を走る。
・たすきリレーはできる場所が決まってて、そこ以外ではランナー交代はできない。
・走れる人は何周でも走ってよし。
・24時間でどれだけ走れたかを競う。

ってものらしいです!ヤベーテンションアガル。

いろいろ仮装して走ってる人もいれば、年齢に似合わない速度で他を圧倒するおじいちゃん軍団もいるらしく、また仲間が旅立っている間にまったりと過ごすお祭り的な空間も楽しいんだとか♪サラニテンションアガル。

今回ウチのチームは20人くらいで行きます!最近運動といえば、隔週日曜のホームレス・サッカーくらいしかしてなくてそんな何周も走れるかどうかはわからんけど、楽しみたいですねー♪ちなみに、参加書類の例では、140周で45位って書いてありました笑 さすが24時間笑

明日晴れるといいなー!!



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/KO大学4年
  • theme/自分のために、他人を幸せにする
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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