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「文化のるつぼ」に住む。

9月21日から24日にかけて、兄の住む大分県別府市に行ってきた。

beppt.JPG一番右の部屋が兄の職場

兄はこの地で、アートを通した様々な地域活動や地域興しに携わっている。具体的な方法としては別府に世界的にも有名なアーティストを招へいしてイベントを行ったり、市内で廃屋となってしまった場所を借りてリノベーションを行い、作品展示の場所にしたり、市民が交流できる多目的スペースを作ったりしている。
BEPPU PROJECTホームページ


別府で有名なものと言えば、温泉。かの有名な一遍上人がこの地に温泉を開いたとかなんとかで、「上人」という地名もある。町の至るところで煙が噴き出していて、東京じゃ見れない異様な光景になっている。一昔前までは国内外の多くの人が温泉に入ろうと訪れた町であったそうだが、今ではそれも衰退し始めているそうだ。それでも市は、まだまだ「温泉の町」として別府のイメージを打ち出し続けている。その中で、僕は今回の小旅行で、「今の別府にとって、温泉文化も一つの別府を表す側面にすぎない。今の別府は、「文化のるつぼ」である」ということを感じた。


まず、この別府という町は日本でも有数の「国際交流の豊かな町」なんです。この別府には、立命館アジア太平洋大学(APU)という大学があり、その大学はなんと学生の半分が留学生という国際色の強い大学になっている。それにより、この小さな町はAPUに通う留学生で溢れている。コンビニでバングラディッシュ人が「いらっしゃいませ。」と言っているのは当たり前。マクドナルドで「スマイル0円」をくれるのがリトアニア人だったとしても不思議じゃないわけです。

そんな町だから、外国人との交流の機会が非常に多い。またそれに対する市民の受け入れ方も優しい。兄の同居人が僕を飲み屋へ連れて行ってくれた時、たまたま銭湯から来日ていたフランス人が出てきた。兄の同居人が気軽に英語で話しかけると、そこでわっと盛り上がり、一緒に飲み屋に行くことになった。店に入ると80過ぎのおばあちゃんが、フランス人に英語で質問を投げかける。一時の「ノリ」で連れてこられたフランス人も、最初はとまどいながらも非常に気を楽にすることができ、盛り上がる。こんな感じはごくごく日常。この町の日常は、非常に「外国人」と「日本人」の区別をほとんど意識しない。


また、色々な国の人が入ってきているということは、文化があるのと同時に、色々な宗教もある。先日はイスラム教のモスクに連れて行ってもらった。これについては別記事で触れるが、彼らは別府に祈りを捧げる場所がないので、「じゃあモスクを作ろう!」ということで、バイトして貯めたお金でビルを買い取ってしまい、それをモスクにしてしまったのだとか。まだモスクができて間もないということで、訪れた時にはイスラム教徒の留学生しかいなかったが、彼らは非常に温かく出迎えてくれた。イスラム教徒でなくても訪れることは、全然OKなのだそうだ。9・11後、少し怖いイメージで語られるイスラム教ではあるが、こうして顔を突き合わせて話をしてみると、普通の優しい人であるし、その真摯な信仰と自分に対する戒めの考え方には、むしろ僕らも学ぶべきところがあると感じた。(この時のことを書いた記事はこちら → イスラム・コミュニティ


今回別府を訪れてみて、別府の文化の新しい一面を感じた。それは「世界と交流できる場所」としての機能を持つ一面や、様々なアート表現の拠点としての一面。

それを通して、「文化というものは、「決まったもの」ではないんだな」ということを感じた。

そこの町の文化とは何かと考えると、古くからのことを考えがちである。「昔ながらのお祭り」みたいに。しかし、人の行為は常に何かを生み出しているし、人の交流もまた何かを生み出す。昔は「温泉文化」しかなかった町も、多くの留学生が「彼らの文化」を背負って入ってきて、その彼らとこの土地に昔から住んでいる人が交わることで、そこに新たな文化の種が生まれる。これらが何を生み出すかはまだまだわからないが、これらは時を重ねるごとに段々とそこに根付き、後ろを振り返った時には「文化」として残るようになる。これから50年後、100年後には、今とは違った別府の顔を見ることになるんだろうなあと、そう感じる小旅行でした。


beppu2.JPG釣りするおばあちゃん


beppu3.JPG駅前高等温泉。長い歴史を持つ温泉だそう。


beppu4.JPG
たまたま会ったフランス人アーティストKOUZ。実はその先週来日し別府に来ていた有名現代アーティストの知り合いだったことが判明。その話で大盛り上がりだった。




wataru.jpg
今日、アーティストの鉾山亘(ほこやま わたる)さんにインタビューをさせていただいた。
Wataru Hokoyama Web site

ワタルさんは、アメリカ在住のアーティストで主に映画音楽やコンサートで演奏されるクラシック音楽などを製作される。近年ではPS3専用ゲームソフト「アフリカ」で音楽の監修を担当した。その際には、ハリウッドのスタジオでオーケストラ総勢104名による演奏でBGMを収録するという前代未聞の挑戦を見事成功させた。

それが下記の動画。圧巻です。



いや、これはすごい。これがゲームソフトのBGMになるわけですか。スケール感が半端ではないですね。僕にはこのすごさは説明できない。圧巻の一言。

ワタルさんは他にも2001年のカンヌ国際映画祭で短編映画部門のグランプリを獲得した『Bean Cake(おはぎ)』や、2003年のサンダンス映画祭でオンライン・オーディエンス賞を獲得した『one』の音楽などを担当されている。まだ34歳というのがすごい。

ワタルさんは僕が参加している会津のプロジェクトのプロデューサーの方と幼馴染であり、今回はその関係でインタビューをさせていただくに至った。


ワタルさんの第一印象は、爽やかで本当に腰が低い人。宗像さんもそうだが、すごい方は本当に腰が低いのだなとつくづく感じる。「すごい人間すごくない人間」の判断軸には、やはり「謙虚さ」を入れるべきだ。

(後で聞いたところによると、ワタルさんはいつもおじいちゃんに、「自慢・高慢、バカのうち」と何度も何度も言われ続けたそうだ。「そりゃ友達の間では、たまに自慢はしますよ(笑) でも謙虚さは忘れない。それを忘れた時点で「バカ」なんですよ。」と、爽やかな笑顔で語ってくれた。)


ワタルさんは小学生の時から、音楽好きの両親の影響もあって音楽には触れていたそうだ。そんな折、ワタルさんが小学生の頃に「E.T.」という映画が、福島県郡山市の映画館にやってきた。会津出身のワタルさんは両親とその映画を見に行き、そこで映画音楽に興味を持つようになる。時は過ぎ、高校2年生の時に、たまたまテレビをつけたらやっていたオーケストラが演奏するE.T.のテーマ曲に頭を雷で貫かれた気持ちになり、「これがオレのやるべきことか。」と思い、主に映画音楽を担当する作曲家になることを決められたそう。


話が進んでいく中で、「今、ワタルさんが音で表現していること」についての質問になった。するとワタルさんは、「今の世界についてです。というか、今の世界はエネルギーがどんどん下がってきているのを感じる。特に東京ですよ。ここでは誰からも・どこからも「希望」を感じない。ここの土地は完全にエネルギーを失っている。」と言われた。


これを言われたときは、非常に驚いた。でも、なんとなく理解できる。日本は変わってきていますよね。気象とかは具体的だから分かりやすい。「ゲリラ豪雨」なんて素敵な名前の雨が最近よく降りますが、あれは「スコール」ですよね。また、なんと言っても雷がすごい。さらに、松食い虫のいたるところで大量発生をしており、木がどんどん死んでいるとも聞く。そういう以外にも、エネルギーというか元気さというか、そういうものは無くなってきているのではないか。自殺数年間3万人、引きこもり、親殺し、無差別殺人などなど。それは環境問題だとか社会問題だとかいうレベルの話ではなくて、なんとなく「今までの日本が持っていたもの、それによって守られていたもの」がなくなってきている気はする。

また、ワタルさんの地元の福島県会津若松でも、土地のエネルギーが弱まっているのを感じるそうだ。よく遊びに行ったり作曲しに行ったりした場所でも、エネルギーを感じず、インスピレーションが降りてこない。「自分が感覚で受取り、音にしていたものが、いなくなってしまったイメージ」だという。


その中でワタルさんは、「その事態に目を向け、「自分なりにできること」なんていう意識ではなくて、「自分ができる限りこと」に取り組んでいく必要があるのではないか」と言われた。


確かになあと思います。僕が捉えるニュアンスとしては、「自分なりにできること」だと、テレビがよく騒いでいるようにゴミを分別したり、ビニール袋を断ったりと、いわゆる受け身な形でしか物事に取り組まない。しかし、「自分ができる限りのこと」に取り組もうとすると、自分が何をすべきかを考えなければいけないし、自分のやっている仕事や活動を通して、どんなところで貢献できるかも模索するようになる。この違いは非常に大きい。


話の終わりにワタルさんは、「そういった社会が目の前にあって、僕はこれからもっと悪い方向へ進んでいくと感じている。僕は専門外だから、「社会がなんでこういう方向に進んでいってしまっているか。それにどう対処すればいいのか」というのは説明できないけど、僕の音楽を通じて、「なんか今の社会っておかしいよね。なんとかしなくちゃね」という風に、動き始めるきっかけになってくれたらうれしい。」と話してくれた。ワタルさんは、ワタルさんの「できる限り」に取り組むつもりだと感じた。僕の「できる限り」はなんだろう??


ちなみにワタルさんへのインタビュー記事は別のアウトプットで出す予定。そこではワタルさんが作曲家になられた背景を中心に音楽というものやインスピレーションの受け方・発信の仕方についても話をしています。今回は一部を切り取って書きました。インタビューについては別記事で報告しようと思います。



TENORI-ON

昨日アーティストやデザイナーがプレゼンをするパーティーみたいなところで、TENORI-ONのプレゼンが行われていた。初めて見たんですが、聞くところによると最近よくメディアに出てるんだとか。

16×16個のLEDで光るボタンがあるんですが、音楽の知識や経験が全くない人が音で遊べるようにということで、直感的に作曲できるインターフェースを目標にして作ったんだそうです。

実演を見てたんですが、最初に鳴らしたい音階のボタンを押しておいて、スタートを押すと、左から右に光ってる列が流れてきて、最初に押してあったボタンのところと重なると、音が鳴るっていう感じです。


TENORI-ON Performance(YouTube)


光の流れがスゴくきれいでした。それだけ見てても、何かの作品になるみたいで楽しかった。また、指定した音を並び替えたり、音階指定を変えたり、ランダムに配置できたりと、色々すごかった。何も分からずにめちゃくちゃ遊んでても、なんとなく曲にしていける!かも。

AYUSE KOZUEさんがmacで曲を作っちゃうから「デスクトップ・アーティスト」なんて呼ばれてるってのを聞いたことがありますが、TENORI-ONだけでも立派な曲が作れるみたいで。こんなんとか格好いい↓


DJ-Ye7ia's '01' on the Yamaha Tenori-On


じゃあパソコンで作るのとどう違うのかっていうと、押してるのが楽しいとかそういうことになるんだろうか。イメージ的にはTENORI-ONという新しい楽器を演奏しながら曲作りをしている感じでした。

会場には「ほしい!」って食いついている人が結構いましたけど、お値段は、12万円。


まあ、楽器だと思えばね・・・。



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/WINPEACE LLP
  • theme/「良さ」の追求
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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