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課題と兄が去る。

兄が東京出張で、しばらく帰ってきてました。

我が家はおかげさまで仲の良い兄弟ですので、兄が帰ってくると楽しい。
といっても仕事で帰ってきていたので、毎日バタバタとして、バタバタとまた大分の方に戻って行ったけど。

兄が働いているNPO法人BEPPU PROJECTで現在取り組んでいる大きなアートプロジェクト。
世界各国から著名なアーティストが別府に集まり、町全体を舞台にいろんな作品を展開するのだとか。あの有名人が、アーティストとして参加するそうですよ。1月末にWebが公開されるそうなので、楽しみにしていてください。間違いなく、「あの人って、アーティストなの?」って思うと思います。
混浴温泉世界


おまけながら、課題が終わりました。ようやく春休みに入ります。
確か先学期の期末では、ここにぼやきを書いていたと思いますが・・・・今回は書く余裕すらなかった。。相変わらずメンタル弱いなあ。オレ。



▼LINK-----
兄のNPO法人のウェブサイトです。
NPO法人BEPPU PROJECT




wataru.jpg
今日、アーティストの鉾山亘(ほこやま わたる)さんにインタビューをさせていただいた。
Wataru Hokoyama Web site

ワタルさんは、アメリカ在住のアーティストで主に映画音楽やコンサートで演奏されるクラシック音楽などを製作される。近年ではPS3専用ゲームソフト「アフリカ」で音楽の監修を担当した。その際には、ハリウッドのスタジオでオーケストラ総勢104名による演奏でBGMを収録するという前代未聞の挑戦を見事成功させた。

それが下記の動画。圧巻です。



いや、これはすごい。これがゲームソフトのBGMになるわけですか。スケール感が半端ではないですね。僕にはこのすごさは説明できない。圧巻の一言。

ワタルさんは他にも2001年のカンヌ国際映画祭で短編映画部門のグランプリを獲得した『Bean Cake(おはぎ)』や、2003年のサンダンス映画祭でオンライン・オーディエンス賞を獲得した『one』の音楽などを担当されている。まだ34歳というのがすごい。

ワタルさんは僕が参加している会津のプロジェクトのプロデューサーの方と幼馴染であり、今回はその関係でインタビューをさせていただくに至った。


ワタルさんの第一印象は、爽やかで本当に腰が低い人。宗像さんもそうだが、すごい方は本当に腰が低いのだなとつくづく感じる。「すごい人間すごくない人間」の判断軸には、やはり「謙虚さ」を入れるべきだ。

(後で聞いたところによると、ワタルさんはいつもおじいちゃんに、「自慢・高慢、バカのうち」と何度も何度も言われ続けたそうだ。「そりゃ友達の間では、たまに自慢はしますよ(笑) でも謙虚さは忘れない。それを忘れた時点で「バカ」なんですよ。」と、爽やかな笑顔で語ってくれた。)


ワタルさんは小学生の時から、音楽好きの両親の影響もあって音楽には触れていたそうだ。そんな折、ワタルさんが小学生の頃に「E.T.」という映画が、福島県郡山市の映画館にやってきた。会津出身のワタルさんは両親とその映画を見に行き、そこで映画音楽に興味を持つようになる。時は過ぎ、高校2年生の時に、たまたまテレビをつけたらやっていたオーケストラが演奏するE.T.のテーマ曲に頭を雷で貫かれた気持ちになり、「これがオレのやるべきことか。」と思い、主に映画音楽を担当する作曲家になることを決められたそう。


話が進んでいく中で、「今、ワタルさんが音で表現していること」についての質問になった。するとワタルさんは、「今の世界についてです。というか、今の世界はエネルギーがどんどん下がってきているのを感じる。特に東京ですよ。ここでは誰からも・どこからも「希望」を感じない。ここの土地は完全にエネルギーを失っている。」と言われた。


これを言われたときは、非常に驚いた。でも、なんとなく理解できる。日本は変わってきていますよね。気象とかは具体的だから分かりやすい。「ゲリラ豪雨」なんて素敵な名前の雨が最近よく降りますが、あれは「スコール」ですよね。また、なんと言っても雷がすごい。さらに、松食い虫のいたるところで大量発生をしており、木がどんどん死んでいるとも聞く。そういう以外にも、エネルギーというか元気さというか、そういうものは無くなってきているのではないか。自殺数年間3万人、引きこもり、親殺し、無差別殺人などなど。それは環境問題だとか社会問題だとかいうレベルの話ではなくて、なんとなく「今までの日本が持っていたもの、それによって守られていたもの」がなくなってきている気はする。

また、ワタルさんの地元の福島県会津若松でも、土地のエネルギーが弱まっているのを感じるそうだ。よく遊びに行ったり作曲しに行ったりした場所でも、エネルギーを感じず、インスピレーションが降りてこない。「自分が感覚で受取り、音にしていたものが、いなくなってしまったイメージ」だという。


その中でワタルさんは、「その事態に目を向け、「自分なりにできること」なんていう意識ではなくて、「自分ができる限りこと」に取り組んでいく必要があるのではないか」と言われた。


確かになあと思います。僕が捉えるニュアンスとしては、「自分なりにできること」だと、テレビがよく騒いでいるようにゴミを分別したり、ビニール袋を断ったりと、いわゆる受け身な形でしか物事に取り組まない。しかし、「自分ができる限りのこと」に取り組もうとすると、自分が何をすべきかを考えなければいけないし、自分のやっている仕事や活動を通して、どんなところで貢献できるかも模索するようになる。この違いは非常に大きい。


話の終わりにワタルさんは、「そういった社会が目の前にあって、僕はこれからもっと悪い方向へ進んでいくと感じている。僕は専門外だから、「社会がなんでこういう方向に進んでいってしまっているか。それにどう対処すればいいのか」というのは説明できないけど、僕の音楽を通じて、「なんか今の社会っておかしいよね。なんとかしなくちゃね」という風に、動き始めるきっかけになってくれたらうれしい。」と話してくれた。ワタルさんは、ワタルさんの「できる限り」に取り組むつもりだと感じた。僕の「できる限り」はなんだろう??


ちなみにワタルさんへのインタビュー記事は別のアウトプットで出す予定。そこではワタルさんが作曲家になられた背景を中心に音楽というものやインスピレーションの受け方・発信の仕方についても話をしています。今回は一部を切り取って書きました。インタビューについては別記事で報告しようと思います。



樂食生活(会津の教え二)

会津の食は本当に美味しい。

僕が農業体験をさせていただいたIさんの家ではほぼ自給生活をしているため、新鮮な野菜、というか食べる直前に取ってきた野菜を使って料理をする。そのため、苦労して栄養分をかき集めた力強い野菜の、素材の味が出ており、逆に調味料を使うと味が変に感じるような、そういった野菜料理を出していただいた。

しかし、会津の食の魅力は、新鮮野菜だけではない。定番メニューも、流石の味だった。


僕らは7月30日の夜行バスで会津に向かった。会津若松の駅に着いたのは5時30分。到着時刻を今回のプロジェクトを会津でまとめている人に伝えると、「町を案内するには早い時間だから、『朝ラー』食ってきなよ。」と言う。

『朝ラー』とは、朝ラーメンのことである。会津には朝、ラーメンを食う習慣があるらしい。東京だと、仕事帰りにお酒を飲んで、「ちょっとラーメン食べて帰ろうかな。」となるところが、会津だと、仕事帰り(農作業帰り?)にお酒を飲んで、朝、「仕事前にラーメン食べようかな。」となるらしい(笑)

とりあえず、朝ラーメンとはどんなものかを食べに行った。行先はラーメンで有名な「喜多方」。元々は「蔵の町」として観光客を集めていたが、地元民が好きだったラーメンを観光客にふるまい始めると、あっという間にラーメンの方が有名になってしまったとか。


喜多方駅で待ち合わせをし、地元のプロジェクト関係者の方に迎えに来てもらった。これから農作業ということで、作業着を着て登場。朝ラーで有名なお店に連れて行ってもらった。
   
CIMG3538.JPGこれがこの日食べた朝ラー。「典型的な朝ラーください。」と頼むと、「朝、ラーメン食べることが朝ラーだから、全部そうだよ。」と言われる(笑) 「朝食べれば、朝ラーなの??」と違和感を隠しきれなかったが、間違いなくちじれ太麺に濃厚なスープととろけるチャーシューは美味。「朝、ラーメン食べるのも悪くない!」と思わせてもらった。(ただ、朝こってりしたものを食べることに慣れていなく、夜行バスであまり寝れなかった僕は、その後ちょっと眠くなった。)


その後、町を案内してもらった。昼時になると、「最近名物になってきた『ソースかつ』を食べよう。地元民の間では有名なお店に連れてくよ。」と、なんともうれしいことを言ってくれた。

案内をしてくれていた方は、「ソースかつは会津の名物か?」という問いに対しては「最近だね。」と言っていた。wikipediaで調べてみると、ソースかつ丼の起源説は到る所にあるようで、どこが発祥の地とは言えないらしいが、少なくとも会津じゃなさそう。しかし、地元では地元名物として親しまれている。

で、これが『ソースかつ』。でらウマです。

CIMG3599.JPGこれ大盛りなんですけどね、この重量感!!びっくりしました。また、この甘辛のタレと歯がいらないくらいふわふわサクサクの豚が絶品なんですよ~~。なんでも会津は味噌が美味しいそうで、味噌汁もこっちのとはちょっと違う感じだったのですが、ソースかつの印象が強すぎて、良く覚えていません。とにかく、豚肉をかんだ時に口いっぱいに広がるこの甘辛のタレが、最高でした。しかし、この甘さがおなかいっぱいになってくると大きく響きまして、残り3切れとかそういう状態の時に、少し憎らしくも思えてきたのを覚えていますが、今写真見るとまた食べたくなる。


今回感じたことは、美味いものがあることを羨ましいと同時に、自分の地元には全然目を向けてこなかったなーいうこと。都会にいると、どうしてもチェーンのお店やフランチャイズのお店が多くなり、外食する時もそういったお店を利用しがちになる。安いし、便利だし、味が保障されているし。しかし、自分の地元にも感動するような味を提供する店があるはず。そういった味には触れずに、全国どこでも一緒の味に日常から触れてしまうのは、もったいない気がする。

どうせだったらこれを機に、色んな地元の味に目を向けて、生活に食を楽しむ要素を取り入れてみような。



何も手につかない。

課題が進まない。諦めて他のことやろうとすると、課題のことで頭がいっぱいになる。

学生にとって、鬱になりたくなるこの時期。

「ぼやきは永遠なり」と言った野球の名将がいたけど、

この時期の学生はいつになってもぼやきつづけるんだろうなー。

あーやだやだ。



プロフィール
  • name/林 賢司
  • birth/1986/04/18
  • belong/WINPEACE LLP
  • theme/「良さ」の追求
  • "My Accept"/自分の経験から目を背けずに、「その時の自分なりに」受け止めていくこと。
  • purpose/「その時の自分なり」の解釈・観察・感情の蓄積。
  • contact/kenji[at]monoraltype.com

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